第29話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(5)

「ぼっちなのは分かりましたけど……」

 井坂がおずおずといった様子で言う。どこか納得いっていないようだったが、俺の言葉の勢いがあまりに凄かったのだろう。もうどれだけ言葉を尽くしても、俺が納得しないのは分かり切ったことだったので、話を次に進めた。

「なんでYouTuberなんてやってるんですか?」

 初対面にしては割と失礼な言い方をしているけれど、ぼっちなら仕方ないかもしれない。ぼっちに気遣いなんて高尚なことできないのだ。人によっては激怒するかも知れないが、他人のことを見下している傾向にある川畑はあまり気にしていない様子で、普通に答えた。

「そんなの決まってるでしょ。楽しいから」

 あっけらかんとした答えに、質問した井坂は勿論のこと、横にいた俺ですら唖然としてしまった。あまりにも迷いのない答え方だった。

「学校って何がつまんないって、他人からやることを強制されるってこと。そして命令通りに行動しなきゃいけないし、言うことを思考停止で聴く人間だけが評価されるでしょ。自分の意見を現実世界じゃ何も言えないのに、動画だったら言える場所を自分で作れるって最高じゃん」

 極端だけど、まあ、その通りだな。

 髪型は染めてはいけません。

 ミニスカートにしてはいけません。

 といった、破ったところで意味のない学校のルール。

 勉強しなさいと言われて素直に勉強して点数を取る。掃除をしろと言われれば掃除をして、一列に並べと言われれば並べと言われる。まるで奴隷みたいだ。

 それだけならまだいい。

 まあ、親の金で勉強をして、三食食べられて、眠れているのだ。あまり文句も言いづらい。だが、自分の意見を持てないような環境を作っているのに、自分の意見を言えと先生に強要される時は、頭がイカれているとしか思えない。将来の夢を持てと言われたから、例えば動画配信者になりたいです、eスポーツで食っていきたいですとか言ったらすぐに三者面談の手配をされるだろう。

 逆に公務員、例えば先生なんて言えば、学校の先生はにんまりするだろう。自分の出世のために今日も奴隷という名の学生どもを洗脳できたとほくそ笑むのがありありと思い浮かべることができる。

 そんな牢獄のような環境にいるのに、何の不満もなくいろというのが土台無理な話。むしろみんなとお手々繋いで一緒にいるような連中の頭の中を覗いでみたい気がする。どうせスカスカで何もないんだろうけれど。

「自分が楽しいことや、面白いって思うことを他人に押し付けることができる。そしてそれが正しいってことが数字となって現れる。そんな楽しい場所、リアルであると思う? 今ここでみんなに叫んだって届くわけないでしょ? だから私はこの誰もいないはずの場所で叫んだってわけ」

 実際、川畑は好きでぼっちになったわけじゃない。同性と仲良くなろうとして努力したことだってあった。だけど、容姿を変えることなんてできない。ご近所の整形大国のように自由自在に整形できるわけじゃない。だから、嫉妬っていうのは絶対に生まれる。同性の軋轢は決して消えることはないし、特に好きでもない異性の執拗なアプローチから逃れる術などない。

 誰にも理解してもらえないから、ぼっちになるしかなかったのだ。

 それでも誰かに理解してもらいたくて、自分は正しいんだってアピールしたいがためにYouTuberになったのか。

 その辺は俺と違うところなんだよな。

 他人と理解し合えるなんてありえない。

 だが、その行動力には目を見張るものがある。

 世界に自分のことを発信するなんて俺にはできそうにもない。

 そんな厚顔無恥な奴にはなれそうもない。

「そうしたら、そこにコイツがいたってわけ」

「……そっちが勝手に来ただけだけどな」

 一度目は偶然だとしても二度三度着て文句言われる謂れはないんだが。

「せっかく人気YouTuberになったのに、相談できる相手がいないなんて……」

 チラリ、と俺を見て不憫そうに井坂が言う。

 俺が相談相手だと不満そうだな。

 俺みたいに人生経験豊富だと相談に的確に答えられることを、こいつは知らないらしい。

「別に。人気だろうが、子ども達の憧れの職業だろうが、私はただの人よ。それに、ここまで人気出るなんて最初は思ってなかったし」

 声のトーンが下がる。

 話していく内に、井坂が腹を割って話してもいい奴だと判断したのかもしれない。川畑は真面目な顔になっていく。

「昔から考えるのは好きだった。考察して上に上がるためにはどうすればいいか。創意工夫していったけど、ここまで人気出るとは思わなかった。顔見せだってするつもりなかったもの」

 初耳かな。

 川畑とこうして腰を据えて話をしたことってあまりない気がする。話さなくてもいいと思ったし、お互いにベラベラ身の内を話すのは好きじゃないんだろう。俺の中学時代のことだって、川畑は知らない。

 だから、目の合った川畑が普段と違う色をしていることに、息が詰まった。


「ある日、クラスメイトに個人情報を晒されたの」


「え?」

 隣から絶望的な声が上がる。

 俺はなんとなく予想できたので声を発さなかったが、気持ちは同じだと思う。人気が出れば、それに嫉妬して周りがどんな行動に移るかなんて火を見るより明らかだ。

 スパイト行動、というやつらしい。

 自分が損しているから、お前も損をしろ。

 学校の先生や親がよく言うセリフで、みんな辛いんだからお前も我慢しなさい、なんて言葉がある。

 定型文みたいなもんだ。

 未だに納得いかない。

 だけど、この日本ではそれが当たり前だ。

 普通、川畑のようなプチ有名人を陥れた奴が断罪されるべきだろう。

 だけど、そうはならない。

 川畑の個人情報が晒されて、それで終わりだ。

 せめて、漏らした奴の個人情報が晒されて、喧嘩両成敗みたいなところになるはずなのに、それもない。有名人は叩かれて当然で、一般人は守られて当然。それが加害者であったとしても。

 それが歪であることに気が付ける人間はきっと、一度でも被害を受けた人間だけなんだろう。

「最終的には私の声とか家の間取りで住所が判明されて、そこから私の顔とか名前がバレたんだけど、そのきっかけはクラスメイトのツイートだった。私の動画のスクショと、私の学校を示唆するような内容がSNSに遠回しに書き込まれた」

 個人情報の特定なんて簡単にできる。

 特に俺達世代は特にだろう。

 注意意識が薄い。

 俺はやっていないが、顔出しでSNSをやるのがクラスでは流行っているみたいだ。特に陽キャは普通にやっているし、そして彼らはSNSで繋がっている。一人が個人情報の漏洩に気を付けていたとしても、コミュニティの一人が気を付けて居なかったら? そこから芋ずる式で情報を取集できる。

 瞳や鏡の反射で特定されることもあるし、今の時代、家にいながら探偵さながらの調査だってできる。ネットでリアルタイムの地図をマップで視認できるし、それに不動産のホームぺージに行けば、間取りだって確認できる。そこで特徴的な間取りならば特定できるし、ドアノブとかからでも分かるらしい。

 そして世界中に繋がるネットならば、それを無償でやる人間がいくらでも湧いて出てくる。

「少しでも誰かと仲良くなりたいなんて愚かなことを考えていた時期が私にもあった。だから、ちょっとだけ話したの。私、動画投稿しているって。それだけで私のアカウントまで特定して、私を見世物にしたその執念は凄まじいものだったなあ」

 普通の人間って暇だからな。

 将来の金メダリストでもなければ、東大受験生でもない奴は、家に帰ってすることは暇つぶしだ。自分を向上するよりも、他人を貶める方が楽に幸福感を得られるならば、普通の人間は後者を選ぶだろう。

 川畑のことだって責められない。

 自分のやっている事を隠し続けることなんてできない。他の人と違うことをやっていれば、それだけ不安もあるだろう。誰かに話して少しでも心の重しを軽くしたいに決まっている。それでも我慢しなきゃいけないのは、酷というものだ。

「その理由が……自分の好きな男子が、私のことを好きだって言ったからだったみたい。私は他人に色気を振りまく最低女だって言われた。だからやったんだって……。バカみたい……。その子も。そして、その子を信じた私もね」

 モテないからあんまりピンとは来ないけど、もしかしたらモテモテの川畑的にはあるあるなのかも知れない。

「まあ、それで顔バレして、家バレもしたけど、今は引っ越して独り暮らししてる。家に頼んでもないのに宅配ピザ二十件も来たし、ストーカーだって来たけど、引っ越したらほとんどそういうのはなくなったからマシになったけどね」

「ほとんどってことは、まだあるんですね、そういうこと」

 井坂が冷や汗をかいている。

 確かに、川畑がさらっと言ったけれど、割ととんでもないな。あまりにも嫌がらせが続いたから独り暮らししている羽目になっているし、それに今でもストーキングしている奴がいるってことに。

 こういうのって警察は動いてくれないんだよなあ。

 見回りを強化してくれるぐらいしかしてくれない。

 ストーカーが傷害事件を起こすとか、盗難事件を起こすとか刑事事件を起こしてからじゃないと警察が動くことができない。

 だから、足音が聞こえるように、家の前に砂利を敷き詰めるなり、カメラや、人が通ると光るライトを設置したりとか、そういった対策を自費で設置して対策するしかない。それである程度抑止はできるだろうが、有名人に粘着する奴はいつまでもする。それこそ、織の中に入るまで。

「学校がバレてるからね。同じ学校の人は勿論だけど、たまに近くの学校から校門前で待ち伏せされたりするからね。まあその人気のおかげで再生数が稼げて引っ越し費用や生活費が出せてるんだから、有名税ってことで割り切るしかないかな」

「一人暮らしって大変ですね。お金がどうにかなると言っても、家事を一人でしないといけないんですもんね」

「家電は最新のやつを勝ってるから。それに料理は総菜や外食で済ませばいいから。今は巣ごもり需要のおかげで通販や配送業が発達しているから、お金さえあれば何とかやっていけてるけどね。動画の編集だって誰かに頼めばいいから時間短縮になるわけだし」

 井坂がえ? と声を漏らす。

「動画の編集の依頼って……。もしかして川畑さんって事務所に入っているんですか?」

「事務所? 入ってないけど?」

「え? でも?」

「確かに事務所に入ることのメリットって大きいけどね。動画編集だったり、マネージャーによるスケジュール管理だったり、事務所に入ることによって他のYouTuberとのコラボができやすかったり、数えきれないほどね。でも、今のところは入る気はないかな」

 有名どころの配信者は、みんな事務所に入っている人ばかりな気がする。

 仮に最初から入っていないにしても、有名になれば事務所からスカウトされるらしい。だから、みんな入っている人ばかりな気がする。

 有名で事務所に入っていない人は、有名になって事務所の後ろ盾が必要になくなるぐらい人気になった人ばっかりっていう印象がある。事務所がなくても、もう自分達のコミュニティが大きくなりすぎてちょっとした事務所規模になってしまうことだってあるらしいし。

 だけど川畑は数十万人登録者数いるのに事務所に入っていないってのは、本当に珍しいんじゃないだろうか。

「職業としてYouTuber活動をしているなら、事務所に入ってもっと登録者数を増やすことを目標にするかもしれないけど、あくまで私にとって本分は学生。動画投稿は趣味の範疇。お小遣いとして月数十万もらえていると思えば、正直、これ以上お金稼いでも使いきれないぐらい。だったら、事務所に入る意味なんてないのよね」

 意外にドライ、というか現実的な見方をしている。

 まあ、そういう人間じゃないと人気にならないのかも知れない。

「動画の編集は事務所じゃなくて、委託会社に依頼すればいいのよ」

「委託会社って、そんなピンポイントな仕事ってあるんですね」

「まあ、今の時代、どんな仕事でもあるんだろうな。『何もしない人』とかいう職業もあってそれがドラマ化するぐらいだからな」

 新しいものを生み出すなんてこと、並大抵のことではない。

 世界中の天才が集まっても、年十年、何百年かかるか分からないことだ。

 温故知新。

 既存の発想を組み合わせて、新しいものを作りあげるしかない。

 スマホがいい例だ。

 スマホ、ガラケーはかつて電話ぐらいしか使われなかった。そこからカメラの機能、クレジットカード機能、音楽機能と、既存の機能を付けるだけで新しいものとして作り上げられた。

 宅配サービスのアプリだってそうだ。昔はピザ屋ぐらいしか宅配サービスしかなかったが、今はどんなお店だろうと条件が整えば料理を宅配できるようになった。

 今、新しいことをはじめようとするならば、隙間産業でしかない。

 だから、どんな委託会社が生まれてもおかしくはない。

「リモート……メールでも依頼できるし、そういうアプリだってある。スマホ一つで編集依頼できる。それどころか、動画の撮影、編集、投稿だってスマホだけでやろうと思えばできる。まあ、委託会社を使うのは特別な時だけどね。基本的には編集なしのままで動画投稿しているから」

「そう、だよな」

 動画を観た時、テロップはなかったし、編集した繋ぎがない動画だってあった。一発撮りでそのまま動画投稿していた気がする。

 他のYouTuberのテレビ張りの編集技術を観た後だと拍子抜けしてしまうが、比べなければそこまで気にはならない。というか、その素人臭さが川畑のチャンネルの良いところなのかもしれない。

「特別な時って?」

「まあ、一周年記念とか、以前バズった動画関連の続編動画とか気合を入れるべき動画とか? そういう時は編集を頼むかな。まあ、簡単な編集作業なら私だってできるけど、これがまた時間がかかるからね」

 編集作業はやったことないけど、それなりに時間がかかるものなんだろうな。トップYouTuberの一日ルーティン動画を何本か観たことがあるけど、徹夜で編集作業をしている人がいて、眼に隈を作りながら動画を作っているのを観たことがある。その隈を隠すためにメイクまでしているのを観て、ああ、やっぱり中途半端な覚悟でYouTuberにはなれないんだろうなと思った。

「そういった点からすれば動画よりかは配信の方が楽かもね。編集しなくていいし」

「配信って流しっぱなしってことですよね? そっちの方が大変そうですけど? ゲームしながら話したりするんですよね?」

「あー、まあね。単純作業ゲーをする時はそこそこ話せたりするけどね。ご飯食べながら話すこともあるし」

「……ご飯食べながら? 何でですか?」

「え? 何で? 何でだろう……」

 井坂の質問に川畑がちょっとだけ首を傾げる。俺は俺で即座に答えを言えなかった。確かにあんまり考えたことなかったな。飯を食いながら喋る人ってたくさんいるけど、なんであれわざわざ動画にしているんだろう。

 俺は他人の飯を食いながら動画観てもあんまり楽しくないというか、むしろあんまり観たくない部類に入るけど、大勢の投稿者が動画を投稿しているってことは、それなりに需要があるからやっているってことだろう。

 ゲーム配信での雑談なら分かる。

 ゲーム内容について話せば、話のネタに困らないからだ。

 だけど、飯について話を広げるのには限界がある。大食い選手だったら様々な料理について語ったり、完食する為の技術について語ることはできる。だけど、ただの一般人がご飯を食べている姿を映像に映して動画の取れ高が取れるとは到底思えない。

 それについての一つの答えを川畑が口に出す。

「その動画自体がASMRってことじゃないかな?」

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