第20話 転校生の井坂幸は何も知らない(20)
「よし。誰もいないな」
最後まで保健室でサボったものの、教科書やらカバンやらもろもろは教室に置いてきぼりにしたまま。家に帰るなら持って帰らなくてはいけない。ただ、あんな騒動を起こした日に、クラスメイトと顔を合わせづらい。絶対、ざわざわする。うわー、とかドン引きされながらも、ジロジロ見られそうな気がする。
だから図書館で時間を潰して、教室に誰もいなくなった時間を見計らったのだ。ほんと用事もないのに、放課後ペチャクチャ喋りだす連中ばかりだからな。暇人なのか。もっとやりたいこととかないんだろうか。本を読むだけでも知識や見識が広がるっていうのに、無駄な時間を浪費しているばかりで何の意味もないしょうもない会話ばかりして、狭い教室で道を阻むように喋るからなー。特に扉付近で話す奴らがうざい。話に夢中になっているから、自分たちが進路の邪魔をしていることにも気が付かない。俺から話しかけるのも面倒だから、足踏みして待っていても一向にどかない時、殺意が沸くんだよな。
「ねえ」
「うおっ!!」
手に持っていた教科書が飛ぶ。
後ろを振り向くと、喋りかけられたのはボス猿だったことを知る。
「なんだ、お前かよ……」
落ちた教科書を拾ってカバンに入れる。
ビックリして損した。
しかし、教室に入る時に誰もいないことを確認したんだけど、どこにいたんだ。廊下にいたのなら気が付いたはず。だとすると、俺の死角、教室の隅にでもいたのか。しかも、いつもいるはずの取り巻き連中がいない。一人きりでいたのか。何か用事があって残っていた? だとしたら何で俺に話しかける。その用事をしていればいいのに。
そもそも、こいつからコンタクトを取って来ること自体、ほとんどない。特に高校に入ってからは全くと言っていいほど。あの調理実習ぐらいなもの。だとしたら、ここまで残っていたのは、俺にちょっかいを出すために?
「話、あるんだけど」
「俺はない」
こいつ……。まさか、本当に? 本当に俺にちょっかい出すためだけに残っていたのか? だとしたら、相当性格悪いな。悪い、悪いとは思っていたが、予想以上だ。
「ちょっと!」
肩を掴まれる。
何を言うかと思いきや、
「助けてあげましょうか?」
糞みたいな提案をしてきた。
「……はあ?」
「自分が今日何をしでかしたか分かってる? みんな、今日アンタの悪口行ってたわよ。今まではつまらない奴。空気みたいな存在だったから誰も相手にしなかった。だけど、今日、アンタは全部ぶち壊した。あの何も知らない転校生なんかのためにね!」
「へえ。心配してくれてるのか。お優しいことで」
「ふざけないで! アンタのことなんてどうでもいいの! ただ昔馴染みだから少しは施しをしてあげようと思ってね」
「施しねえ。ありがたいけど、いらないよ。そんなもの」
どこまでも上から目線だな、こいつは。
だけど、甘い言葉を信じるほど、他人を信用なんてしていない。特に、ボス猿はな。しょうもないことを聴いているだけ時間の無駄だから、さっさと帰ろう。
「ちょっと! 本当にいいの? また同じ思いをしてもいいの!?」
「……お前にだけは、言われたくないんだよ」
俺は肩に乗る手を強引に振り切って、教室を出た。
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