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第32話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(8)
「ううう」
放課後。
日直登板だった俺は、いつもよりも遅い帰宅時間になってしまった。
他の学校はどうか知らないが、俺の学校は男女ペアで日直をしなければならない。先生の使うプロジェクターやらの道具運びの手伝い、移動教室の場所案内、宿題やテスト用紙の回収、次の授業で使うものの確認作業、実験道具の片づけ、それから学級日誌の記入など、など。
正直、なんで俺がここまで重労働をしなくてはいけないんだろうか。
児童労働とかいうやつでは?
国際的に問題提起しなくちゃいけない労働環境だけど。
教師が全部やればいいのに。
せめて給与をよこせ。
日直としてやるべき事は多岐に渡ってあるのだが、問題なのは男女ペアでやらなければならないという点。勿論、俺達は喋らない。だけどどっちがプリントをどれだけ集めるかとか、日誌はどう書くかとか、そういう最低限のコミュニケーションがないと進行が遅くなる要素がいくつかあって、しんどかった。絶対に他の人間が日直している時より、帰宅時間は遅くなっているはずだ。
日直だった相手は別に仲が良くとも悪くないともないが、ずっと顔を顰めていた。終わってからは、ずっと日直を待ってくれていた暇人の友達に、ああ、もう本当に嫌だったー、とか愚痴を吐いていた。
こっちの方が本当に嫌だったし、ちょっと泣きそうな声色使っていたけど、それを目の当たりにする俺の方が苦痛を感じていたんだが。相も変わらずどいつもこいつも被害者面してくる。そっちが普通に喋りかけられたらこっちだって、嫌味を言う量は格段に減るっていうのに、全然その辺を考慮してくれないんだもんな。本当に嫌になる。
という感じでいい感じに疲弊しきっているので、俺としてはこれ以上トラブルに巻き込まれたくない。今日一日の生命エネルギーは使い果たした。家に帰ってからも気遣う相手がいるのだ。さっさと自室に戻って頭を空っぽにしたい。
「お、重いっ……」
絞り出すような声をしている女子が前にいた。
同じ高校の制服だ。
自転車を押しているのは、パンクしているからだろうか。
籠の中には荷物があって、さらにエコバックが二個ほど自転車のハンドルの左右に括り付けられていた。フラフラと舟を漕ぐように自転車が動いているせいで、抜かすことができない。狭い歩道の真ん中にいるせいだ。少しは後ろの歩行者に配慮して欲しい。
というか、もしかしてここにいるってことは、俺の家から近いところに住んでるのか? こいつ。だとしたら面倒なことになるんだけど。なるべく他人に、主にクラスメイトとかに会いたくないから休日外に出る時間も、人通りが少ない時間をチョイスして外出している。だが、近所に知り合いがいるというだけで、会う確率が増えるのが嫌だ。
「……くっ」
うるさいな。
もっと声を抑えながら運べないのか。
絶対に家でテレビ観ながら、独り言でツッコミ入れるタイプだよ。
というか。
まあ。
自転車を押しているのは川畑なんだけど。
もの凄い邪魔だ。
買い物をしてから自宅に帰宅しようとしている所なのは、背負っている学校指定のバッグからも推察はできるのだが、何で一度家に帰ってからバッグを置いてこなかったのだろうか。
それか、買い物を最低限に抑えることはできなかったのだろうか。
どちらにしても計画性のない買い物をしていたらしい。
まあ、俺に関係ないことだが。
話すこともないし、話すこともない。
これ以上背後にいると気配に気づかれる可能性がある。
次の分かれ道が来たら、横の脇道へ反れよう。
「少しは荷物運ぼうって思わないの?」
川畑に肩に手を乗せられる。
少しキレているようだったが、強引に手を払う。
「さっきのわざとらしい独り言は、何? 手伝って欲しいアピールだったのか? ご苦労なことだな。……とりあえず、自分の荷物ぐらい自分で運べ」
「女子が! 重い荷物持っていたら! 普通手伝ってくれない!?」
「……前時代的だな、その発言。男女平等じゃないの? 今の時代は」
その辺にレディースデイと掲げられている店の看板があったけど、観えていない振りしよう。
「男女の筋肉量は差別だとか平等だとか関係ないから! 関係あったとしても、女って生き物は、自分の都合のいいように解釈する生き物なの!!」
「……女子がみんなそこまで言ってくれたら、俺だって少しは寛容になれるんだけどな」
川畑みたいに認めてくれる人間は好きだ。
人は皆平等だ。
この世からいじめはなくなる。
努力さえすれば夢は必ず叶う。
そんな糞みたいな意見を頭空っぽにして嘯くクズは、この世から消えて欲しい。
現実逃避も甚だしい。
もっと大人になれ。
あと、この世からいじめがなくなるとか、人は皆平等になれるって言ってる奴は、基本的に自覚なき加害者か、頭が悪い傍観者のどっちかだ。この世から弱い者いじめはなくならない。ないと認識している奴は無意識にいじめているから、余計タチ悪い。加虐趣味のあるいじめ大好き人間の方が、自分の欲望に忠実な分、まだ精神構造が理解しやすい。
「はいはい、持てばいいんでしょ、持てば。というか、何買ったんだ? 服とか?」
いや、違うな。
持ってみたら明らかに服の重さじゃない。
もっと重いものだ。
「……動画で使うもの。思ったよりも買い込んじゃった」
「動画で使う? これとかを?」
袋が開いていたので中身見えてしまったが、動画で使うようなものとは思えない。籠とか突っ張り棒とか入っているけど。というか、こんなもの学生が買うようなものじゃないだろ。中に入っているものこれは――
「百円均一の商品よ。次の動画のターゲット層は主婦。それから――中高生のオタク」
「ぜっ、全然違うターゲット層だな」
動画や商品のターゲット層っていうのは、基本ルールとして絞った方がいいはずだ。
勿論、老若男女全員が好きなものを動画提供すれば、それが最強。一番再生回数が稼げる。だが、それは所詮夢物語だ。人類に媚びた動画を作成しようとすれば、薄味の動画が出来上がる。面白さの上澄みだけの動画が流行るとすれば、それだけ有名な配信者、もしくはテレビだけだ。
薄っぺらであればあるほど、つまらなくても一定数の支持は得られるものだからな。
中堅か、それ以上、それ以下の投稿者である川畑じゃ、その手は通じない。
ターゲット層を絞った動画を作った方が、動画の伸びはいいはず。
レディースデイだってそうだ。
一般家庭だと奥さんが財政管理担当、旦那にはお小遣いを支給するのが普通。つまり、財布の紐を緩める権利を持つのは女性。だからこそ、安売りするならば女性をメインターゲットに据えた方がいい。だから男性専用特売より、女性専用特売にした方が圧倒的に効率がいい。それに特別感が出る。自分だけが安くものを手に入れると思えるから手が出しやすくなる。
とまあ。
そのぐらいのこと、ど素人の俺ですら一瞬で思いつくんだ。
川畑には釈迦に説法だろう。
つまり、勝算があっての作戦か。
「次の動画は収納系動画。観た人が幸せになれるような動画を作る!!」
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