第30話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(6)

「ASMR?」

 井坂は知らないようだが、俺も正式名称は憶えてないな。

 Auto~なんだったけ? そんな感じの単語の頭文字を取ったのがASMRというやつらしい。ジャンル的には昔からあるが、最近になって注目されてきたジャンルだ。割かしニッチなジャンルだったはずだが、今では普通に誰がやってもおかしくないぐらい人気になっている。

 元々はセンシティブな動画系統ばかりだった気がするが、今では一般人用に刺激が少ない動画が主だったものになっている。

「検索すれば分かるけど、ご飯を食べる動画が多いかな。ほら、こんな感じ。あっ、耳かきする動画とか、焚火の動画もあるわね」

 センシティブな動画ジャンルしか頭に浮かばなかったが、スマホの画面を観ると意外にたくさんあった。他には川のせせらぎの音をひたすら耐久で聴くみたいな動画もあった。やっぱり数年前に比べると、格段にジャンルの幅が広がっている気がする。

 こうしてASMRの動画が広がった理由の背景の一つに、録音環境の向上があるんだろうな。高い音響設備のある場所がなければ録音できなかったものが、今はこだわりさえしなければ家でも撮れるようになった。それがかなりでかいと思う。

「要は、音で感情を揺さぶられるような動画の総称のことかな。ご飯を食べる系の動画だと、お米とかよりかは、チョコレートみたいにしっかりとした音が出る方がASMR動画としては多いけど、それでも咀嚼音を聴くのが好きっていう人は一定数いるみたいだし」

「へぇ。だから、食べる動画を出す人がいるんですね。雑談配信で」

「食べている人を観るだけでも好きって人もいるんじゃない? 大食い系YouTuberも最近プロアマ問わずに増えてきているし。私も大食いじゃないから、いっぱい食べている人みると気持ちいいしね」

 動画どころか、テレビでは昔からあるジャンル――大食い。

 俄かに全盛期の人気を取り戻してきたのは、今の令和新時代だからだろうか。カラオケ業界や遊園地、外食産業など、今元気のない業界がテレビのチャンネルを回すと目に飛び込みやすくなっている。

 客がそれだけ来なくなっているので、テレビでPRしないといけないのだろう。需要があるので、大食いYouTuberも多くなってきている。俺もオススメ動画にピックアップされた時ぐらいは拝見するが、やっぱり面白い。

 大食いは大食いでも、内容が多様化してきているのもいい。昔ながらの大食い番組というのは、早食い、大食いをし、その速さや量を競う大会。

 だが、今は実際のお店でやっている大食いサービス、ご飯大盛や野菜取り放題などに着目してそこをピックアップする動画。大食いをする料理を、自分で調理する動画などもある。

 よくあるのは、チェーン店のオススメトップ10を紹介する動画とかだろうか。大食いじゃなくとも、多くのYouTuberがやっている。案件じゃなくともやっているのは、みんな再生数が稼げるからだろう。

「雑談配信でご飯を食べていると、何を食べているのかで話題にできるからいいのよ。それに、雑談配信の方が私的には楽だし」

「そうなんですか?」

「あれか? 動画編集しなくていいからか?」

 井坂の質問に俺が推測で答えてみると、うーん、と川畑は少し首を傾げて考えた。

「まあ、それもあるかな。だけど、私はあんまり動画編集しないから関係ない。それより、ネタを考えなくていいってところが一番かも」

「ネタ? 台本ってことか?」

「そうそう。私が考えているのはドラマやバラエティ番組みたいにしっかりとした台本じゃなくて、ある程度の展開を書いた箇条書きのものだけだけどね。ほら」

「ああ、スマホに書いているのか」

 そこにはびっしりと文章が書いてあった。

 軽そうな頭をしている川畑とは裏腹に、どれだけ真面目に動画制作に打ち込んでいるかが分かる。趣味、と言ったけど、これは趣味の範疇に入るんだろうか。何度も打ち込んでは消して葛藤しているのが、所々に散見できる。

「台本って何ですか? そんなの必要なんですか? 動画に?」

「もちろん。私は雑談配信の時もある程度、話のネタが詰まった時ように、パソコンの近くにメモ置いてるけど。それと比較できないぐらい動画の時はちゃんとした台本を書かなきゃいけない。もちろん、その台本だって依頼すれば書いてもらえるところだってあるけどね」

「ええ? そんなのわざわざ頼むんですか? 動画の脚本を?」

「文章を書く人は文章書く人でプロがいる。そこに頼むのは悪くないことだって思うけどね。実際テレビだって同じ事しているんだから。脚本家がいて、演出家がいて、メイクさんがいて、カメラマンがいて、って。仕事を細分化すれば、それだけプロがいるってことでしょ」

 海外のテレビには、椅子を持ってくるだけの仕事があるらしい。演者が座る時のために待機しているらしい。カメラの太くて長い線を、邪魔にならないように持ち上げて運ぶ人は日本にもいるらしい。だが、テレビの裏側の過酷さを知らない俺達一般庶民からすれば、その仕事本当にいるのか疑問だ。だが、いなければ成り立たないのだろう。

「動画だと起承転結を考えながら、一つのテーマに沿って動画制作しなくちゃいけないけど、雑談配信だったら何も考えずに自分のトーク力だけで何時間も配信できる。それに配信だったらファンの意見をダイレクトに受け取ることができるから、新しい動画のネタの手がかりだって見つかるかもしれない。そう考えたら、ちょっと喋るのは疲れるけど、配信の方が好きかな、私は」

 どれだけ意見が飛んでも、雑談配信だったら許されるからな。

 動画だと、様々な要素があると、一体この動画は何のための動画なのか分からなくなる。動画のタイトルだって考えつかないだろう。

 話がころころ変えられて、それが持続できるだけのトーク力を川畑が持っているからできることなのだろう。実際、配信はせずに動画しか上げない人だってたくさんいるのだから。

「配信で大変なのはBANされちゃう時がある時ぐらいかな」

「BAN?」

「配信が運営側から強制的に終了させられることだな。過激なことを動画内でしていると、BANされるし、悪質な動画を上げ続けているとアカウント停止――つまり、動画を二度と上げられなくなることもある」

「え? 何したんですか?」

「何も!! ただ、YouTubeのAIの誤認で誤BANされることがあるってことだけ。アカウント凍結だって、一発じゃそうそうないから。大体、一回や二回は警告が入って、そこからだから」

 川畑は、そこまで過激なことはしていなはいずだ。

 まあ、していたら校長室に呼ばれて、説教されるだろうからそこまでやっていないだろう。有名人だから、そんなショッキングな出来事が起きたら、即座に学校中に情報が拡散されるだろうし。

「仮に、BANされようが、アカウント停止されようが大体の場合は運営側に申請すれば、アーカイブは残せるし、凍結されたアカウントは復活できるんだけどね」

 俺の好きな動画チャンネルは、何も過激なことをしていなかったと思うのだが、アカウント停止されて二度と復活しなかったことがあった。配信者も納得していなかったが、復活申請しても却下されて、仕方なしに新しいアカウントを作り、今も昔と同じような動画を配信しているのだが、何の問題もなく動画投稿ができている。

 結局、運営側が、黒と言えば、黒になるのだ。配信者はあくまで場所を借りているに過ぎないので、ある程度理不尽なことをされても文句が言えない。文句があるのなら、自分で動画配信サービスを作りあげるしかない。

 だけど、それは無理だろう。

 一度コンテンツとして市場を制覇した物を超えるものを作りあげなければならない。

 そうなると、一流の技術力や、一流の企画力、つまりは、組織の力が必要となる。

 個人の力となると、それはもう無理だ。

「大食いチャンネル以外にも色々。カップルチャンネルだってあるし。それこそ無限にジャンルある中である意味一番ホットなのは、ペットチャンネルかもしれないわね」

「ペットチャンネル? なんで? 確かに、私も猫の動画とかたまに観ますけど」

 俺は観ないけど、女子はそういう動画好きそうだな。

 ペットを飼おうと思っても飼えない人間なんて、星の数ほどいそうだし。

 猫カフェなんてものがあるぐらいだから、動物の動画を観て癒される人は大勢いるだろう。

 それに、猫がメインなら自分が映らなくとも猫メインを映せば顔出ししなくて済む。それに毎日世話をしていれば動画のネタには困りづらい。

 YouTuberは人気商売。

 演者の実力で動画再生数が変わっていく。

 だが、猫の世話にトーク力は必要ない。

 だから色んな人間が挑戦しやすいジャンルの動画になる。

 猫メインのチャンネルじゃないにしろ、猫を飼っておけば別の動画の時にちょいちょい猫を出していれば、それだけでコメントが増える。猫を観るために、動画を観る人だって増えるだろう。人気YouTuberは猫飼っている人が多過ぎて、猫観るの飽きているのは俺だけだろうか。

 でも、まあ、猫を飼っている。

 それだけじゃ出し抜けない。

 人気があり、みんな同じ動画を上げるのだ。

 だから、少し変わったことをしなきゃいけない。

 猫をただ飼うのではインパクトが薄い。

 もっと誰からも応援される動画。

 そう。

 それが、捨て猫を拾ってお世話をしてあげるという動画。

「捨てられているペットを拾うっていう慈善行為をする善良な投稿者が、アカウント停止させられてたからね」

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