第38話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(14)

 結局、炎上騒動は収まらなかった。

 校長室に呼ばれた川畑が、教師達に何を言われたのかは定かではない。スマホで連絡を取ったのだが、簡潔な文字しか返って来ず詳細を明かしてくれなかった。長文を書く心の余裕すらないのだと思い、俺はそれ以上追及しなかった。

 あれから動画を投稿したのだが、炎上騒動には一切触れない内容だった。それが視聴者の怒りを余計に買って、騒ぎがさらに大きくなってしまった。それによって、動画を非公開にするという手段を取ったのだが、今度はそれがSNSで炎上。

 それから雨後の筍の如く、非公開にされた第三者の動画のアップロードがされ、有名な配信者による一方的な批判動画もたくさん上がった。

 その事件から一週間。

 炎上騒動は最初の頃に比べれば緩やかに静かになっているが、それでもチクチク未だに批判コメントをよく見かける。川畑は沈黙を保ち続けていて、SNS発信、動画投稿はおろか、学校にすら登校していない。

 ネット上の騒ぎも凄いが、学校の騒ぎもとんでもないものになっている。全校生徒が噂話をしているんじゃないかってぐらい、歩いているだけでも耳にするぐらいホットニュースになっている。

 特に嫉妬していた女子連中の噂話の尾ひれは凄まじく、中学時代から身体を売っていただとか、ホテルに行くのを見たとか、川畑は男遊びをしているのが彼女達の間での共通認識になっていた。男連中は男連中で裏切られたと思い、あっさり手のひら返しをして川畑をビッチだと叩いているらしい。

 スマホで連絡を取っていた俺だったが、ここ数日は既読すら付かなくなったので様子を見しなきゃいけないと重い腰を上げることにした。

 動画投稿者っていうのはメンタルが強い人間じゃないと続かない。

 だけど、正直、川畑がメンタル最強だと言われるとそうじゃない気がする。

 むしろ弱い方で、必死に強がっているように見える。

「よう」

 ドアを開けてもらい、家に入る。

 ドアを開けた川畑は明らかにやつれていた。目の下のクマは色濃く、口は半開きのまま返答する元気もないのか無言のまま自室へと行く。

「入るぞ」

 川畑は無言のままボフン、とシーツにダイブする。

 机の上にはカップラーメンやら弁当、配達された食品の容器がそのままだった。ストローやら割り箸もおいているだけ。ゴミ袋に放り込んですらいない状態で、この前訪問した部屋と同じ部屋とは思えなかった。

「大丈夫か?」

「そう見える?」

 枕に顔を埋めながらくぐもった声で、ようやく返答してくれた。

「ああ、電気点けていいわよ」

 俺は言われるがままに電気を点ける。気が付いたように言うってことは、自分一人の時はずっと電気も点けないままいるってことなのか。

 色々と不健康な生活を送っているようだ。

 明かりがないまま生活していると、気分まで沈むものだしな。

「…………私もさ」

「え?」

「私も何だかんで人気者だったから、少しは味方になってくれる人いるかと思ったけど、いなかったわね」

 話せる相手がいなかったのか、急に川畑は喋り出した。

 やっぱり吐き出したいことの一つや二つあったんだな、こいつにも。

「フォロワーは激減しているし、登録解除されてるし、批判コメントしか上位に入っていない。他の動画も低評価つけまくられてるし、学校では私の取り巻きをしていた男子はどこかへ行っちゃった。もう私は一人ぼっちなんだ。……友達がいたら少しは変わってたのかな」

「……俺の経験上、友達いても裏切られてると思うけど」

「そっか……」

 最悪だ。

 俺はこういう奴だ。

 こういう言い方しかできないし、思いやりなんてない。手土産も考えもなしにここまで来て、俺に何ができるっていうんだ。アホらしい。川畑だって家族に相談するなり、弁護士に相談するなりして事態の収拾をすればいいんだ。井坂の時とは訳が違う。規模がまるで違う。いじめ問題はあくまでクラス内の出来事だった。だけど、今回は今蔓延る社会問題だ。未だに世界が解決できていない問題。子どもが出る幕じゃない。大人に任せるべき案件だ。何の力もない高校生がこんなところに来ても、川畑を傷つけるだけだ。

 川畑はずっと隠していた顔を上げる。


「友達じゃなくてもいいから。誰か、誰か助けてくれないかなあ」


 大量の涙を流しながら泣いていた。

 その姿が悲しんでいる井坂と重なった。

 俺があの時ちゃんとしていれば、もっとうまいやり方ができていれば、そんな後悔が募っていった。

 今、俺はこいつに何ができるんだろう。

「俺さ、井坂に友達を作ろうとしたんだ」

「……友達? あんた自身友達なんていないのに?」

「まあね。ただ、それでも本気で友達を作ろうとしたんだけど、色々あって友達作ることができなかった。俺には無理だったよ。むしろ俺のせいであいつを孤立させたんだ。俺がいなければ、きっとあいつはこの学校で普通に友達が作れてた」

「最悪ね」

 ああ、最悪だ。

 最悪なことしか俺にはできない。

「良かれと思ったことが、全部空回りした。きっと今俺が動いても事態は好転しない」

 川畑の涙を見て俺は心の底から決心した。

 絶対にこいつのことを――


「だけど、奈落の底に落とすことはできる」


 助けてなんかやらないって。

「え?」

「俺は不幸な人間を幸福することはできない。だけど、不幸な人間をもっと不幸な人間にすることはできる。俺にはその天賦の才があることが分かったんだ」

「いや、ちょ、え?」

「フォロワーがいなくなっている? 男の取り巻きいなくなった? そんなのまだまだ足りない。もっと減らそう。もっと努力しようよ。真の意味でのぼっちになっていないよ、お前は」

 動画で低評価を付けている奴の方が高評価を上回っている。

 だがど、高評価もっと減らそう。

 完膚なきまでにフォロワーの心をブチ負ってやろう。

 脳を破壊してやる。

 もっと炎上させてやる。

 俺ならそれができる。

 最高な結果を導くことは困難でも、最悪な結果を出すことなら完璧にこなしてみせる。

 俺は最悪なことしかできないんだから、そのぐらい簡単だ。

 頭おかしい奴を見る目をしている首絞め女に、俺は高らかに宣言してやる。

「友達をゼロにする方法をこの俺が教えてやるよ」

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