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第36話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(12)
いつもの家庭科室。
そしていつも通りではない、川畑の二人。
井坂はトイレに行くとか言って、今は二人だ。
箸をつつきながら無言で話すのも全然ありなのだが、川畑は話したいタイプなんだろう。積極的に話しかけてきた。芸人さんとか話す職業の人は、オンオフキッチリ分けるから、プライベートの時は話さない人多いって聴いたことあるけど、川畑は全然当てはまらないな。
まあ、あのストレスの溜まりようだ。いつもの男の取り巻き連中と本音で話そうにも話せないんだろうな。話したいこと、主に愚痴りたいことが山ほどあるのかも知れない。
話の内容のほとんどは、お互いの共通点であるYoutubeになっていた。
「結局、動画は?」
「何? 観てないの? ちゃんと動画上げれたわよ。編集っていっても、私はほとんどしないから」
「み、観るって」
強制されるとあんまり観る気失くしちゃうんだけど。
勉強とかもだ。
自発的に勉強するのは全然いい。
だけど勉強やりなさいと言われると途端にやる気がなくなる。
「再生数はどんな感じなんだ? 普段と比べて」
「うーん。今のところ普段よりも数字取ってるかも。一日だから何とも言えないけど。……ただ、次の動画も伸びたら100円均一だけでキャンプ動画やろうかなって思ってる」
「キャンプ動画!? 無理だろ!?」
「本格的なやつじゃなくて、デイキャンプとかでやろうと思って」
「デイキャンプ?」
「泊まりなしってこと」
「泊まりしないって……。それはキャンプなのか?」
スマホを手に取って調べ始める。
キャンプ動画っていうのは、数年前から人気がある。
そもそもキャンプっていうのには注目が昔からある。
ちょうどいい趣味なんだよな。
インドア派もアウトドア派でもどっちもはまれる趣味だ。
運動バリバリならインドア派が無理。
家の中でじっとしている趣味ならアウトドア派は無理。
適度に作業があって、適度にゆっくりできる。
インドアとアウトドアのいいとこどりみたいな趣味。
欠点はお金がかかること。
それからハードルが高いところだろうか。
100円均一でキャンプ道具が揃えられるなら、その欠点の一つは補うことができそうだが、果たしてうまくいくのかどうか。
ただ、視聴者の需要は満たせそうだ。
元々人気だったが、コロナのせいで人気に陰りが出た。
ただ、それでも他の趣味よりかは楽しみやすい趣味だ。
旅行はできない。
それから運動は肺に負担がかかる。
密閉空間に密になってはいけない。
そんなコロナ禁則事項に引っ掛からない趣味ということで、注目がさらに集まった気がする。超有名なキャンプ漫画、アニメやら、お笑い芸人のキャンプ動画投稿とかの燃料もあったので、キャンプブームはまた再熱しているような状況だ。
全盛期に比べると下火にはなっているが、それでも人気な趣味であることは確かだ。
「キャンプって言うと、薪を集めて火を起こして、料理して、テントを張ってそこで眠るっていうイメージあると思うけど、種類はたくさんあるのよね。そもそも薪だって売り物になっている時代だし」
「ほんとだ。色んな種類あるみたいだ」
スマホで調べてみると、人に合わせた様々な種類のキャンプがあるようだ。
キャンプ場で行うもの、キャンピングカーで行うもの、コテージを借りて行うものなどなど。コテージを借りてやるものなら、かなり楽そうだ。食材を持ち寄って、それ以外の道具は全部レンタルできるみたいなキャンプもあるようで、そう考えるとキャンプの定義っていうやつが俺の中で変わって来る。
自分でやることが増えているホテルの泊まりみたいなもんだ。
あと『100均 キャンプ道具』と検索すると、結構な検索数がヒットする。川畑が言っていた通り、薪まで売っているな。素人的には薪くらい山で拾って来いと思うのだが、意外に見つからないものだろうか。そもそもその辺の木の棒を拾っても意外に火がつかないと聴いたことあるな。ナイフかなんかで木の棒にささくれみたいなものを作らないと、燃えづらいとかなんとか。そういった手間などを考えると、加工して着火しやすい薪を買った方がお手軽感があって、キャンプに挑戦しやすいのかも知れない。
ともかく、キャンプをやろうとなったら道具を何揃えていいのか、どこでキャンプできるのかとか、そういった疑問のハードルがたくさんあって、そのどれもが高い。そういった疑問に答えるような動画を作れるなら、それなりの需要を獲得できるんじゃないんだろうか。
熟練者の視点と初心者の視点は違うだろうし、まあ顔が整った高校生がやるとなったらそこそこの再生数は稼げるだろうな。
「はあー」
いいなあ。
金稼げて。
と、思って嘆息をつくと、
「なんか今日は溜息多いわね? 何かあったの?」
「ああ、いや別に」
「で、本当は?」
全然話聞かないな。
俺としてはあんまり他人と話ししたくないんだけど。
ただまあ、言わなきゃいけないこともあったし、説明しとこうか。
「実は……」
昨日あったことを回想しながら、かいつまんで話す。
俺は昨日へとへとだった。
道中別に事故にあったわけではない。
悲劇があったのは家に帰ってから玄関先。
ようやく帰り着いたこともあって油断していたのだろう。
靴を脱ぐために、靴箱の棚に手を置こうとした。
視線は靴のまま、あまり観ずに手を伸ばした。
それが悪かった。
ガラスの割れる嫌な音が響いた。
血の気が引いていって視線を落とすと、そこにはガラス細工の置物だった残骸があった。先日までにはなかったのに、どうしてこんなところに割れやすい物があったのか、そんな疑問が頭に渦巻いてすぐさま行動が取れなかった。
固まっていると、音を聞きつけた姉がやって来てガラスの掃除をした。
危ないから手伝わなくていいという明確な拒絶を示され、俺は何もしなかった。
後から母親に聞いたが、どうやら姉が相当気に入っていたものだったらしい。
ウキウキしながら買い物をして、一万円以上する代物だったらしくショックを受けていたらしい。それを聴いた俺は姉の部屋をノックして扉越しに謝罪した。
だが、ブチ切れているようで、別にいいよとばかりに流されてばかりで、ちゃんとした謝罪を受け入れてもらえなかった。
少しでも機嫌を直してもらうには、弁償するしかない。
お金を少しでも稼ぎたくなった。
姉には俺は頭が上がらないのだ。
とまあ、ここまでが事の顛末。
「ということで、お金をくれ。昨日手伝った分」
「なるほどねー。大変そうね」
「おい」
話を聞いといて、いきなり無視するな。
少しは話に乗れよ。
「あげたとしても、あれぐらいの手伝い2000円ぐらいかな、精々」
「それだけでもありがたいんだけど」
高校生で2000円って大金なんだよなあ。
しかも、一日数時間働いただけでそれだけもらえるとなると相当に。
そもそも高校生でバイトしようとなったら、許可が下りないことが多い。
高校生が一番お金欲しくなる時だと思うのに、なんでバイトがあんまりできない社会になっているんだろうか。
「それじゃあ、今日も手伝ってくれる? もっと稼ぎたいんでしょ」
「う、うーん」
昨日行った面倒な雑用を考えるとやる気が喪失しそうになったが、今から短期バイトを見つけるのとどっちが楽かを天秤にかけると、お手伝いをした方がいい気がしてきた。
そもそもバイトって緊張するんだよな。
知らない人達に囲まれ、新しい仕事を任される。
新しく人間関係を築くのが苦手な俺としては、知り合いと仕事した方が神経を使わなく済む。それに、失敗してもまあ、川畑ならある程度妥協してくれるとなったら、どちらが楽な仕事か考えるまでもないか。
返事をしようとすると、
「あ、あの……」
消え入りそうな声で井坂が戻ってきた。
そういえば、存在感ないと思った。
トイレに行っていたんだったんだよな。
「遅かったな」
腹が痛かったのか?
何喰ったの?
落ちてるものでも食べた?
とか、そんな失礼な質問が次々と浮かんだが、言わないでおいた。
「あの、観ました?」
「何の話?」
井坂が助けを求めるように俺を観るが、俺は何にも答えられない。川畑の方を観ながら質問したから、俺じゃなくて川畑に何か関連するものだろうか。
井坂は恐る恐るスマホを掲げる。
「昨日、川畑さんが上げた動画が炎上してます」
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