第31話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(7)

 捨てられている動物を助ける。

 それだけ聞けばとてもいいことだ。

 困っている人や動物が道端にいても、見て見ぬふりをする時代。

 それなのに積極的に誰もやりたがらないことをやれるのは、中々できることじゃない。

 そう思っているであろう井坂は色めき立つ。

「捨て猫を拾って、それで批判されるってどういうことですか? それって良い事ですよね?」

「まあ、そうだな。ペットショップで猫を飼うのですら批判喰らうわけだから、捨て猫を拾うってめちゃくちゃ良い事だよ」

「え? ペットショップでペットを飼うのって普通じゃないですか?」

「そもそもそのペットショップっていうのが、批判受けてるんだよ。ペットショップがない国だってあるわけだし」

「そう、ですか……」

 井坂はどうにも得心がいかないようだ。

 まあ、ピンとは来ないだろうな。

 ペットショップがあるのは、日本人にとって当たり前のことだから。

 俺だっていまいち納得いっていないのだから。

「井坂は大きい猫と子猫どっちが飼いたい?」

「? それは……子猫ですかね?」

「そう。日本のペットショップに行けば分かるけど、子猫、子犬ばっかり売られている。だけど、国によっては子猫、子犬を売るのが禁止なんだ」

「え? なんで? そうなんですか?」

「親から子どもを離すだけでもストレスがかかる。そしてずっとゲージの中に入れられていたら動物がどうなるかぐらい、子どもにだって理解できるはずだろ? 日本のペットショップは、観る人によっては動物虐待にも観えるってわけだ」

 ペットショップで売れ残った犬猫はどうなる?

 ペットショップだって商売。

 慈善事業じゃない。

 いつまでも在庫を抱えている訳にはいかない。

 売れない動物のために、いつまでも場所を確保している訳にはいかない。

 エサ代だってかかるのだ。

 ならどうするか?

 殺処分した方が経済的に楽になる。

 それが答えだ。

 だからペットショップではなく、保健所の犬猫を引き取るっていうのが一番善意に満ちていると考える人だっている。そこまで目の敵にするのはどうかと思うし、ペットショップが悪だと断じるつもりはない。だが、そう考えている人がいて、ペットショップが批判されたことがあるってことは事実だ。

「他の国と日本の常識は違うってことかな」

 有名な話だと、煙草やコンビニ雑誌の規制か。

 煙草は麻薬や覚せい剤よりも依存性が高いから、箱にどでかい注意書きがあるのが普通なのに、日本は申し訳程度の文字しか書かれていないとか。

 コンビニの成人向け雑誌が陳列されているのは、日本だけとか。

 日本でしかあり得ない光景というものがある。

 オリンピックがあって他国の目が集まるということで、より一層それらの問題点について関心が高まった。

 だけど、関心が高まっていないことについては、問題改善の着手は鈍い。

「マイクロチップを体内に埋め込んで、捨てられても飼った人間を特定できるように完全義務化されている国がある中で、ノーリスクでペットを購入できる日本という国の方が世界的に見て珍しいらしいね。俺にもよく分からないけど」

 国の文化の違いっていうのは大きな問題になることがある。

 捕鯨だってその一つだ。

 昔、親か、祖父母世代だと、学校の給食に鯨が出ていたらしい。

 鯨は哺乳類だからとか、可愛そうだからだとかの理由で食べるのはおかしいので、日本が槍玉に挙げられることがあるのだが、まあ、よく分からない。

 昔の人は普通に食べていただろうし、俺自身は口にしたことがないのでそれが禁忌であると言われても反応に困る。

 日本人からすれば猫を食べる文化がある国の方が、拒否感が強い。ペットにしているような身近な動物を食べていると思うと、気分が悪くなる。それもまた文化の違いってやつだろう。小さい頃から身近にそういう文化があれば違和感もなくなるのかも知れないけれど。

「実際、大物動画配信者が批判喰らってたけどね。最近」

 川畑の言葉に俺は首肯する。

「ああ、あったな。そんなニュースが」

 生き物を飼うのに衝動買いは軽率な行動だとか、ちゃんと病院へ行かせたのかそういうことが批判材料としてあった。特に今は時代が時代。コロナが犬猫にも感染するという情報もある中、飼うっていうのはどうかとか、そんなしょうもないことでプチ炎上していた。

 正直、どうでもいいと思ったが、有名人が何かすればそれだけでニュースになるといういい例だろう。

 プライベートっていうものがなさそうで可哀そうだ。

 川畑も大丈夫なのだろうか。

 考えれば考えるほど心配になってくる。

「その人はただ単に飼いたかった飼ったんでしょうけどね。今、結構問題になっているの捨て猫を飼うってことは、それそのものがやらせだったから」

「やらせねぇ」

 やらせに厳しい世の中になったものだと思う。

 芸能人が台本通りに台詞を読んでいるだけなのに、それが不適切な発言だと炎上。

 Vtuberや声優が百合営業していたのに、何年も前から彼氏がいることがバレただけで炎上。

 漫画家が企業案件だというのを隠して、SNSで映画や商品の感想を呟いただけで炎上。

 そんなの当たり前のことなのに。

 世間の人間はピュアピュアだ。

 純真過ぎる。

 嘘ついているに決まってるじゃん。

 どのコンテンツにも言えることだけど、あらゆるものが、あらゆる要素のフィクションを含まれている。それが分からないのは幼稚園児ぐらいなものだと思うけど、最近なにかと炎上ばかりで辟易してしまう。

「やらせって、何ですか? 捨て猫を拾ったことがですか?」

「普通に考えれば分かることだけど、捨て猫に出会う確率ってどのぐらいだと思う?」

「えっ、それは、分からないですけど……」

「人生において一、二回じゃないかな? 私は人生で一度きり。だけど、何回も何回も捨て猫を拾う人がいたおかしいと思うでしょ? しかも同じ場所だったり、たまたま似たような段ボールの中に入っていたりとか、そんなことあったら流石にやらせだってみんな思うじゃない?」

 俺はやらせに敏感という訳じゃないが、騙すなら完璧に騙して欲しいと思う。なんでそんなディテールが雑なのだろうか。ただまあ、気持ちは分からないが、理屈は分かる。

 猫を拾う動画で、猫の飼育の動画を上げている人は、それ以外の動画の需要がないのだろう。流行りものの動画を上げる人によくある傾向だけど、違うジャンルの動画を上げて急にオワコン化することがある。

 猫拾った動画を上げていたのに、いきなりゲーム実況動画を上げるとか、だ。

 視聴者はそんなものを観に来ている訳じゃない。

 他の投稿者がバズっているからという安易な理由でそんなものに手を出しても、視聴者層の違いに気が付かずにそんなものを投稿してしまい、急速に登録者数が落ちる現象を眼にすることがある。

 そんなことをしてしまったのは、きっとネタ切れだから。

 猫だけで動画をずっと上げるのにも限界がある。

 だから、別のジャンルに手を出したのだろう。

 ただ、急激に動画の変化をつけたせいで、視聴者はついていけなかったのだ。

 徐々に動画の変化をつけるしかなかった。

 猫のおもちゃ紹介やら、高級キャットフード人間でも食べられる説とか、バズるかは分からないけど、少しずつ変化していく様を見せつけるしかなかった。それをやってもバズらなかったら、企画が悪いか、それか、動画投稿者自身が悪いかだ。

 人気ジャンルというフックがあっても、視聴者を受け入れる器がザルならば意味がない。動画投稿者自身のトークや、編集力がなかったらみんな無言で離れていくだけだ。

 興味ない動画、つまらない動画のために時間を割くほど視聴者も暇ではない。

 だから同じことをするしかない。

 何度も何度も猫を拾うしかない。

 全ては金や名声のために。

「やらせ動画だけならまだ小さい問題だけど、問題は動物愛護の動画が流行ってしまったってことかな」

「? どういうことですか?」

「ただ動物を拾うだけの動画だったら先駆者がいる。だったらどうするか? 今までにない演出をつけた動画を作るしかない。そうなってくると過激なことをする人達だって現れてくる」

「なるほどね……」

 大体、川畑の言いたいことが分かった。

「え、どういうことですか?」

「最初は本当に善意で動物を拾って世話する人だっていたかも知れない。だけど、再生数が稼げないなら、もっとドラマチックな演出が必要になる。例えば――」

 最悪な予想。


「猫をわざと傷つける」


 ただそれは少し頭を捻れば帰結する答え。

「え?」

「そう。例えばカッターやナイフで傷つける。その傷ついた猫を拾ってあげたら、それはとてもドラマチックになると思うでしょ?」

「そ、そんなの……そんな酷いことをする人なんて」

「いる。それ以外だったら、溺れている猫をすくいあげました。車に引かれた猫を拾いました。他の動物にけしかけられている猫を助けました。とか、そういう動画があるけど、その場面に出くわす確率って宝くじ何等が当たる確率いくつでしょうね? そしてなおかつ動画を撮るって思考になるのが凄いと思うけどね。職業病といえばそれまでだけど、普通、その場面にやらせなく出会ったら動画撮るよりもまず、手が先に動いて動画なんて撮れないと思うけど。この私でもね」

「それって……」

「そう。全ては自作自演ってことね。自分で傷つけて、自分で助けるって訳」

「…………」

 井坂は顔面蒼白になっている。

 まあ、好きな動物が虐待まがいのことをされ、あまつさえそれが公開されていると知ったら、そういう反応にもなるか。それでお金をもらっているのってもまた、な。

 テレビのニュースだって不幸の話でお金を稼いでいる。けど、マスコミは、自分で事件を起こすなんてことはしない。あくまで起こったことを映像として垂れ流すだけだ。

 金や名声のためにそこまでやるような人間性を、誰だって信じたくないだろう。

「動画のためなら、何だってする人だっている」

 そりゃそうだ。

 クラスの爪弾き者は知っている。

 金が絡んでいなくとも、自分の承認欲求を満たすためだけに、他人を貶める人間がいることを。金が稼げるとなったら、それ以上のことをしてくる奴らはいるだろう。

 動物を虐待するなんて犯罪じゃないだろうか。

 購入前の食べ物のパックを開けたり、火炎放射器を改造したりとか、色々犯罪行為を犯す行為を世間に垂れ流す人が多くなったもんだ。

「今じゃ、誰もが動画配信者みたいなものだしね。犯罪意識は薄くなってるんじゃない?」

 中高生の間でショートムービーを流すのは流行りだ。

 数年前に流行ったのは、カップルのショートムービー。

 キスしたり、手繋いだり、一生を誓い合うような映像。

 それを普通にネットで上げていたので、ちょっとした社会問題になっていた。

 全盛期に比べれば、中高生が動画を上げる頻度は減っただろうが、それでもゼロにはならない。遊び感覚で、ネットに動画を上げる。一度上げた動画は一生消えることはない。自身の手で削除しても、誰かが保存していたらいつでもアップロードできるような仕組みが出来上がっている。それも誰でも簡単にだ。昔は魚拓を取るぐらいが関の山だったものだが、今では動画を保存するのもワンクリックでできるようになってしまった。

 誰もが被害者に、誰もが加害者に軽い気持ちでなり得る。

 日本では銃刀法違反で、武器を持つことは禁止されているが、心を破壊する武器は全員所持していることを忘れたくない。

「…………」

「…………」

「…………」

 暗い話が続いたので、何となく三人の中で沈黙が続いた。

 これ以上話しても盛り上がらないと悟ったのか。

 川畑が話をまとめる。

「まあ、動画配信者ってのは色んな意味で危ういの。だから、なるべく私のことは秘密にしておきたいの。分かる?」

「は、はい」

 返事に納得したようで、川畑は扉へ向かう。

「もう行くんですか?」

 おい、止めるな、井坂。

 せっかく川畑がどこかへ行こうとしてくれているのに。

「今日はもういいや。色々喋ってスッキリしたから」

 ようやく解放された。

 そう思うと、扉に手をかけたまま、川畑が上半身だけ振り返る。

「ああ、それと。もしも、私の奇行を他人に喋ったら、首絞めだけじゃ済まさないから」

 自分で奇行ってわかってるのか。

 なら止めてくれ。

 という感じで、俺達三人の初めての邂逅は終わった。

 疲れた。

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