第35話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(11)
動画は結局、前編、後編の二つに分けることになったらしい。
前編は普通の収納系動画、後編はオタク向け商品動画になった。
大分時間かかったな。
もう外が暗くなってきた。
タイムアップだ。
別に門限らしい門限がある訳ではないが、そろそろ帰らないと親が文句言ってきそうな時間帯になってきた。
なので、解散ということになった。
ようやく川畑から解放される。
前編だけでも数時間かかって、結局後編は撮り終えることができなかったので、後からまた一人で撮影するらしい。
大変だな、やっぱり。
動画にすると、色々と編集して短くなっているんだろうけど、思ったよりも編集する前の動画時間長いんだな。
まだやらないといけないのか。
まあ、俺には関係ないけど。
「有川、ご飯食べていく?」
「ええ?」
立ち上がって帰ろうとしたら、川畑に呼び止められた。
なんだろう。
川畑のせいでこんな時間まで手伝ってやったから残業手当てみたいなものは欲しかったけど、別の角度の手当て飛んできたな。
ご飯、か。
「いや、いいって。というか、ご飯作るのか?」
「どっちでもいいかなって思って。取り合えず冷蔵庫観て食べたいものなかったら、出前を頼んでもいいかなって」
「いや、親が飯作ってるからな。せめて前日か、できれば朝の内に言っておかないとキレるからな」
「ああ、そっか。家族と暮らしてたらそうなるか……」
冷蔵庫の中観たら、結構何でもあった。
そもそも冷蔵庫が大きかった。
一人暮らしにしては大きめで、後、ネギが入ってた。
ネギが冷蔵庫に入っていると、料理している人って感じがする。
高校生でネギをスーパーで買うってやつ、中々いないからな。
味噌とか、冷蔵庫の横には薄力粉とか小麦粉とかあるし、ごま油とかオリーブオイルとか置いてあるのを見やって、俺にはよく分からないけど、料理してる感はひしひしと感じられた。
「料理動画とかやれば?」
「料理動画だけだと弱いんだよね。あんまり伸びない。やるにしてもちゃんと戦略立てないと難しいかも。それこそ100円均一動画が伸びたら、100円均一にあるものだけで料理してみた動画とか上げようかな」
「あー、それ面白そうかもな」
普通の料理動画なら確かにいっぱいあるからな。
胸を強調しながら料理したり、声真似しながら料理したり、非公開レシピである人気商品の再現料理など、ありとあらゆる人が料理動画を上げている。視聴者の目も肥えているので、新規参入は相当に厳しいジャンルと言わざるを得ない。
そこでまだやっている人がいないことに挑戦するのはいいかもしれない。
全く同じことをやれば、ただの劣化コピーだけど、100円均一だけで料理できれば企画的に取れ高が取れそうだ。100円均一のスパイスだけで本格カレーが作れるのは有名だし、視聴者の期待値は高いはずだ。
しかし、そこまで考えていたのか。
道理で荷物が重くなるはずだ。
「意外に時間かかったな」
「収納系動画が意外にね。私も見通し甘かったかな。分類分けを事前にしていればよかったかな」
そういう川畑だったけど、事前準備するのは難しかったかも知れない。
川畑がやったのは隙間収納。
やったのは、空いている空間を埋める作業だった。
本棚の上部が開いている所や、台所の収納棚の扉の裏などなど。
主に動画を回していたのは、台所だったかな。
調味料や調理器具のベストな置き場所を模索するのに悪戦苦闘していた。
ただ収納、掃除するのに大変だなって思ったのは、収納に明確な答えがないことだった。
これがベスト、これで正解みたいなものがあればいい。
だけど、人それぞれ、そこに住んでいる人の考えで変わるのが収納だった。
収納ペースをフルに使おうとしたら発生する問題があった。
それは、手間と奥という概念。
手間に普段使うもの、奥に普段使わないものを置いた方が絶対に良い。
例えば、土鍋やたこ焼き器などは奥に置いた方がいい。
フライパンや調味料は手前の方がいい。
と、一般的な答えはある。
だが、料理をほとんどしない人は、調味料は後ろがいいかも知れない。冬場だったら土鍋頻繁に使うから手前の方がいいとなるかも知れない。
そういうのを言極めるためには、事前準備しようにも分からないかも知れない。手を動かしながら気づいた、といった瞬間は何度もあった。
まあ、掃除のプロでもない限り、川畑もそうそう簡単にはできないだろうしな。
何十年も家事をしてきた主婦でもないし。
それにしても上手く出来ていたように感じる。
手際もよく、明瞭な声で商品紹介が出来ていたと思う。
あと、やっぱり話が上手いな。
普段から人と喋るような人間じゃないから、そんなに語れない。だが、それでも凄いと思えた。ちゃんとカメラ目線で観ている人に向けて動画を撮っている感じだし、話が途切れない。語り掛けるような話し方をしていて、反応はナチュラルだ。わざとらしい感じがなく、聴いていて違和感がない。
ただ、
「滅茶苦茶動画で噛んでたな」
「いいのよ、それは。普段だって噛んでるけど、それは編集でどうにかするから」
TAKE2、TAKE3といったように同じセリフを繰り返す場面があった。やっぱり、普段は一人で撮っているから気楽といえば気楽なのだろうが、今日は俺がいたからな。変に肩に力が入ってしまっていたのかも知れない。
しっかし。
実写で一人。
ということは、まあ、独り言な訳だ。
動画を撮る時に、二人組、三人組ならば話のタネは尽きづらい。Vtuberならば、視聴者がいるから、チラチラコメントを観て、それを拾ってやれば話を広げることができる。だけど、実写で一人だけで動画を撮影するとなると、完全に自分だけの能力で動画を回さなければならない。
実際見てみると、凄い。
俺がやったら、あっ、えっ、それは……みたいな感じの放送事故で終了すると思う。そう考えるとまともに喋っているだけでも凄いんだろうな。
「じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
そう言って、俺達は別れた。
帰り道。
フト、頭に過ったのは、先程の言葉。
また明日?
前々から俺達は、そこまで絡む訳じゃなかった。
俺から話に行くことはない。
あっちから来るにしても、たまにだった。
こうして話すようになったきっかけは、井坂だろうな。
あいつが家庭科室に来たから、色々川畑とも話すようになった。
もしも井坂がいなかったら、こうして俺が川畑の家に来ることもなかっただろうな。
そう考えると、元凶は井坂か。
あいつのせいで、こんな面倒ごとに巻き込まれたのか。
やはり、ぼっち。
ぼっちこそ正義。
他人に関われば関わるほど、面倒事に巻き込まれる。
ただまあ、ぼっちじゃできなかったこともある。
動画だ。
動画がどうなっているのか気になる。
俺が撮影班になったのだ。
明日会うなら、感想も言い合えるだろう。
それはちょっと興味ある。
動画のストックは十以上あるらしいが、今日撮ったやつは今日中に上げると言っていた。俺がどんな動画になるか聴いたから、配慮してくれたのかも知れない。夜になるか、下手したら翌日になるかも知れないと言っていたが、楽しみにしておこう。
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