第40話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(16)
「はいっ!! 皆様お待たせしました!! いつでも動画ドキドキだけど、明日も学校怠い!! 川畑明日菜のぉ――サブチャンネルゥ!!」
訳の分からん決めポーズをしながら、川畑はスマホのカメラに向かって言っている。
何で動画投稿している人って、オリジナルの挨拶みんな激寒なんだろう。
死ぬほどつまらない。
動画よりもテレビ。
所詮、動画を出している奴は素人。
とか、そういう意見が年配の方から払拭されない最大の理由は、挨拶にあると思っている。この動画面白いのかな? と興味を持って開いたら、死ぬほどつまらない、売れない芸人が初めてテレビ出演した時に滑る空気よりも更に凍った空気を出されるので、ブラウザバック余裕なんだが。
あと、あれだ。
すげぇ、気まずい。
学校終わり。
放課後。
川畑の家の撮影部屋に来ていた。
照明やら、無駄に長い自撮り棒みたいな奴を使って撮影しているのが慣れないけど、まあ、それはいい。仰々しいことこの上ないし緊張するけど、その撮影すること自体には、俺は承諾しているからいい。
ただ、知り合いと動画を撮るっていうのがなあ。
俺がカメラマンとして活躍するならまだしも、まさか俺が演者側に回るとは数週間前までは予想していなかったし、覚悟も正直あんまりできていなかった。
恥ずかしいよな、やっぱり。
川畑はいつもと全然違う。
声のトーンがいつもよりも高く、動画用に声を作っていた。
これ、動画撮った奴にしか分からないと思うんだが、しんどいなあ。
母親が女の部分出してきた瞬間を目撃した時みたいに、気まずいんですけど。
「本日も、私と、カレのカップルチャンネルにようこそ!! 今日はね、あの逆写真詐欺で有名なお店の大盛りパフェを頂こうと思いまーす。勿論、一つのパフェを二人でイチャイチャしながら食べまーす!!」
人気店のメニューを食べるという企画。
人間の三大欲求に訴えかけ、尚且つ準備がそれほどいらない動画だ。
人気が出やすいコスパのいい企画といえる。
一応、台本は用意しているらしいが、いつもより全然簡単らしい。
あと、動画出す前に、最終チェックとか言って他の人の動画を観ていた。
食レポって、意外に難しいからな。
少し考えれば分かるが、人は食べる時に、味について深く考えない。料理人とかだったら、素材の味について語れるのかも知れないが、普通の人間が出てくる言葉なんてうまい! の一言だけ。それはそれでリアルなのだが、動画映えしない。
ただ食べている動画を観ているだけになるから、それなりに台詞は必要だ。ただ、めちゃくちゃ詳しくてもダメだ。生産地とか、料理工程など詳しい情報をネットで調べていたとしても口に出してはいけない。川畑のリスナー層には刺さらない。
そういった確認作業のために、自分と似通った動画を出している人を見て、台本を書いたり消したりしていた。
そういう裏側ってあんまり観たくないもんだな。
好きなことを仕事にしない方がいいっていうのは、有名なセリフだ。
餓鬼が将来なりたい職業に動画クリエイターとかあるみたいだけど、こういう影の地道な努力を見ると、あんまりおススメしたくないな。というか、嫌いになりそうだ、普通に。こういう努力している作業を見せるのって子ども的にも勉強になりそうだから、動画投稿者の職業訓練とかあったら面白そうだよなあ。学生が職業訓練行ける場所って、ありきたりすぎてつまらないから、もっと挑戦的になってくれた方が学生的には嬉しいんだけどなあ。学校の先生的には問題が起きて欲しくないから、無難な職業訓練しかやってないんだろうけど……。
ただ、中学の時の職業訓練で、ブラック企業の飲食店があったのは、あれアリだったのかと未だに疑問が残っている場所がある。あまりにもブラックすぎて、店員が過労死したところだったけど、そんなところわざわざ職業訓練場所としてピックアップすな!! と内心ツッコミいれたな。
「他にも色々と配達してもらったんですよー。配達員の人、ジロジロ見られちゃいましたけど、やっぱり私って気づかれたちゃったんですかねー。パフェ以外にも沢山買ったので、美味しいかどうか食べてみたいと思いまーす。あっ、ちなみに企業案件じゃないですよー。なので忌憚なき意見を述べたいと思いまーす。勿論、企業さーん。案件待ってまーす。その時は、ちゃんと忖度するので安心してくださいねー」
スイーツを並べていく。
観ているだけで、胸焼けしそうだ。
あと、コメントもキツイ。
ノリがな。
やっぱり、動画投稿者でそれなりの地位を築く人って、みんな話し方同じなんだよな。話す内容とか、テンポとか。つまんな。
俺がテレビ嫌いというか、飽きた理由もそれなんだけどな。
みんな言うこと一緒。
みんな面白いと思っていること一緒だし、目標にしている人間が一緒だから、同じことしか言わない。しょうもない内輪ネタしか話さないで、視聴者置いてけぼりコース。
その点、動画投稿者はそれぞれみんな味があったんだけどなあ。
それこそ十年以上前か。
俺が子どもで感性が死んでなかったからかもしれないけど、あの頃の、そこまで動画投稿者が有名じゃなかった方が、面白さの共通認識が共有されていなかったから、個性あって面白かったんだけど、今はぜーんぶ一緒。
川畑の後半の台詞とか聞いてられないや。
「うん!! 美味しいです!! 甘いんですけど、しつこくないんです!! 甘すぎず、苦すぎず、ちょうどいい甘さです!! 私、実は甘すぎるパフェって苦手なんでぇ、ちょっと怖かったんです。でもぉ、これ、本当にちょうどいい!! ビターなチョコレートソースがかかっているし、生クリームとアーモンドの層があって、食べ進めてもぉ、全然飽きないんですぅ。あっ、私のぉ彼氏がぁ、食べたそうにしているのでぇ、食べさせてあげようと思いますぅ。はいっ、バナナに生クリームつけて、はい、あーん」
フォークを突き刺したバナナを、俺の口までやる。
俺はさっきからフレームアウトしているから、顔バレの心配はないが、もう駄目だ。色々と限界だ。
「気持ち悪っ!!」
「はい、カット、カット!! 編集面倒臭いから、台詞言わないでくれる!?」
川畑が普段通りの佇まいに戻って、スマホのカメラを止める。
駄目だ。
どうしても耐えきれなかった。
言葉を発したら、身バレしてしまうから、その場面を川畑がカットしなくてはいけない。余計な仕事を増やしてしまった。
「それとも何? 台詞を動画でも使っていいの?」
「いいわけないだろ。お前のファンから袋叩きにされるだろ」
「顔出ししていない動画投稿者って、大体顔出しする運命にあるから、今の内に出しとけばいいのに」
「顔出しして、すぐに顔引っ込めるパターンも多いからな。ブサイクだと、普通顔出ししたら再生数伸びるのに、落ちるからな。顔出しNGの投稿者が顔出しちょっとしている昔の動画を漁ってみろ。ブサイクが動画映ってるし、コメント欄も荒れているし、ちゃんとした地獄を拝むことができるぞ」
「地獄ならとうに見た!」
「どこの国家錬金術師!?」
確かに地獄なら見ているけれども。
つい最近、地獄だったけれども。
だがまあ、俺のお陰でその地獄から抜け出すことに成功した。
「結果オーライだったけど、普通に笑うようになったな」
「……まあね。それなりに感謝しているけど」
地獄に落ちた川畑を更なる地獄に落とす方法。
それは、カップルチャンネルのサブチャンネルを新設することだった。
そう。
俺達は付き合うことになった。
動画内だけの、偽物の関係。
俺の姿が動画内に映り込んで、彼氏なんじゃ? とかいう疑惑が出たのなら、もういっそのことを開き直って彼氏です、と宣言すればいいのだ。
本当はガチ恋勢だってたくさんいたはずだ。川畑に対して付き合えるかも、ワンチャンあるかもと思っている人間だけじゃない。ただ見ているだけで恋している視聴者は少なからずいたはずだ。だが、それでも昨今のネットの流れだと、ガチ恋勢は騒ぎ立つことはできない。アイドル声優が結婚しようが、vtuberが浮気していても、コスプレイヤーが彼氏を作っていても、自尊心が邪魔して祝福するしかないのだ。
表面上は平静を装いながら、コンサートのチケットやCDが売れなくなったり、グッズが安売りしたりするようになっている。効いてる、効いてる、とネットで第三者はほくそ笑む展開になる。
こういうのは逆に開き直った方が勝ちなんだ。
ということで、一歩踏み込んだ発表を行った。
それが、カップルチャンネルだ。
炎上の燃料をぶっこむようなやり方だったが、それが成功した。失敗したとしても地獄に落ちるのは川畑一人だし、いっかと思っていたが、好転して良かった、良かった。
そして、最初は動画一本だけ作って終わろうと思ったが、思いの外人気が出た。
それで継続して動画を投稿することになった。
カップルチャンネルになってから、女性のコメントが増えた。
彼氏さん、どんな人ですか、とか、イケメンですか? とか、同じ学校の人ですか、とか様々なコメントだ。
自分が世界でモテ始めたように錯覚できるので気分がいい。
最高。
「本当は人気を失くして、完全に見放されることを狙ったんだけどな」
炎上に炎上を重ねて鎮火させるやり方っていうのはある。
お笑い芸人で炎上するようなことばかりやって、逆に炎上しなくなった人もいるしな。
要は、認知の歪みを正してやればいい。
歌のお兄さんが彼女作ってはいけないらしい。清純派じゃないとダメらしく、そこらのアイドルより交際関係は徹底しているらしい。
それとは逆の価値観もある。
いつも酒やギャンブルやっているお笑い芸人が浮気した時に、大したニュースにならないことだってあった。
つまりは、ギャップによって世間は騒ぎ立てるのだ。
川畑だって男受けする動画が多かったから、ガチ恋勢の男達が今回怒って、それが炎上騒動になったのだ。
だけど、彼氏がいるビッチと世間から認識されたらどうだ?
今回のように何とかなった。
ああ、そうか川畑彼氏いるの普通だよね、となれば、誰もが黙りこくるしかない。
女子人気が出たのも誤算だった。
だけど、ずっと女子の友達いなかった川畑が、女子人気出て良かったんじゃないだろうか。
所詮、世間なんて自分の価値観を持っていない連中ばかり。
外食するときとか、ネットショッピングの時にレビューを観てからお店に入るのと同じだ。
自己判断ができず、他人の判断で自分の行動、好みを変容させる。
だから、一度こうして人気でちゃえば、やりたい放題ってことだ。
女子人気が出たことによって、男連中のファンも戻ってきているらしい。
投稿者は、男女比を見ることができるらしいから、川畑に教えてもらっているが、徐々に男子も増えているのだそうだ。
どいつもこいつも平気で手のひら返ししやがる。
結果オーライだったけど、最善の結果を導くことができたようだ。
「それ、嘘でしょ?」
「嘘じゃない。結果的に、女子人気が出たのは予想外だったよ。女子の気持ちなんて分からないし。カップル動画がここまで女子に人気が出るとは思わなかった」
昔からカップル作る動画っていうのには需要があるからな。
テレビ番組でもそういうのは腐るほどある。
ただ、そういう番組っていうのは大体女性向けに作られている。
男子が多くて、女子一人取り合うとか。
男女比一緒でも、男がえらいイケメンばかりとか。
頭ポンポンをやらせるとか。
男の行動が少女漫画で読むような行動しかなしないんですけど、あれは台本なんですかね? 糞つまらないんですけど。
今回俺が参加しているカップルチャンネルは、そもそも俺が顔出ししていないから、そういうことはしていないんだけど、男でも見れるカップルチャンネル作りたいんだけどなあ。男で恋愛リアリティーショー観ている奴っているのかね。俺の家は母親がチャンネル権を持っていることが多いから、飯食う時に嫌でも見せられるんだけど、他の家の男が観ているどうか知りたいな。聴ける奴いないから、想像することしかできないんだけど。
やっぱり、女子の方が恋愛好きな気がする。
取り合えず、恋バナしているイメージがある。
年がら年中頭お花畑だ。
ピンク色の想像ばかりしていそうな女子がいた学校での様子を思い出す。
「良かったな、待望の女の友達ができて」
「んー、友達ねー」
「何だ?」
「私が本当に辛い時に、さらに追い打ちをかけて来た人か、遠巻きに見ていた傍観者の人を友達って呼ぶのは難しいかな。ずっと悪口を言っていた人が、私はずっと好きだったよって感じで話しかけてくると、正直、ね……」
「面倒くさ」
「アンタに言われたくないんだけど!?」
「普通の人間はさ、そういうこと考えないんだよ。グッと我慢してこの人達は友達だって妥協するもんだ。普通の人間の友達のハードルなんて低い、低い。ちょっと話したら友達なんだ。友達なんて、独りぼっちが寂しい人間が寄り集まってできた副産物。誰だっていいから、過去の傷なんて忘れるもんだ。加害者は被害者のことを一切考えないなんて、有史以来決まっていることなんだよ」
普通の人間って、全員馬鹿だと思っている。
記憶障害持っているとしか思えない。
自分がやったことを棚に上げる天才。
それが、普通の人間。
一般人。
関わり合いになりたくない人達。
視界から消えて欲しい連中のことを言うのだ。
「それじゃあ、私と、アンタの関係は?」
一瞬、答えに詰まる。
なんで、そんなこと訊くのか疑問に思ったが、すぐに答えは出た。
俺達は友達じゃない。
だったら、こう答えるしかない。
「個人事業主と、雇われバイト」
「彼氏と彼女じゃないんだ」
「あくまで契約上の偽物の関係だ。それとも付き合いたいのか?」
「全然。今はタイプじゃないし」
「そ、そっか……」
別に本気で付き合いたい訳じゃなかったけど、振られたみたいな形になるとしんどい。なんだろうな。普通にそこら辺の通行人にあなたはタイプじゃありませんって言われたら傷つくのと同じく、俺も川畑に特別な感情を持っている訳じゃない。
川畑が俺に特別な感情を抱いていないのと同じだ。
「勘違いするなよ。俺が協力的なのは金が欲しいからだ。俺が壊したガラス細工の置物を買うためだ」
金があったら、ここまで世話を焼くことも、知恵を貸すこともなかった。
姉を怒らせた怖いから、手伝ったまでのことだ。
これで変に懐かれて井坂みたいに話しかけられたら堪らない。
井坂のように頻繁に学校で話しかけてくる訳じゃないので大丈夫だと思うが、一応、忠告しておく。
「ま、今はその答えでいいや。チャンネル増やしちゃったから、人手が欲しいし。できれば編集のやり方も憶えて欲しいけど」
「まあ、金くれるんなら考えてやらないこともないな」
成り行き上とはいえ、カップルチャンネルを作ったのだ。
編集も出演もやってやってもいい。
ほとんど手だけの出演だから、俺がいなくともカップルチャンネルなのにカップルチャンネルとして成立しているから、出演しなくても大丈夫そうだだが、少しぐらいは付き合ってやってもいい。
「納得できないのが、メインチャンネルよりサブチャンネルの方が登録者数増える勢いが凄いのよねぇ。あれだけ頑張ってメインチャンネル伸ばしてきたのに、再生数も倍以上違う」
「今は炎上需要があるだけで、落ち着いてきたら再生数も下降線を描くはずだ。それに、サブチャンネルが伸びたのは、メインチャンネル頑張ってきたからだろ。努力してきたことがない奴がサブチャンネル創設したって、上手くいかないんだから」
「……ありがと」
売り言葉に買い言葉みたいに、もっと詰めた言い方してくると思ったらとんだ肩透かしだ。素直に感謝の言葉を言われたら、こっちも何も返せない。
あれだけ意気消沈していたんだ。
大人しくもなるか。
「それじゃあ、パフェが溶けない内に、もう一回アーンから始めるわよ!!」
嫌なことを思い出させるな。
そういえば、まだ全然撮影終わっていないんだった。
今日も長丁場になるな。
数十分の動画ってだけで、動画作るの舐めてたけど、数時間かかるからな。動画撮るだけでもしんどいのに、編集作業まで手伝ってやるとなると、骨が折れる。
これ以上疲れない為にも、俺は至極真っ当なことを注文する。
「アーンは勘弁してもらっていいか?」
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