第47話 一つ屋根の下で過ごすのは同じ学校の生徒会長(6)

「凄く広いですね」

 それが川畑の家に入った井坂の最初の感想だった。

 俺も最初はそう思ったかな。高校生で一人暮らししている奴なんてほとんどいないからあまり想像できなかったけど、それでも想像以上だ。学生が一人暮らししている場所とは思えないほどの広さを誇っている。

 あと、色々と綺麗なんだよな。

 フローリングとかキッチンとか、素材からして違うような気がする。そもそも居間とは別に、撮影する為の部屋があるなんてまず考えられない。

「お茶でいいか?」

「うん。いいわよ」

「コップはどうする?」

「お客さん用と紙コップがあるけど、どっちがいい? 井坂先輩」

「えっ、と、紙コップでいいです」

「冷たいやつでいいよな?」

「は、はい」

 座っている井坂と川畑の為にお茶を出す。熱いお茶だと沸かすまでに数分かかるからな。最近はすぐに沸かせるケトルとかあるみたいだから、欲しいんだよな。カップラーメンを作る時とかに高級なケトルが欲しかったりする。

 最近動画の手伝いをしてお小遣いがあるから自分用のケトルも買っていいかも知れない。最近欲しいのは自分用の冷蔵庫みたいなのが欲しいんだよな。中古ショップに行った時に5000円以下の小さい缶ジュースぐらいしか入らないような冷蔵庫があったんだけど、あれ欲しくなったな。一々冷蔵庫のところに行って物を取り出すのが面倒臭かったりする。後、誰かは知らないけど、俺の食べ物とかお菓子とかを勝手に取って食べる奴とかいるからな。家族というか、一緒に他人と暮らしているとみんな勝手に取るもんなのか。わざわざプリンとかに自分の名前を書かないといけないんだろうか。洗濯物とかだって普通男物と女物で間違えるはずないのに間違えて、俺の部屋の前に姉の服置いてたりする時もあるし、靴下どこかへ行ってる時あるけど、あれ多分姉の部屋とかに間違えて母親が届けているんだよな。なんでそういうことするかな。というか、間違えるのかな。

 そういうことを考えだすと、一人暮らししたい気持ちがどんどん高まっていく。親に負担をかけたくないから一人暮らしなんて難しいけど、今の内にお金を貯めて一人暮らしの資金にした方がいいだろうか。流石に家賃とか大学の授業料を払うのは難しいかも知れないけど、入学金とか、敷金礼金とかそういうのは出したいよな。

「あ、あの……」

 井坂がおずおずと手を挙げる。

 学校じゃないんだからというツッコミは胸中にしまい込む。

「どうした?」

「めちゃくちゃこの家に馴染んでません? 有川さん」

「そうかな……」

「そうですよ! なんで冷蔵庫に入っているものとか把握しているんですか? 普通に開けているし!! 同棲中のカップルみたいですけど!!」

「うー、ん」

 他人から見たらそう見えるのか。

 カップルというか上司と部下みたいなものなんだけど。なんか動画投稿者のマネージャーが異性だった時に動画に映り込んだ瞬間、こいつは一体どういう関係なんですか? とか聞いて来る厄介オタクみたいな感じだな。

 いいように使われているだけなんだけどな。

 俺が他人に気を遣える人間だからということもあるけど、お客さんにお茶を出すことがもう染みついているというか、この家に来たら取り合えず水出せと言われるから出すのが染みついてしまった。

「カ、カップル!? そんな訳ないでしょうが!!」

「でしょうね」

 顔真っ赤にして川畑がキレているけど、自分でもビックリするぐらい大きめの音量で叫んでしまったせいで口に手をやっている。

「まあ、そんなことはどうでもいいとして、だ。今後どうするかが問題だろ」

 そう俺が切り出すとホワイトボードの前に立つ。

 何故かこの家、ホワイトボードがあるのだ。

 200万だとか300万だか登録者数が越えた勉強系動画投稿者がいるのだが、その人がホワイトボードを使っていたので、川畑も買ったらしい。値段は思っているよりも安かったらしいが、登録者の動画のパロディの為だけに買ったっていうのがまず金持ちの発想だな。川畑以外にも流行りに乗っかっている人がいたのもあって、一時期ホワイトボードを使った動画が量産されていたらしい。川畑の動画も10万以上いったのだから、十分採算は取れているのだろう。

 ただホワイトボードをただ一回の動画で出すのも勿体ないから動画でたまに出たりしているし、それに主に、動画の企画会議とかの時にも使われる時もある。あまりにもネタがない時はその企画段階のやつも動画にしたりするんだけどな。

 それから、当の有名勉強系投稿者の動画見てたら、ホワイトボードが実物じゃなくてCGになっていたけどな。

 やっぱり金持ちになってくるとCGを作ってもらえるようになるんだな。最初はお金かかるけど、CGを一回作ってしまえばそれ以降はお金かからないだろうし、書いては消してというアナログな動作をしなくて済むからCGの方が良さそうだ。

 実物のホワイトボードを使うとなると、どうしても消耗品なのでペンやペン消しがすぐになくなるだろうし、書いたところに手が当たってしまうと消えてしまう。そこまで使用しない川畑だと別にそれでもいいのだろうが、その有名動画投稿者は毎回のようにホワイトボードを使っていたからな。

「そ、そうね。確かに私達の居場所がなくなる問題は大変よね」

 口では納得しているけど、川畑がずっと睨んでくる。

 どうやら俺が川畑の反応をスルーしてしまったからだろう。

 川畑ってなんかお笑い人間みたいな時があるんだよな。

 動画投稿者っていうのはみんなそうなんだろうか。

 何か過剰な反応したらもっと深堀りして欲しいとか、もっと面白いコメントをとか、動画を撮っている時に怒ったりする。今回もそういうことなんだろうけど、少しはONとOFFを駆使して欲しいもんだ。

「……でも、ここがあればもういいんじゃないですか。実際集めれてますし」

「…………」

「…………」

 井坂が元も子もないことを言いだした。

 まあ、そう言われたらそうなんですけどね。

 家庭科室にいる時は対抗心メラメラで絶対に抗ってやるという思いだったが、こうして三人で他の人間の眼にも晒される心配もないこの場所で和んでいると何の支障もないような気がしてきた。

「放課後は確かにそうね……。でも、昼休みは家庭科室が欲しいわね」

「確かに……電子レンジとかケトルがあるとかなり違いますね」

「それがなくなると痛手だな」

 そもそも教室に居場所がない奴等が居場所を求めた結果、あの家庭科室に行き着いたのだ。だからこそあの場所は欲しい。不法占拠されていると言われたらその通りなのだが、便所飯とかやっている人間だってこの世にはいるのだから情状酌量の余地はないんだろうか。他人と関わる事が好きな人間だっているが、関わるのが苦手な人間だっている。特に理由もなく誰かに傷つけられる人間がいて、それが自衛のために避難することを咎められても困るんだよな。他人に媚びを売ることができれば生き残ることもできるけど、それができない人間だっているのだし。

「だったら、いっそのこと新しい部活動を立ち上げればいいか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る