第27話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(3)
川畑明日菜。
初めの印象は入学式だったか。明らかに体育館でざわついていた。今の時代、テレビよりもYouTubeの時代。まるでアイドルのような扱いで、みんな近づきがたいながらも、好奇の目で彼女を見ていた。
大変そうだな、と他人事のように見ていた。
彼女が俺の人生に関わってくるまでは。
ある日、ある昼休み。
家庭科室で俺は寝ていた。
徹夜で小説を読んで眠かったからだった。
漫画やゲームと違って一冊で完結する小説は読み終えるのが早い。だから面白過ぎる小説に出会った時、手が止まらなくなる。没頭し過ぎて気が付いたら朝になってしまっていた。だから、家庭科室の椅子を何個かくっつけて、ベッド代わりにして眠っていた。ごつごつしていて身体が痛くなるが、寝不足だからといって保健室のベッドを代わりに使う訳にもいかない。だから誰も来ない家庭科室で眠ればいいと思った。それが間違いだった。
「うるせええええええええ!」
ボイトレでもしてそうな大声に意識が覚醒した。恐る恐る物陰から顔を出すと、そこには怒り狂った川畑がいた。あまりにもイメージとかけ離れた姿に俺は呆気に取られてしまった。
「どいつもこいつも何が『男子に媚び売っている』よ! 何が『お金のために女を利用している』よ! じゃあ、アンタ達はどうなの!? 男子の前と女子の前じゃ声のトーン違うし、化粧のノリだって違うでしょ!! どうせ大人になったら月収で男を決めるんでしょ!! アンタらと私と何が違うって言うのよ!! そんなのただの嫉妬でしょ!!」
柱に何度も蹴りを入れて何度も叫ぶ。
どうやら俺の身体は、角度的に机に隠れて視界に入らなかったらしい。自分一人だと思って鬱憤をバイオレンスなやり方で晴らしているようだ。家で発散するのを我慢できないほどに苛々しているらしい。
「いっ――」
一際強い蹴りをしようとするが、空振って頭を壁に打ち付けた。そこらにある椅子も手で倒すぐらい、派手なコケ方をしてしまった。見ているこっちが痛くなりそうだった。
「痛い……」
瞳に涙を溜めこむ。
「楽にお金稼ぎなんてしてない……。ちゃんと学校通って、成績だって他の人より断然いい。みんなが遊んでいる時に、動画撮ってるのに……。好きでもない男子に群がられて嫌なのは私なのに……。私だって……」
ポツン、と涙が雨のように一滴だけ床に落ちる。
「みんなと同じどこにでもいるただの高校生なのに」
息を吞みながら彼女を見ていると、
「あ」
「え?」
視線が交錯する。
まずい、見つかってしまった。
「イヤアアアアアッ!!」
「あー、ごめん。何も見なかったことにするから。じゃっ」
翻って全部なかったことにしたが、
「待って」
背後から首に腕を回してきた。
そのまま締め技を使ってくる。
「――ぐっ。こ、殺す気か」
「さっきの私を忘れてくれなきゃね」
洒落になっていないぐらいの強めの絞め。
がら空きの腹に肘鉄を喰らわせてやりたいが、相手は女。流石に気が引けるので、暴力は使いたくない。だからと言ってチョークスリーパーをかけられているので、言葉で静止させることも困難だ。
だったら、あっちから手を離すように仕向けるしかない。
腕を上げているせいで、丁度空いている脇を擽ってやる。
「あひゃひゃひゃ」
綺麗な顔をしている女とは思えない笑い声を上げた川畑が表情を繕うと、キッと睨み付けてくる。
「ちょっと何すんのよ! 変態!」
「首絞めてきた奴が何言ってんだ!!」
とりあえず、この考えなしの奴の気を静めないと、俺の命が危ない。
他人と、しかも初対面の人間と話すなんて気分が悪いし、時間の無駄だ。なるべく気を静められる言い方をしてやらないと。
「大体、そんなに気にすることないだろ。愚痴の一つや二つ、人間なら出るもんだからな」
「はあ? そういう訳にはいかないでしょ!? 私は銀の盾貰うぐらいのYouTuberなのよ! イメージが壊れたらどうするのよ!?」
「……お前のことなんて、そんなに気にしてないよ、みんな」
「はあ!?」
やばい。
つい本音が。
やっぱり、他人と話すと苛々してくる。
だけど、一度出した言葉を引っ込めることなんてできない。
このまま本音をぶつけてやる。
「エンタメなんて全部消費物。どれだけ人気のある奴だってすぐに飽きられる。とっかえひっかえだろ? 例えスキャンダルがあろうがなかろうが、いつかは誰かに忘れられる。だから、気にすんな」
「気にするわよ! あんたに何が分かるのよ!?」
「……少なくともお前が無理しているのは分かったけどな。さっきの大きな独り言で」
「――っ!」
俺は他人のことは嫌いだし、全てをシャットダウンしたいと思っている。
そしてそれは、こいつも一緒らしい。
そこには共感を覚える。
「気丈にふるまうのは悪くない。それどころかあんたの強さだ。俺なんかじゃ想像もできないほどの重圧なんだろうな」
人気YouTuberが、活動休止やら引退やらするのを山ほど見てきた。正直、ちょっと話すだけでお金が稼げるなんて楽だって、俺だって思う時がある。だけど、その一方で体調を崩したり、精神的に苦痛を訴えたりする人間がこれだけ多いってことは、どキツイことぐらいちょっと考えれば分かる。本当に楽だったら国民全員やるだろうしな。
人によっては、一つの動画が何万人に観られているっていうってだけで重圧なのかもしれない。俺だって体育館の数百人の前で発言すること考えたら、それだけで吐きそうになるし、話の長い校長先生だって尊敬することができる。
そんな俺の想像もできないほどのたくさんの辛い思いをしてれば、普通の人間より気性が荒くなるのは仕方ない。二面性が出てきてしまうのも納得だ。……俺の首を絞めたのは一生忘れないけどな。
「愚痴の一つや二つあれば、ここで言えばいい。昼休み、ここに寄り付く奴なんていないからな」
いたとしても、俺がいることを知ってみんな無言で扉閉めていくし。
何も知らない奴はすぐにどっか行くから安心だ。
「本当に? それじゃあ、またここに来るね」
「ん?」
喜色満面の川畑に悪寒がその時走った。
そしてそれは正解だった。
それからたまに、ストレスが溜まった時だけ川畑は家庭科室に来るようになった。友達でも家族でもなく、俺が一番言いやすいようだ。ただストレス解消をするためだけに来るので、俺もそこまで相手にしなかった。はいはい、と聞くだけで川畑だって気が済むのだから。
だが、最近になってそれにも問題点が出てきた。
もう一人ここには常連が居着いてしまったのだ。
「……何でここにいるんだ――井坂」
机の陰に隠れるように体育座りしている井坂を見つけてしまった。
あれだけ今日はここに来るなと念押しをしていたのに来やがった。
そうだよなあ。
こいつが俺の言うことをまともに聴いたことなんてほとんどないよなあ。
「あはは。バレちゃいました? だって、あまりにも様子が変だったから心配になったんですよ」
「あのなあ、こんな所にいたら酷く後悔することにな――」
バーン、と扉が開かれる音。
そしてバーン、と扉が締められる音。
相も変わらず、扉を壊しそうな勢いで入室してきた。
「あああああああああ。うぜえええええええええええええ。あいつらあああああああ!」
川畑が両手を前にして、高い声で聴いてくる。
「聴いてよ! 聴いて! 私って何も悪くないよね!?」
まだ何も聴いてないんだけど。
すっごく可愛く言ってくるけど、さっきの大声で台無しだ。入室してからいきなり大声出したもんだから、下手したら外に漏れてるぞ、距離的に。少しは自分の声の大きさを自覚した方がいい。
川畑がズンズン俺の方にやって来ると、顔面蒼白で体育座りをしていた井坂を見つけてしまう。
「え?」
「ん?」
両の眼に困惑が浮かんでいる二人。
首がこちらを向く。
どうやら二人とも俺に説明を求めているようだ。
ああ、どこから話したもんか。
面倒くさいな。
「――最悪だ」
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