第22話 転校生の井坂幸は何も知らない(22)

 中学時代。

 ボス猿こと村上はぼっちだった。明らかに浮いていた。

 どうしてそうなっていたかということ、自然とそうなっていたといいっていい。面白くなかった。話を振っても、しっかりと答えることができなかった。返すのに時間がかかっていた。内気で自分の意見をしっかり言えなかった。何を言われても反論することができなかった。言うことを聴いてしまっていた。

 そういう人間というのは、自然とぼっちになるものだ。

 俺ももちろんぼっちだったが、少し違う理由で嫌な奴認定されていた。

 自分の意見をしっかり言い過ぎて、空気が読めない人間扱いされていた。協調性がない人間は淘汰されるものだからな。とにかく正反対の理由で二人はぼっちだったのだ。

 だが、そうなってくると親近感が湧くものだ。当時の俺は、今よりかは普通だった。普通にぼっちであることに傷ついていたし、もしかしたら他の人とチャンスさえあれば仲良くなれると信じていた。まだ人間関係というものに希望を持っていた。だから、村上に自分から話しかけていた。

「次、移動教室だけど」

「え? でも」

「黒板見てみろよ。今日は実験だってさ」

「ああ……」

 普段は教室で理科の授業をやるのだが、今回は理科室で実験するらしいから移動しなければならない。という旨のメッセージは黒板にしっかり今日の日直が書いている。

「っていうか、さっき日直が口頭でも移動教室だって言っていたろ」

「ああ、聴いてなかった。本読んでたから」

 パチパチと目を瞬かせる。

 反応も、返答も鈍すぎる。

 というか、

「それって……」

「うん。この前の授業で習った話だね」

 わざわざ同じ話を読み直したのか。

「なんでまた読んでるんだよ?」

「だって、教科書に載っている文章って一部分だけだから。面白いと思ったら、全部読みたいって思わない?」

「……そんなもんか」

 そんなこと考えもしなかった。

 教科書は教科書。

 本は本。

 それで区切ってたからな。区切らずに、自分の趣味にできる発想はすごいと思ったけれど。

「それにしたって変わってるな。よりにもよってそれを読むなんて」

「どういう意味?」

「だって、それ、女の子が死ぬ話だろ?」

 その作品は、きっとタイトルを出せば誰もが知っている名作だった。男の子が病に侵された女の子を成り行きで見舞いに行くうち、次第に恋心が互いに芽生えるというお話。どんどん女の子の症状が重くなっていき、一人で死んでいくという恐怖に耐えきれなくなって一緒に心中してくれないかと懇願するのだ。もちろん、重たい話は教科書で相当にカットされている。それでも、死を感じさせる作品が教科書の題材に選ばれたなんて驚きだ。

「そのラスト知っているってことは、もしかしてあなたも読んだの?」

「読んだけど……。悪い。ネタバレしたか?」

「ううん。私もちょうどそこまで読み終えたところ。あと、数ページだけ。だからこそ、続きが気になってたところ」

「ああ。邪魔して悪かったな。じゃあ、俺もう行くわ」

「待って。ネタバレはダメだけど。どうだった? 感想は? それと、やっぱり、私と一緒で教科書から小説入るタイプ?」

「面白かったよ。俺はたまたま先に小説読んでただけ。授業でやり始めたからビックリしたな。というか、教科書から小説入るタイプって何? 初めて聴いたけど」

「ほら。ドラマや映画から原作小説気になって読み始めることってあるでしょ? それと同じで私は授業で習ったものから入るタイプ。最初から小説読むのって私にとっては難しいんだ。どうしても頭に入らない。だから最初に何かワンクッション欲しい。そうしたらサクサク読めるから。特に、学校だと細かく先生が分かりづらいところを解説してくれるから、難しい文学作品でも読めるでしょ?」

「…………」

「ああ、ごめんなさい。私、余計なこと喋っちゃたよね。いつも、いつもそうなんだ。考えていることをまとめるのが苦手で、いつも、周りの子に何がいいたのか分からないって言われるんだ。ごめん。自分の考えって言っちゃだめなんだよね。少しでも自分の心の内をさらけ出したら仲間外れにされちゃう。大事なのは個人じゃなくて、グループなんだね。周りのみんなの子に話を合わせないとぼっちになっちゃうんだよね? 私もみんなみたいに、ありふれたことしか言わないと……」

「いや、黙ったのはそういうことじゃなくてだな。塾と一緒だなと思って」

「え? 塾?」

 俺はうーんと、唸りながら腕組みした。

「塾って何のために行くんだろって思うんだよ。だって勉強は学校でするわけだろ? だったらどうしてみんな塾に行くんだろって」

「……塾の人の教え方がうまいとか?」

「それだったら学校の先生が教え方が下手ってことになると思うけど、そうじゃなくて、塾って予習するためにあるんだと思うんだ」

「……予習?」

「そう。授業で習うところを先に勉強することで、より頭に身に着く。だから、塾とさっき、アンタが言ってたことって一緒だと思うんだ」

「……わ」

「わ?」

「分かりづらい」

 それから申し訳なさそうに笑い出した。腰をねじりながら、笑うところを見られないように。気を遣ってるみたいだが、馬鹿にされたようで腹が立った。

「……なんだよ?」

「ごめんなさい。まじめな顔で変なこと言うから安心しちゃって」

「何を安心するんだよ」

「私より変な人がいるって安心しただけ」

「失礼だろ!!」

 俺に慣れてきたらズケズケ言い出してきた。

 これだからぼっちは。

「それとアンタは嫌だな。できれば、名前で呼んで欲しい」

「村上……さん……?」

「うん。いい。名前で呼んでもらった方が仲良くなれそう。あだ名とかあったらそれでもいいけど。ううん。そっちの方が嬉しいかも」

「あだ名? なんで?」

「だって、クラスで愛されている人ってみんなあだ名で呼ばれてない? なんだかあだ名がある方が親し気で憧れあるんだ」

「まあ、確かにクラスの中心人物はみんなあだ名あるかもな……。分かった。何かあだ名を考え付いたら、それでアンタを呼ぶよ」

「ちょ!! またアンタって呼んだ!!」

 名前ね。

 他人の名前なんてぼっちだと言わないから、言いなれないといけない。それって俺にとってはすごく難しいことだ。

「悪い、悪い。村上……だったな」

 お互い、友達になりましょう、なんて言わなかった。

 だけど、友達になれたような気がした。

 実際。これをきっかけに、急速に仲良くなり始めた。交友関係が広い人間ならば、きっと仲良くなるのに時間がかかるだろう。チビチビと、バランスよく好感度を上げているようなものだから。だけど、一対一としか毎日ずっと話さなかっただろうなるだろう。他の人の何倍、何十倍も仲良くなるスピードは速い。それが楽しくて、その時子どもだった俺はずっと仲良くなれるものだと思っていた。

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