第28話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(4)

「こっちが、転校生の井坂、こっちがYouTuberの川畑だよ」

 取っ組み合いの喧嘩すら始まりそうな雰囲気だったので、わざと明るめに言ったみたのだが、どうやら逆効果だったらしい。

 川畑に胸倉をつかまれる。

「そういうことを聞きたいんじゃないの! こいつ、何? アンタがここに呼んだの!?」

「待って待てぇ。流れるように首を絞めようとするな」

 掴みかかってきた腕を振り払う。

 言葉よりも手が先に出るタイプだな、こいつは。

「こいつが勝手にここに来たんだ! そもそもちゃんと他に人がいないか確認しなかったお前も悪いだろ!」 

「そんなの知らないけど!? 大体、ここにアンタ以外の人間が来るなんて思わないじゃない!! そもそも……」

「? どうした?」

「そもそも転校生って言った? あなた」

 ビシッ、と指をさしてくる川畑に、井坂がじんわりと苛立ってきているのが見て取れる。

「ええ、そうですけど。ちなみにあなたより年上ですね」

「ああ、そう。だから?」

「…………」

 初対面なのに、いきなり険悪なムードになってきた。こいつら相性悪そうだな。まあ、どっちもぼっちだからまともなコミュニケーション取れるとは思っていなかったけどな。だからこそ、二人が出会わないようにこの俺が気を遣ってやったっていうのに、井坂が余計なことするから。

「何、どうしたの? もしかして、アンタ、まさか――コイツの彼女?」

 一瞬思考が止まったが、すぐに応える。

「それはない」

「そうですね。彼女ではありません。友達です」

「いや、友達でもない」 

「まだ言ってる!? あんなことがあったんですから、もう、私達友達で良くないですか!?」

「俺は井坂と友達じゃないって一生言い続けるからな」

「ひどいっ!!」

 どいつもこいつも。

 男女が二人でいたら恋愛関係だと決めつけるんだから。

 そんなこと言い出したら、井坂よりも川畑と二人でいた時だってあるのに。

 それとも高校生の頭の中はみんなお花畑なのか。

 俺が逆に異常なだけなのかな。

「良かった。この超絶可愛い国宝級美少女の川畑明日菜に彼氏がいないのに、ぼっち先輩である有川博士に彼女なんて居た日には切腹ものだったかもね」

「なんで切腹するんだよ。その過剰な自画自賛っぷりが抱腹絶倒ものだろ」

 国宝級とまでは言わないが、美人であることは確かだけどな。多分、有名人っていうフィルターかかっているせいで、とんでもなく綺麗には見えている。本人には言いたくないけど。これで彼氏いないっていうのもおかしいと言えばおかしい。

 ただまあ、有名人は、特に女性っていうのは、異性と関係を持たない方が人気が持続できるのは確かだからな。もしかしたらそのこともあって川畑は恋人を作らないのではなく、作んないかもしれない。

 有名人が付き合ったり、結婚するだけでグッズがフリマアプリで大量に売られる現実を見るとね。アイドルとか芸能人って大変なのが伝わって来るからな。

「とにかくぼっち先輩の友達だがなんだか知らないけど、私の秘密を知られたからにはそっちの弱みも見せてもらわないとね」

「な、ちょっと何するんですか!?」

「スマホを渡してもらおう」

「ちょ、どこ触ってるんですか!? そんなところにはないですって! た、助けてください! 有川さん」

「……助けられるわけないだろ」

 女子のポケットを手当たり次第にまさぐっている女子を止められるわけがない。俺が肩に手を置いただけで世間から非難轟々。あっちは俺の首を絞めても何のお咎めもないというのに、男女の差というだけで俺は何の手出しもできないのだ。なので、口出しぐらいはしてやろうと思う。

「待て、川畑。安心しろ。こいつは絶対に他人にお前の秘密を言い触らしたりしない」

「はあ? そんなの分かる訳ないじゃん。こいつがアンタの目を盗んで誰かに噂流すかも知れないでしょ!?」

「そいつはぼっちだ。言い触らす友達なんていないから安心しろ」

「ぼっち!? なら安心ね」

「どこにそんな説得力ありました!?」

 ツッコミを入れる川畑に、ボケを挟める井坂。相性は悪いかもしれないけど、この短時間で二人とも意外に打ち解けているな。やっぱり、ぼっちとぼっちは惹かれ合うのかも知れない。立場が真逆の人間とはまず話をする前から仲良くなれないからな。

 俺だって、廊下を歩く時に集団行動しかできない運動部嫌いだからな。絶対あいつらどかないし、ヘラヘラいっつも笑って、たまに肩パンしてきて意地悪するのに人生かけているような連中と仲良くなれるかっていたら、誰も仲良くできないだろう。そのコミュニティに入っていたらでかい態度が取れて、自分が偉いと思い込めるから楽しんだだろうけど、そのコミュニティに入れない人間からしたら、とにかく廊下で一列になっている邪魔なゴミとしか認識できないんだよな。

「ぼっちだからこそ、ぼっちのことを知っているもの。悪かったわね、疑ったりして」

「馬鹿にしているようにしか聞こえませんけど。上級生に謝る態度を今日ここで憶えてもらって帰って下さいね」

 はあ、と井坂は疲れたようにため息をつく。

「そもそもぼっちって……。どこがぼっちなんですか。YouTuberなんて今や子どもがなりたい職業ランキング上位ですし、実際凄い人気で沢山の人に囲まれていたじゃないですか」

 川畑が分かりやすく頭を抱える。

「……男はね。男は勝手に寄って来るのよ。男達は頼んでもないのに私という光に寄って来るのよ」

「……何ですか。その男の人を蛾扱いしている言い方は……。そんなのぼっちって言うんですか?」

 やれやれ。

 どうやら井坂はぼっちが何たるかを理解できていないようだった。

 ぼっちの義務教育課程を終えていないと、これだけ無知になれるものなのか。

「ぼっち有識者からすれば、ぼっちには三種類いると言われている」

「ぼっち有識者って何ですか……。人生で初めて聞いた単語なんですけど」

 とりあえず、ぼっち有識者じゃない奴の言葉は無視することにする。

「一つ目。スタンダードぼっち。その名の通り、ただのぼっちだ。コミュニケーション能力が欠如している人間に多く、自分一人でいることに幸福感を得てしまっている。自分の時間を削られるのを何よりも嫌っていて、自分の時間を削られる『遅刻』という行為を異常なほど嫌悪する存在。そして、ぼっちの中でも最たるぼっちであり、中途半端なぼっちではない。同調圧力に屈しない気高き精神を持つ誇り高き戦士はこれに分類される」

「自画自賛に聞こえますね」

「二つ目。高嶺の花ぼっち。コミュニケーション能力が高すぎて特定の友達が作れないタイプ。頭の回転が早く、敵を作らない性格をしているが、逆に強烈な見方を作ることも出きないぼっちのバランス型。サイコパスに多く見られるタイプで、リーダーシップを取ることができ、人望は厚いが、闇を抱えている人間が多い。だが、基本的にその闇を表面化させることが少ないため、人間観察をしないぼっちではないその他大勢の一般人には悩みがないパーフェクトヒューマンに見られがちだ」

「中二病患者みたいな単語がズラズラ出てきますね」

「三つ目。同性ぼっち。異性に強烈に好かれる人間で、女性に多く見られる傾向がある。猫被っていて、女と男の前だと声のトーンが違う奴。ほとんど顔が整っており、顔の整っていない女性にいじめられてぼっちになることが多い。女子全員の敵になっており、男子と話すしかないが、それを見られるとさらにいじめられる。顔が悪い女性が猫被っていることもあるが、その場合は異性に相手にされないのでそういう人間は同性ぼっちにはならない。ちなみに男子での同性ぼっちはサッカー部とバスケ部に多い傾向にある」

「今、完全に世界のほとんどの女性を敵に回しましたね。時代を考えてください」

 全てのツッコミを聞かなかったことにして結論を出す。

「その三つ目の同性ぼっち。そこに川畑は分類される、正真正銘ただのぼっちだ」

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