第43話 一つ屋根の下で過ごすのは同じ学校の生徒会長(2)

「――わっ!」

 バッ、と起き上がる。

 いつの間にか寝ていたのだが、何かの気配を感じて眼を開けたら驚いてしまった。なにせ、姉が屈みこんで俺を覗き込んでいたのだから。

 あっちはあっちで俺がいきなり起きたから眼を見開いているけど、こっちの方が驚き度合いが大きい自身がある。

 不干渉な姉がわざわざ俺の部屋にまで入って来るなんて、一体何事なんだ。しかも、手にスマホ持っていたように見えたんだけど。片手で持っていて、ライトが点いていたように見えたのは寝ぼけていたせいか? 俺の寝顔でも撮って、脅迫材料にでも使うつもりなのだろうか。

「え、今、何かしてた?」

「別に。起こそうとしただけ」

「ああ、そうですか……」

 気のせいなのか。

 俺のスマホが手元にあったので見ると、姉から怒涛の連絡の嵐だった。起きた? ご飯できたけど。まだ? ねえ。いつになったらくるの? ご飯冷めるんだけど。電子レンジで温め続けたらおかずが焦げるんだけど。いい加減にして。起きないと勝手に食べるよ。ああ、もういい。そっち行くからね? あと三分待ってこなかったら、勝手にそっち部屋行くから――と、メンヘラ並みの連絡が来ていた。

 ご飯くらい勝手に食べてればいいのに。

 あれから、この人。

 ご飯を一人で食べられない人なのかな?

 俺みたいなぼっち上級者にとって一人でご飯を食べるなんて造作もないことだが、この世の中には一人でご飯が食べられない人種が存在しているらしい。外食する時もわざわざ誰かを呼ばないとご飯を食べられないって言う奴がいるらしく、一人で生きていけない弱い人種というものは存在するらしい。

 俺みたいに一人でご飯を食べられるように強靭な精神を育むためにも、今日練習すればいいのに。

 いつも誰かに囲まれている印象が多いこの人は、そんなこともできないんだろうな。

「ご飯、できたから」

「ああ、はい」

 行けばいいんでしょ、行けば。

 こっちが準備する前に、とっとと姉は部屋から出て行った。少しぐらい待っていても罰は当たらないんだが。それとも、俺がパーソナル空間に他人が入り込むのを極端に嫌うことを知っていて、空気を読んでどっかへ行ってくれたとか?

 それはないか。

 だったら俺の部屋に入ってこないだろうし。

 というか、何か観られて困るものでも部屋にあったかな?

 家族は俺の部屋に入らないとか言っているが、俺は家族ですら信頼していない。だから見られて困るものはちょっとそっと探しても見つからないところにある。物が動いた形跡はなさそうだから、どうやら何も見つけられていないようだ。

 良かったと安堵して俺は食卓の席まで急ぐ。

 また急かされたら適わない。

 極力他人からごちゃごちゃ言われないような人生を俺は送りたいのだ。俺は他人に口出しなんてしない。自分からは積極的に他人に関わるなんて面倒なことはしない。なのに、他人はこっちに構って、色々と説教したりする。これは違う、なんでそんなことしたの? 変だよ? とか、何とか言って俺を矯正しようとする。自分の気に喰わないものは全部陣色に染めないと死ぬ病気にでもかかっているのか知らないがいい迷惑だ。だから俺はなるべくお利巧さんになるようにしている。特に家では。特に迷惑をかけている訳でもないのに特に家族というものはごちゃごちゃ文句言いたがるからな。

「部屋で食べていい?」

「……なんで?」

「いや、特に理由はないけど」

「ならダメ」

「そうですか……」

 ご飯とおかずを用意してくれる。

 全部準備してもらって申し訳ない気持ちになるが、できれば一人で食べたいんだよな。あんたと飯食っていても飯まずいんだよなと、言えるほどの図太さが俺にあれば言うんだけど、俺は気遣いができる男だから口を滑らせない。というか、この人だって俺と一緒にいて気まずいと思っているはずなのに、なんでわざわざ飯食うんかな。まだ父親か母親がいれば会話してくれるんだけど、姉と二人で会話が続く気配がない。

 一緒にいて無言でいても大丈夫なのは信頼している相手だけだと思うんだよね。

 俺は姉のことを信頼していないんだよな。

「生姜焼きか」

 並べられた皿の上に乗っている食卓を見て思わず呟く。

「文句あるなら食べてなくていいけど」

「いや、丁度食べたくてビックリしただけだだから」

「ああ、そう」

 それ以上は何も言わずに、いただきますと互いに言って食べ始める。うん、美味い。生姜がよく効いている。俺好みの味付けだ。ぶっちゃけ母親よりか俺好みの飯かもしれない。俺も料理ができない訳ではないけど、これだけ料理できたらモテるだろうな。飯を振舞う相手とかいないんかな。

 というか、今日はこの姉、一体どうしたんだろう。

「何かあった?」

「なんで?」

「何というか、今日は元気そうだから」

「普通だけど」

「ああ、うん」

 何か今日は喋る量多いなと思ったけど、勘違いかな。全然返してくれないな、この人。俺が気遣って色々と話を振ってやっているのが馬鹿らしくなってきた。もう決めた。もう俺からは話振ってやらない。このじめじめとした空気のままご飯食べてやろうと決心すると、

「なるべく早く帰ってきなさい」

 あっちから話しかけて来た。

 しかも、命令口調だ。

 俺の母親でもないんだから、そこまで言われる謂れはないんだよな。

 何でいきなり保護者面してんだ、この人。

 いつも俺に関わろうとしない癖に、いきなりそんなこと言われてもな。

「……別に門限なんてないだろ」

「そう、そうくるのね」

 そう言いながらも、腑に落ちていないのが所作で分かる。

「俺だって人助けで忙しいんだよ」

「人助け?」

 あなたが、とか言いそうな語尾のイントネーションだった。

「なんだよ、その顔は。そんな顔学校でしてたらイメージ崩れるぞ」

「放っておいて。あなたにしかしないから、こんな顔」

「そうですか……」

 俺だけ嫌いってことね。

 俺も姉のことそんなに好きっていう訳でもないけど、ここまで嫌いだと態度と言葉で表されると面倒だ。やっぱり、家族で仲悪いってしんどいよな。

「テレビつけていい?」

「…………」

「分かったよ。つけないよ」

 何やら臍を曲げたようで、それからはお互いに無言で食事をした。

 まさか学校であいつらと一緒にいる方がまだましだと思う時が来るとは思わなかったな。



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