第41話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(17)
「うわっ」
家に帰宅すると、蛍光灯が点いていなかったので誰もいないと思ったのに、姉がいた。怖すぎるだろ。手にはスマホを持っているけど、眺めている訳でもない。ただただ、椅子に座って何もしていなかった。
呆然とするにしても、場所を考えて欲しい。
せめて自分の部屋で呆然としているのなら、俺としても何も思わないけど、何でわざわざ家族の誰かが通るかもしれないリビングにいて呆然とするのだろうか。
怖すぎるんですけど。
公園とか、ショッピングモールとかの椅子にただただ座っているお年寄りの方みたいなんだな。あの人達もなんで椅子に座って地蔵みたいに動かないんだろう。近所のショッピングモールなんか、コロナ対策で椅子減らしたのにも関わらず、そこに一日中おっさん達がマスク外してずっと座っていたりするんだけど、あれ、どうにかできないんだろうか。
「…………」
俺が声をかけても無言でいる。
チラリと一瞥してから、それきりだ。
あちらから声をかけてきてくれたらそれでいいのだけど、全然声をかけてきてくれる様子はなさそうだ。
きっかけがないから喋りづらいな。
というか、何で俺がこんなに気を遣わないといけないんだ。
俺がここまで他人に気を遣うなんてあんまりないんだけどな。
ただ、こうやって姉と弟という関係性になってから、時間が然程経っていない。しかも、弟と姉となってから、全然喋っていないのだ。どうやって接していいのか分からないし、あっちはあっちで話かけてくるなオーラ満々だからな。どうやって話していいのやら、悩ましいものだが、悩んでばかりもいられない。
「これ、ガラス細工の弁償代」
「…………」
しゃ、喋んねー。
一言ぐらい喋れよ。
どんだけ俺のこと嫌いなんだ。
俺が苦労して稼いだ金なんだけど。
「じゃ……じゃあ」
踵を返して自分の部屋に引きこもろうとすると、
「これ、どうしたの?」
と、姉が喋り出した。
まさか喋るとは思わずに驚いた。
上手く反応できない。
「あ、ああ、それは、まあ、バイトみたいな」
「動画?」
「え?」
何で知っているんだ?
俺が動画に出ていたことなんて、誰も知らないはず。
井坂か川畑の二人しか知らないはず。
あの二人が誰かに漏らしたのか? それにしても、あの二人が俺の姉と接点があるとは思えないし、こんなに早く情報が回るのもおかしい。
だとしたら、俺が川畑の動画に協力していたことについたという事実に、姉が地力で辿り着いたとしか思えない。
手としか映っていなはずなんですけど、何? ほくろとかで判断したのか? その辺の話も全然してくれないから、こっちから迂闊に口を滑らせる訳にもいかないんだけど。
「動画でお金もらったの?」
話さない方がいいが、怒気を孕んだ視線に、俺は心の中で諸手を挙げる。
どうやら、誤魔化す方が余計に事態を悪くしそうだ。確信めいたその口調に、俺がまだ気が付かない要素で、バレてしまった要素があるようだ。こうなったら、普通に認めてしまおう。
姉は正義感が強いからな。
この情報を拡散して面白がったり、悪用したりするようなタイプじゃないことだけは確かだ。
「まあ、そうだな……」
「どういうつもり? あんな動画に出て」
あんな、か。
やはり動画は観ているようだけど、低評価を押していそうな感想だな。これでも少しは協力したから、俺だって評価して欲しいんだけど、何やら気に喰わないみたいだな。まあ、動画の文化っていうのも日が浅いから、動画そのものに嫌悪感を抱いているような気もするけど。
「……別に。金が必要だっただけだから」
「私のせいって言いたい訳?」
「そうじゃないって! だから、その……川畑が困ってたからだよ」
「そう。彼女のこと、何となくは聴いていたけど」
興味がなくとも、川畑のことは学校中の噂になってたから知っているだろうな。そもそも姉がどんな趣味をしているのかも知らないけど、動画とかに興味あるのかな。家にいる時は少し見ているような気もするけど、普通にテレビも見ているような気もするし。
ただ、俺とは違って誰かに囲まれているのを見るし、友達がいないわけではない。ということは、ある程度の流行は追いかけていそうだから、動画とかはチェックしていそうだよな。
人間関係を築いている奴って、流行に敏感というか、流行にしか興味ないような連中にしかなれないもんだ。みんなと話を合わせるのに人生を捧げているようなもんで、自分の考えなんてものを一切持たないもんだから、自分の好きなものとか、趣味とかないイメージだけど、姉もそうなんだよな。趣味みたいなものがなさそうに見える。
「部屋に戻っていい?」
「……ええ」
自分からはほとんど話そうとしないから、沈黙に耐え切れなくなって俺は退出する。結局何が言いたかったのか、よく分からなかったな。
動画に出ていたことを批判したかっただけみたいだけど、それ以上のことは何も訊かれなかったし。
でも、こんなに話したのは珍しい。
俺のことに興味なんて持っていないと思っていたから。
再婚してからずっと、あちらから話どころか、視線を合わせることもほとんどなかったような気がする。
と――
「ありがとう」
ドアを閉める直前に、姉から呟かれた。
あまりにも小さい呟きだったので、聞き間違いかと思った。
振り返ってみても、姉はこちらを見ずに、スマホの画面を眺めていた。
一応、返事をする。
「……ああ」
扉を閉めて、部屋へと戻る。
改めて、学校にいる姉とは全然違うことを思い知る。
学校だと八方美人で真面目で明るい性格を演じているから、ストレスが酷いのだろう。
本当、俺が通っている高校の生徒会長には同情する。
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