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第25話 現役女子高生YouTuber川畑明日菜には友達がいない(1)
ボス猿からの支配から逃れ、ふたりぼっちはレジスタンスとなった。数の多さを生かした人海戦術を駆使して、再び精神攻撃をしてくると思いきや、俺たち二人が並んでいる姿を見たボス猿は何故か戦意喪失。
「もういい、こいつらは無視しましょう」
そうポツリと言い残して、背を向けた。右を向けば倣って右を向くお国柄でもある連中はそれに従い、俺達は計らずとも平穏なボッチ生活を手に入れることができたといえるだろう。
「……それ、何ですか?」
「? カレーだけど」
ひっそりとした家庭科室では、転校生の井坂がツッコミも声が良く通る。なんだかんだ流れで二人になってしまっているのにも、もう慣れてしまった。なるべく一人でいたいのには変わらないけど、井坂が勝手に付いてくるからな。
「なんで、カレーなんですか? 学校で?」
「美味いからいいだろ。給食だって普通にカレー出てたし」
「給食のカレーもレトルトでは出ていませんでしたけどね」
電子レンジが使えるっていう環境を、最大限まで生かさないと損なんだけどな。味噌汁とかカレーを保温したまま持ってこれる弁当箱というか、水筒みたいなやつもあるけれど、中々のお値段するからな。こうしてレトルトで楽しむしかない。最近のカレーレトルトは、箱ごと温められるものも増えてきて、相当楽になったもんだ。ぐるぐる回るレトルトを見ていると、窓の外からワッと、歓声にも似た五月蠅い声が上がった。
俺と井坂が覗き込むと、特に何のイベントもないのに人だかりができていた。
そして、その中央にはあいつがいた。
「ふーん」
「何かあったんですか? あの囲みは」
そこまで都会じゃない学校であれだけ騒がしくなるって、野良猫が迷い込んだ時ぐらいなもんだろうけど、この学校にはそれだけの騒ぎを起こす奴がいるってことだ。
「割といつもの光景だよ。三月か四月ぐらいはあの十倍の囲みはあったからな」
よくもまあ飽きもせず一人の人間に対して、あれだけの人数の囲みが発生するもんだな。女子連中が囲んでいるのもあるが、遠巻きに男連中だっている。無遠慮にスマホをかざして写真を撮ろうとしている奴らもいる。まあ、あんな適当な撮り方をしていても、コレクションになるし、それにお金にもなるだろうな。あの女の写真は。
「芸能人の方とかですか?」
「違う違う。YouTuberってやつ」
「ゆ、ゆーちゅーばーって。す、凄いですね……」
「まあ、小学生YouTuberがいるぐらいだからな。高校生YouTuberぐらいいるだろ」
「そうじゃなくて! 同じ学校にいるのが凄いんじゃないですか!! なんていう人ですか?」
スマホで検索し始めた。
名前も知らないでどうやって検索するんだ。学校名とかでもすぐに出るもんか? あいつも、どこの学校に通っているのか内緒にしている訳じゃないから出るかもな。
「川畑明日菜。チャンネル名は『現役女子高生アスナちゃんねる』とか、だった気がするかな。動画タイトルに全部最初に現役女子高生ってついているから分かりやすいはずだけど」
最初の動画とかには、タイトルに現役女子高生とは乗っていない。途中から出始めて、それから動画の再生回数が極端に跳ね上がっている。まあ、味を占めたってことだろうな。それに喰いつく視聴者も視聴者だけど、高校生になったばかりの奴にしては知恵が回るらしい。
「へええ。凄いですねー、って、登録者数100万人超えているし、動画再生数も万を超えてますけど!?」
スマホをタップしながら、新しくインプットした情報に喜々としている。まあ身近な人間が有名だと分かったらはしゃぐ気持ちも分からないでもない。先輩方野球部が甲子園に行った時に、俺は全く関係ないのに同じ学校というだけで俺としてことが少し浮足立った経験がある。何故か誇らしいとさえ思ってしまった自分がいた。それと同じ感覚なんだろうな。
「年収数百万って言われているよな。案件動画とかも出しているし。チャンネル二つ持っているし。サブチャンネルもそこそこの登録者数持ってるからな」
昔と違ってそこまで登録者数がいなくたって案件は回されるようにはなったが、それでも特別であることには変わりない。
「……詳しいですね。もしかしてファンですか?」
「ファンっていうか、同じ学校の奴なら知ってて当然じゃないのか。昔でいう、そこまでファンじゃないけどなんか情報知っているってテレビの芸能人みたいな感じか。今、テレビも観なくなったからなあ。うちは、夕食時にテレビでYouTube観てるから、テレビの代わりにYouTube観ているって感じ」
「え? テレビでYouTube観れるんですか!?」
「普通に観れるし。なんならHDMIケーブル繋げばパソコンでアクセスしたYouTubeの動画写せるし。まあ、やり方は色々あるだろ」
今やテレビのリモコンにYouTubeってボタンがあるぐらい一般的なものになってきたからな。
「そんなに有名な方ならちょっとお話したい気持ちも分かります」
「ミーハーか。俺は遠慮したいけどな」
「そっちこそ逆張りしたいだけじゃないんですか? 上から見ているだけですけど、凄い気さくでいい人そうですけど」
「お前は相変わらず何も知らないな」
「…………?」
チン、という電子レンジの音が鳴ったせいで、会話が途切れる。そしてなんとなくこの話は有耶無耶になった。俺は無言になってカレーを頬張る。スパイシーな匂いが家庭科室に充満した。
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