第21話 転校生の井坂幸は何も知らない(21)
翌日の放課後。
あまりにも平和な一日が過ぎていた。昨日のことが何もなかったかのように。いや、そうであるようにみんながわざと振舞っているような気がした。刺激がなくとも、代り映えのない日常こそが尊いとみんな知っているのだろう。だけど、そんな平穏を混沌の渦に巻き込めるのは、クラスの指針を握っているボス猿の特権なのだろう。
「ねえ、井坂さん。私達、友達にならない?」
「え?」
転校生にボス猿が話しかける。先生が退出し、クラスの人間達がはけそうになって、いきなりそんな心にもない提案をし始めた。そうなると、やはりクラスの中心であるボス猿の一挙手一投足を見て空気を読まなきゃいけない有象無象は耳を傾ける。足を止めて、視線がチラリといってしまう。話しながらも、やはり気になるようで、誰も廊下へと行かなかった。
クラスの中に同じ部活連中がいるのか、他のクラスから迎えに来たであろう生徒も、異様な雰囲気を感じ取って、よう、と中途半端に上げた手を降ろすことさえできずに、外で固まっている。
「嫌かな? もしかして、昨日のことまだ怒っている?」
「いえ、そんなことは」
転校生は戸惑っているようでしどろもどろ。どう対応していいのか分からないようだった。まあ、外から見ている連中でさえ狼狽えているのだ。本人は余計に分からないだろうな。
「あはは。怒ってるよね、やっぱり。ごめんねー。なんだか私って他人をからかいすぎちゃうところあるかもしれないんだけどー。でも、悪気はないんだー」
「こちらこそ、言い過ぎました。すいません」
「許してくれるんだー。ありがとうー。じゃあ、私達もう友達ってことでいいよね?」
「は、はい……」
「よかったよかった。じゃあさ――」
ボス猿は邪悪な笑みを浮かべると、
「あいつとは友達じゃないよね?」
俺のことを指差してきた。
「――――え?」
「だってさー。迷惑しているんじゃない? あいつってさー、しつこいところあるよね? 自分勝手で自己中心的。いつも上から目線の話し方をして、こっちの話なんてまともに聞かない。付きまとわれて迷惑してたんじゃない? 違う? そうだよね? ね?」
「そ、それは……」
クラスの連中に聴かせるように大声を張る。
と思いきや、転校生と距離を詰めると、ボス猿は声を潜める。
「……私達友達なんだよね? だ……分か……ね? 友達じゃ……な……あいつと同じ目に……ようか? クラスメイト全員に無視され……どんな気……だろうね?」
小声で何か囁いている。転校生の顔色を見ると、いいことを言っているわけでないことだけは確かだ。なるほどね。俺自身が折れないと分かったから、折れやすい奴から折るってわけか。転校生を自陣に招き入れることができれば、俺が折れると思ったのか。
元々ぼっちだけど、一度触れ合いを憶えれば、ぼっち耐性が薄れている。再びぼっちさえすれば、俺がボス猿の傘下に入る。そうすればクラスを牛耳る身として、俺みたいな矮小な存在をの反抗を許してしまっていた自分のプライドが取り戻せると、そういう算段なのかな? はいはい。分かる分かる。手に取るようにわかる。アホの考えていることなんてな。だから、
「そんな奴と友達なわけないだろ!!」
俺も負けじと声を張ろう。
どんなことをされても、ぼっちであり続けるために。
「付きまとってる? 付きまとわれているの間違いだろ!! 強引に距離詰めてきたと思ったら、愚図で!! やりたいこともできなくて!! 転校のし過ぎで友達できない奴と、誰が友達になんかなるんだよ!!」
思えば、ここまで強引に近づいてきた奴は初めてだったな。どいつもこいつも気遣って、俺から離れてくれたっていうのに。何も知らない転校生だからこそ、無茶苦茶に距離を詰めてきた。ほんと、鬱陶しくて仕方がなかったよ。
「ま、待って――」
「もう二度と話しかけるな」
ドアノブに手をかける。
「じゃあな。これで清々するよ」
そう言って、勢いよく閉める。
逃げ出すようにして、速足でその場を去る。
ボス猿にとって、これが本当の最後通告なのだろう。私に従えば、一人にならなくてすむという脅しだったんだろう。少しの間頭を下げれば、きっと輪に入れてくれる。全部、全部なかったことにしてくれる。
ああ、だけど。
それでも俺は独りぼっちになることを選ぼう。世間では友達がいないことが悪だったとしてもだ。周りがどれだけクズの集まりだったとしても、友達一人も作れない人間の方が悪いのだ。精神異常者で、社会不適合者予備軍なのだ。いくらテレビなので今の時代は多様性だなんだ、独りぼっちでも普通ですよと慰められたところで、実際問題、こうして突き放されてしまうと叫びたい気持ちになる。こうなることを望んでいたし、俺は似たようなことをやろうとしていた。覚悟だってしていた。……それなのに、胸が苦しい。
それでも俺はぼっちになる。
時間が巻き戻せるとしても、何度だってぼっちになる。
だって、実際俺はまたぼっちになることを選んだのだから。
だからこれは、俺にとって正しいことなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます