第26話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(2)
昼飯を食べ終えると、適当に俺達は時間を潰した。
教室にはより居づらくなったため、俺達は昼休み家庭科室二人きりでいる時間が格段に増えた。だからといって仲が良くなった訳じゃない。むしろ距離ができたかもしれない。
俺達は別に談笑している訳じゃない。二人とも同じ空間にいるのに、同じことをしていない。お互いにスマホをいじりながら、別のアプリやらネットサーフィンしている。ひたすら黙りこくってそっぽを向いている。
俺的には無理やり話を作ってその場の空気を作るっていうのが大嫌いだから、歓迎しているけど。あの、とりあえず話をするために、頭をフル回転させて話題を作ろうとするのが苦痛過ぎるんだよな。
学校ならまだいい。学校なら次の授業の話やら、さっきの授業の話やら話題で溢れている。共感しやすいし、話は盛り上がりやすい。ただ、外に出ると違う。外で何かして遊ぶ時、特に外食なんか止まっている時は話題が尽きてしまう。それなのに話を続けようとするのが嫌で嫌でたまらない。
だけど、井坂は無理やり話そうとはしない。お喋りではあるけど、黙る時は黙ってくれるのはありがたい。まあたまにウザいぐらい強引な時もあるが、普段は俺と合わせてくれる。その辺は一緒にいても過ごしやすい。
だから、二人で廊下を歩いて二人で教室に戻ろうとするのにも抵抗感がなくなっていた。
「ぅわ」
井坂が小さい声で呻くと、俺の陰に隠れるようにして背中に回った。
まさかボス猿かと思ったが違った。
「川畑さん荷物持とうか?」
「えっ、いいよ。このぐらいへっちゃらだから」
現役女子高生YouTuberの川畑明日菜だった。プリントの山を抱えていて、一人で運ぶのには苦労しそうだった。周りには恐らく同級生であろう男子達がわらわらと湧いていた。
「うわー」
さっきの井坂とは違う意味で呻った。何というか、分かりやすいぐらいの下心丸見えという奴だ。とにかく有名人の傍にいたいという男たちの心が丸見えで、嫌らしく思えてしまう。逆ハーレムというやつで、きっと川畑も内心では疎ましく思っているのだろうけど、そんなのはおくびにも出さない。流石。伊達に配信者をやっている訳じゃない。演技力はそこらの高校生の比じゃない。
「だけどさ、重いでしょ?」
「そうそう。川畑さんみたいな有名人に何かあったらどうするの?」
「い、いいから」
当惑する川畑のことよりも、自分たちが気に入られることに熱意を持っている男連中。そいつらとの温度差がとんでもない女子連中が、廊下の端の方で口汚く罵っている。
「うっざ」
「私たちに見せつけてるよねー」
「ほんとぶりっ子だよね。男子ってほんと馬鹿だよね。あんなのに騙されるなんて」
自分達が男子に相手にされなくて、嫉妬しているらしい。まあ、世界に自分の姿を発信するだけあって、川畑は綺麗だ。テレビに出てくる芸能人とかモデルと遜色ないように思える。そんな奴が出てきたら、平凡顔の女子達ができることなんてひたすら粗探しをして自分の自尊心を保つことぐらい。
そして、なるべく本人に悪口を聴かせること。
コソコソの音量じゃないもんな。
アホだよなあ。
聞こえるように言ったら、男子達に聴かれるし、そんなことをしても自分たちの評価は上がらない。むしろ、下がる一方だ。自分たちはモテない。男子に愛想尽かされるに決まっているのに、辞められないみたいだな。どんどんお前ら女子が罵れば罵る分だけ、川畑の株は上がっていく。哀れな連中だよな、あいつらは。
「そもそも見せつけてるんじゃなくて、自分達から見つめてるんだよなあ」
「え? どうしたんですか?」
「なんでもない」
独り言のつもりだったけど、井坂に聞こえてしまったようだ。うーむ。やっぱり独り言をいう癖ってのもなおらないもんだな。どうしようもなく糞みたいなギャラリーに辟易してしまって口に出してしまった。ああいう連中は、自分からストレスを抱えに行くからな。本当にイライラするなら見ない方がいいのに、自発的に見てストレス溜めて口悪くするんだから質が悪い。自分達がストレス抱えむだけなら自己責任なんだけど、そのストレス発散のために悪口を言って周りにもストレスを抱えませるから、どうしようもなく屑なんだよな、こういう連中っていう奴らは。
俺らのクラスだけ特別かと思ったけど、なんてことない。こいつら後輩も屑ばっかりか。つか、人間全員屑ばっかりか。うんうん。やっぱり、ぼっちに限るよ。クズと接することなく生きることができるんだから。
「早く行きません?」
あー、そっか。こいつがいたか。
井坂のこと一瞬忘れてたわ。
ま、まあ、ふたりぼっちだから。
ぼっちはぼっちだからな。
つか、川畑のことが気になって足を止めてしまっていたらしい。さっさと退散するか。気まずそうな井坂と同様、なんだかギスギスしているようなこの空間にこれ以上いてもいいことなんてないんだからな。
「っ――――――」
一瞬、川畑と眼が合った。さっきまで穏やかだったのに、直ぐに凄い形相に変貌する。あまりの変化に取り巻きの男子連中が慌てて声をかける。
「どうしたの? 体調でも悪くなったの?」
「目が……」
「ああ……なんでもないから」
取り巻き連中の声に我に返ったようだった。俺のことを一瞥すると、すぐさまいつもの調子で歩き出した。男連中も女子連中も俺のことを不審に思いながらも、どこかへ消える。まあ、そうだろうな。どこぞの有名YouTuber様ならまだしも、こんな名も知られていない一般人のことなんて知らないし、興味も持てないだろう。学年だって違う奴のことなんかどうだっていい。気にも留めない。川畑と一瞬目が合ってところで偶発的なことだったと締めくくるだろう。そう。ただ一人を除いては。
「今の、何ですか?」
何故か罪悪感みたいなものが沸き上がったけど、気のせいだろう。なんで俺がこんな思いしなくちゃいけないんだ。
「え? 何が?」
おどけてみるものの、全く聞いていないし、返す言葉もないみたいだけど、どうすっかなー。これ。…………いや、いいや、なんか井坂ごときに気を遣うのも面倒。
「とりあえず、さ。明日の昼休みは別行動しないか」
「……なんでですか?」
「たまにはぼっちで飯食いたいんだよ」
「なるほどー」
何か考え込んでいるようで、微妙に返事が上の空だ。
こういう時のこいつ、やばい気がする。
「だから、絶対に明日の昼休みは家庭科室に来るなよ」
「はいっ!」
いい返事だ。
これなら大丈夫かな。
ふん。
不本意だが、この前のいざこざで俺はこいつのことを知った。だから、ある程度の腹の底は見えているつもりだ。
だから、大丈夫だ。
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