第50話 一つ屋根の下で過ごすのは同じ学校の生徒会長(9)

 もしも道端に財布が落ちていたらどうするか?

 という人間の性善説を問うようなことを聴かれたりする。

 道徳の授業だったり、クラスメイトの他愛無い問いだったりと色々あるが、俺はこの問いにはこう答える。

 何もしない、と。

 善人ならば、財布を交番に届けるだろう。

 悪人ならば、財布を盗むだろう。

 だが、俺はどちらにもリスクがあると思っている。

 財布を盗んだら犯罪者だ。

 捕まってしまうだろう。

 どのくらいの刑になるのか。

 まさか留置場に叩きこまれないよな。

 罰金を払うとかになるのかな。

 十万とか、二十万とか。

 学生だろうと注意の一言じゃ済まないはずだ。

 財布一つ盗んでまさか少年院にぶち込まれることはないとは思うが、学校や家族に連絡がいく。今の時代ならばすぐにSNSで拡散されて実名が晒され、写真も世界中に回り、そしてそれが永久に保存されてしまう時代。一度でも人生で間違いを犯してしまったら二度と復帰できない。例え財布一つを盗難した悪事であっても、この世界は悪人に対して何をしてもいいと思っている人間が多過ぎるので、どんな社会的制裁を喰らうのか想像もできないほどだ。

 そして、財布を交番に届けるのはそんなにリスクはないが、それでもある。

 もしも俺が財布の第一発見者じゃなかったら?

 第二発見者だったらどうなるだろうか?

 財布を見つけた第一発見者が財布の中身だけを抜き取って、そのまま道端に財布を落としたとしたら? 中身がないと分かった警察は恐らく、財布を届けた第二発見者である俺を疑うはずだ。どうして財布の中身がないのだ? お前が盗んだのかと詰問されたらどうだ? と。

 それが怖い。

 警察は他人を疑うのが仕事だ。

 善良な心で財布を届けたところで、こいつが犯人ではと疑ってくるに違いない。

 犯人がわざわざ財布を届けるリスクは犯さないとかいう一般的な思考は警察には通じない。

 犯人は現場に戻ってくるという考え方があるように、犯罪をする奴というのは論理的な思考など持ち合わせていない。

 だからこそ犯罪をするのだ。

 それも警察は熟知しているはず。

 だから交番に持って行った時に後悔することになるだろう。

 そもそも何で交番に届けた人が住所やら名前を紙に書かないといけないんだろう。届けてから期間が経ったら届けた金額の何割かを貰えるらしいけど、そんなのぶっちゃけいらないから連絡先を書かないといけないその決まりをどうにかして撤廃して欲しいんですけどね。

 もしも警察に名前を書きたくないとか言ったらまた訝しげにこちらを見てくるだろう。疑いの眼でしかこちらを見ない警察は俺に濡れ衣を着せるのを厭わない。

 だからこそ、俺は何もしない。

 そう。

 姉のスマホがソファに置きっぱなしにされていても、俺は何もしない。

「…………」

 姉は今シャワーを浴びている。

 さっきまでリビングでスマホを弄っていたように見えたが、忘れたんだろう。

 仲のいい姉と弟だったら届けるぐらいのことはしたかも知れないが、俺は何もしない。観なかったことにする。ここで届けたところでスマホの中を見た? とか触らないで! とか口論になるからだ。

 後、スマホどこへ行ったか知らない? と聞かれた時も知らないと答えるのを忘れてはいけない。

 もしもスマホはソファにあったけどなんて答えたら、何で届けてくれなかったの? とか何で言ってくれなかったのかとか、そういう理不尽な怒りをぶつけられるに決まっているからだ。

 どうせ届けたら届けたらで文句言う癖に、面倒くさいの極みだ。

 だから何も見なかったことにする。

「――あ、ああ」

 スマホが震えたと思ったらパッと画面が明るくなって通知が見えてしまった。

 完全なる不可抗力だ。

 スマホを裏返しにせずに、しかも通知が見えるようにする方が悪い。

 俺はこういうことを想定してなるべく通知が見えないように設定しているのに、ガッツリ何の連絡が来たのか見えてしまった。

 だが、眼を疑った。

 およそ姉のスマホに来た通知とは思えない通知だったからだ。

 もう一度確認したいと手を伸ばすと、


 ガタン、と浴槽の扉が開く音がした。


 俺は伸ばした手を慌てて引っ込めた。

 姉が風呂から上がったようだ。

 ここにいたらスマホを見たと疑われる。

 俺は部屋へと退散した。

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