第37話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(13)

「炎……上……? そんな……」

 顔を青ざめながら川畑は、スマホを取り出して確認し始める。

 一分も経たない内に、ある程度の事情を察したようだった。

「嘘……」

 俺も横からスマホを盗み見する。

 昨日の動画の低評価の数が高評価を上回っていた。どんな動画、どんな有名人であっても低評価は押されるが、低評価の数が高評価の数を上回るなんてそうはない。

 そして、コメント欄が荒れていた。


『男? この手何? 3:01のところ、声入ってね? 弟とかだろ。ピュア過ぎて草。やっぱりな、前から怪しいと思ってたんだよ。騙されました。今までのスパチャ代返してください。こいつと同じ高校に通っている友達から聞いたけど、彼氏いるらしい。ホテルから出てきたところ観たことあるって。お前ら馬鹿か。手が映っているだけで男と断定するとか』


 と、まあ、そういう言葉がつらつらと並んでいた。

 要は、男人気あった川畑に彼氏がいた疑惑で炎上しているようだった。

「ネット記事にも載ってるみたいです」

 井坂が見せてくれたら、確かにネット記事になっていた。

 そのネット記事は俺でも知っているまとめ記事サイトだった。

 タイトルは『【悲報】現役女子高生Youtuberの動画に男の手が映り込んでお前ら死亡』だった。恐らく、匿名掲示板にも載っているだろう。そこまで知名度がある配信者じゃないから記事名に川畑の名前は載っていなかったが、他のまとめ記事サイトにも載る可能性がある。

 昔に比べて段違いに情報の拡散は早くなった。

 最早、テレビのニュースよりも情報が早いのは常識だ。むしろ、ネットのニュース記事をテレビが紹介するようになっている。そして、ネットのニュース記事をまとめているのは、素人だ。お金もかけずに、素人が時間をかけずに、面白そうな情報を拡散する。

 だから、信憑性ゼロなのだが、一度情報が掲示されると、他のまとめサイトも真似して同じような内容を掲示する。

 俺らがこの情報を観たってことは、もう相当の情報が拡散されているってことだ。今日中にこの学校のほとんどの人間に知られるってことだ。

「昨日の動画? 流していいか?」

「……いいわよ」

 コメント欄に書かれている時間帯を、注意しながら動画を流す。

 確かに俺の手が映っていたし、俺の声が聴こえていた。

「ちょ、ちょっと止めて」

 そう川畑に言われて俺は動画を止めて、また少し巻き戻して再生する。やっぱり何度聴いても俺の声が聴こえてくる。これって、まずくないか? 俺の声がこれ世界に配信されているってことだよな。俺が特定されたらどうなる? 俺まで叩かれるのか? それだけじゃない俺の家族まで被害が及ぶんじゃないのか。グラグラと地震が来ている訳でもないのに、揺れている気がした。

「す、すぐに非公開にするべきですよね!?」

「ううん。それはダメ」

「ど、どうしてですか!? ここまできたら火消ししないといけないんじゃないですか!?」

「もう無理ね。ここまで騒ぎになっていたら、もう誰かが動画を保存してる。私が消してもアップロードされる。そしたら余計に騒ぎが大きくなる」

「川畑さんの許可なしにですか!? でもそれって犯罪じゃないんですか!?」

「そんなの関係ない!! こういうのは私だけが叩かれるようになってるんだから」

 川畑は取り乱している。

 それもそうだ。

 俺だってそうなのだから。

 そして、俺が特定されてもそこまで叩かれないかも知れない。

 名前が出ずに、川畑と同じ学校の先輩としかピックアップされないだろう。

 芸能人が不倫したら、芸能人と同罪である不倫相手の情報は最小限出るだけ批判が出ない。ただ、芸能人だけは永遠に叩かれる。仮に不倫相手が独身だと嘘をついていたとしても、叩かれるのは芸能人だけだ。

 そういう事例が山ほどあるから、川畑も分かっているのだろう。

 身の破滅がもうすぐ迫っていることを。

「とにかく動画は消さない。無視する。今日また後編の動画を上げたら、きっとみんな落ちついてくれる」

「つまり、何の説明もしないってことか?」

「そうよ。最近だってアイドル系のゲームの声優が浮気してたけど声優交代になってないし、ゲーム内のイベント主役でやってるでしょ。炎上しても黙ってたらみんな飽きて他のニュースに食いつくはず。逆にここで相手にしたらみんな喜んで火に燃料を入れるだけよ」

 一理ある。

 井坂の言う通り、動画を非公開にした方がいい気もする。

 正直、分からない。

 正解なんてない。

 運だ。

 漫画やアニメがヒットする法則の一つに運があると俺は思っている。その運とは、他にライバルがいないということだ。調べてみればすぐに分かる。大ヒットした作品の同じクールや、連載時期が同じ漫画作品のラインナップを。全部、糞だ。糞つまらない作品が並んでいる。そう、周りがつまらなかったからこそ、売れるのだ。逆に滅茶苦茶面白いのに売れなかった作品を調べてみると分かるはずだ。同じ世に面白い作品が同じ時期に放送されたり、連載されていたりしている。だから売れなかったのだ。だから逆にたまに死ぬほどつまらない作品が売れていたりする。それは、同時期にそれよりもっとつまらない作品ばかり連載されていたからだ。

 それは、ネットニュースも同じ。

 ホットなニュースがたくさんあれば、みんなこの記事のことなんてすぐに忘れてくれる。もっとやばい、それこそ投稿主同士の不倫騒動だったり、投稿者と芸能人との熱愛報道とか、そんなどでかいニュースが今日、明日ぐらいにドン、と載れば、一気に状況はひっくり返る。

 そんなの完全に運任せでしかないが、祈るしかない。

「こ、このぐらい大丈夫よ。だって、私の身元がバレた時の方がもっと大騒ぎになったんだから」

 今にも倒れそうな川畑が強がる。

 確かに、その時に比べたらまだ騒ぎになっていない。

 それは俺らが今知ったからだ。

 明日、どうなるかは分からない。

 それに、今回は炎上騒動になっている。

 前回の時、批難はあまりなかった。

 そりゃあ、高校生の癖になんでこれだけ稼いでいるのかとか、男子に媚びているとかそういう嫉妬混じりのコメントなんて山ほどあった。だが、今回は俺という男が彼氏のように思われている状態。

 川畑はアイドル売りをしていたわけじゃないが、多少なりとも男子受けしやすいように動画内では際どい格好をしていた時もあった。雑談の質問コーナーの時は、彼氏がいるかどうかという質問を取り上げて、いないと発言していた。川畑を検索するとサジェストには、彼氏いない、と出るぐらいにはみんな関心があることなのだ。

 今はまだ騒ぎという騒ぎになっていないが、もしも何か一つでも騒ぎのきっかけになることがあれば、すぐにでも事態は大きくなる。

 と――


『生徒の呼び出しをします。一年二組の川畑明日菜さん。川畑明日菜さん。お話があります。今すぐ職員室に来てください』


 呼び出しの放送が流される。

 視界が斜めになった。

 まじか。

 正気か?

 教師達は。

 恐らく、教師達はこの騒ぎを聞きつけたのだろう。そして事態を確かめるために、職員室まで川畑を呼び出した。これで事態を収拾しようと考えたのだろうが、馬鹿丸出しだ。これじゃあ、何も知らなかった連中が一体何があったのか興味を持ってしまう。頭が悪すぎる。どうして教師という連中はどうしてどいつもこいつも、生徒への配慮が足りないんだろう。どれだけ頭が足りないんだろうか。きっとネットがどんな構造になっているのかも知らない、SNSも触れたことがない石器時代の猿しかいないのだろう。川畑に話を聞きたいのなら、直接探して話を聞くべきだった。それをしなかったのは、面倒くさかったからか? 一々一人の生徒を見つける時間が勿体なかったからか? 自分の教師生活何十年の中の何万人の生徒の中の人のためだけに、昼休み時間を削られたくなかったからか? 弁当を食う時間ぐらい確保したかったからか? 狂っている。どいつもこいつも。

「おい……川畑……」

「行ってくる。大丈夫、すぐ終わるから」

 そう言って出ていた川畑は、視線が定まっていなかった。

 そして、昼休みに川畑が家庭科室に戻って来ることはなかった。

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