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第18話 転校生の井坂幸は何も知らない(18)
土日を過ぎれば、一番憂鬱な曜日である月曜日が来る。
学校。
義務教育の場。
勉強の重要性は理解できる。
だけど、宿泊学習をする意味とは何だろうか?
「はい。何か意見はありませんかー?」
間延びする声が教室に響く。
だが、それに返答する言葉はない。
いつも授業中でも、ペラペラお喋りする生徒でさえ押し黙っている。
みんな、責任を取りたくないのだ。
ここで不用意に発言したら、自分の責任になってしまう。
だから、一言でも口に出せない。
「宿泊学習、何しますかあ?」
今、この時間。
授業をしているわけではない。
宿泊学習は何をするかっていう話し合いの時間だ。
高校一年生の時は、とにかく学校に慣れるので必死。
三年生は受験で忙しい。
ということで。
二年生はとにかく遊んで、遊びまくるっていうことでイベントが目白押しだ。二年生はただでさえ修学旅行という大イベントがあるというのに、その前に宿泊学習もある。そんなに寝泊まりさせるのが好きなのかな、この学校は。
宿泊学習の行き先は、近くの山。
山登りを経験してからの、キャンプ場でキャンプをするというもの。そこで自分たちで一からキャンプを建てて、料理も作らないといけないらしい。何が楽しいんだ。せめて、最初から全部準備してあるキャンプ場に泊まるだけならいいのに、なんでそこまで不自由なことを自ら率先してやらなければならないのか。
文明の利器に頼る現代社会に対する反抗心がこの学校にあるのか知らないけれど、わざわざ生徒まで巻き込んでまでやることじゃない。
面倒なことはそれだけで終わらない。
自由時間があるのだ。
フリーな時間があるというなら、それでいい。自由にさせてくれって話だ。俺なら、テントで寝たりしたいところ。だが、そうはいかない。何かその自由時間に何かしらクラスごとにやらなきゃいけないらしい。それのどこが自由なんだって話だが、決まりだからしかたない。
その自由時間、一時間、二時間らしいが、そこで何をするのか決める話し合いを、二時間設けられた。
その間に決めて欲しいということらしい。
馬鹿なのだろうか。
子どもにそんな自主性あるわけがない。
奴隷のように、ただ先生の話を聴いているだけの人間たちの集まりだぞ、学校なんて。
それで、何をするか生徒たちに決めさせるなんて、教師陣は頭がおかしいとしか思えない。自由とか、権利とか、そんなものいらないんだよなあ、学生には。
とにかく決められたことを決められたようにやる。
それこそが生徒に求められるもので、それを完璧にやれる生徒こそが優等生と呼ばれるのだ。
自由に決めていいなんて、高校生という思考停止ロボットが一番苦手とすることなんだが。
頼りにならない司会の声が虚しく教室内に響く。
こいつら、本当に糞だな。
普段は、コミュ力ない奴らを見下した態度を取っている癖に、休み時間なんてしょうもないことをペラペラ話す癖に、こういういざっていう時にはビビッて何も言えない。クズ過ぎ。こういういところが、大嫌いなんだよなあ。クラスの連中のいつだって口だけで、必要な時には何もできない連中が、俺は吐き気がするほど嫌いだ。
「あっ、そうだー」
ボス猿の一言で、みんなの視線が奴に集まる。
こいつもこいつでしたたかなんだよな。
いつも目立つの好きなくせに、こういう話し合いの時には司会にならないっていうのが凄いよな。承認欲求の塊のような女なのに、引き際っていうのわきまえて居る。自分が絶対に失敗しないような立ち位置にいて、面倒なことは引き受けない。それでいて、面倒ごとから逃げても誰からも非難されない。
そういった人間関係のバランスのとり方はピカ一だ。
認めたくはないけど、そういう駆け引きの上手さは群を抜いている。
「有川君なら面白いこと言えると思いまーす」
「…………は?」
俺だけじゃない。
クラスの全員がきっと、なんでこいつに振るの? と思ったはずだ。明らかに指摘する人間をミスっている。面白くないことしか言えないような、クラスの底辺を選ぶなんて。ボス猿どうかしていると。
「ほら、だってぇ。いっつもボッチだから、私達にない発想をしてくれると思うんですぅ」
プッ、とどこからか噴き出した音がする。
ああ、なるほどね。
俺をさらし者にして、みんなの笑いを取ろうとしたわけか。
その効果は絶大みたいだな。
「そうだよなー。あいつ、いっつも一人で何考えているか分からないもんなー」
「やめろってえ。まあ、でもそうかもなー」
「そうそう。面白いこと言えるって。無茶振りなんかじゃないってぇ」
頭がいいんだよな。
自分らが面白いこと言えない。責任を負いたくない。傷つきたくない。
だから、一人をつるし上げにする。
誰か一人を貶めることによって、自分らの無能さを隠すことができる。本当にこいつら頭いいや。自分の身を守る能力は、感心するほどに持っている。
それに、生徒だけじゃない。
担任の先生も椅子に座って、ただただ静観している。
すげぇよな。
教育者ってやつは。
流石、社会に出ずに、何の成長もない学校という学生と同じ場所に居座り続ける臆病者なだけあるよ。生徒が寄ってたかっていじめに近いいじられ方をしているのに、生徒の自主性に任せるとかいう形だけの大義名分を後生大事にしているだけのことはあるな。
誰一人助けてくれない。
ただ弱いものをいじめする場。
それが学校なんだよなあ。
教師がやれば、生徒は真似をするに決まっている。
「山の散策をして、落ちている枝を集めるっていうのはどうでしょうか? どうせキャンプファイヤーするし」
「はあ? なんでそんな面倒なことしないといけないのー? それに山の枝で薪でできるの? 燃えやすい木材とかって、もう準備しているんですよねー? 先生」
「ああ、そうだな。もう既に準備している」
話を全く聞いていなかったように先生は返す。
その返し方と、俺が失敗したのを聴いて、これはいけると思ったらしい。
周りが口々に俺を馬鹿にしたような言葉を吐いていく。
「ばっかじゃね。そのぐらいわかるよなー」
「だっさ。もっとちゃんとしたアイディア出せよな」
こっちの台詞だけどな。
はあ。
まあ、どうせどんな案を出したところで批判されていたに違いない。とにかく批判しないと生きていけないんじゃないかってぐらい、クラスの連中っていうのは批判するのが大好きだからな。
他人の批判をしている時だけは、自分の惨めさを見なくて済むから年がら年中批判しなきゃダメらしいし。
それに、集団になると罪悪感が薄まるからな。
いくらでもつるし上げできる。
他人とつるんでいると、そういう当たり前のことも見えなくなるもんだ。
「あの!」
声が響く。
今度は転校生の声だ。
手を大きく上げている。
今度こそ、クラスの連中が本気で静まる。
何考えているだ、こいつ。
「私はいいと思います! 先生、その薪って足りなくなったりしませんか? キャンプファイヤーの骨組みだけしか用意していないのでしたら、もっと炎を強くするために木が必要だったりしませんか?」
「え? いや、どうだろうなあ」
明らかに先生は困惑している。そんな質問は想定外だったんだろう。生徒が無難な発想しかしてこないことを想定している先生に、変化球の質問なんかしたら、誰だってそんな反応をしてくる。
先生なんて、基本的にやる気なんてないんだ。教科書に書いてあることをそのまま読み上げるだけの先生がほとんど。生徒が悪さをしないかひやひやしているだけの存在。とにかくレールを外れないように慎重に生きてきた人間なんだから、教師になったんだ。
適当な考えを適当に言えばいいのだ。
それが暗黙の了解。
俺達だって馬鹿じゃない。
先生が馬鹿だってことぐらい気が付いている。
先生は万能じゃなくて、生徒のご機嫌取りしかできなくて、俺達とさほど変わらない知能しか持っていなくて、社会経験なんて皆無のことぐらい、高校生の俺達は分かってしまっているのだ。可哀想だから、あまりにも同情的になってしまうから、痛いところはつかないようにしているのに、変な発言をするなんて馬鹿のすることだ。
「あのさー。薪は不必要だって先生だって言ってるじゃん。何そんなにムキになってんの?」
ボス猿はわざとらしく考え込むふりをすると、パン、と手を叩く。
「あっ、そっかー。もしかしてアンタ、有川のこと庇っているんじゃないの? うわー、そういう個人的な感情でみんなの足並みを乱さないで欲しいよねー」
それを聴いて、アホどもが騒ぎ出す。
「え? 個人的って、そういうこと?」
「転校生があいつのことを好きって? 趣味悪ぃー。せっかくいい見た目しているのに」
「そういえば、この前の実習でもなんかやってたよな」
ボス猿は恋愛感情とは明言はしていない。だが、所詮思春期の猿共の思考なんて、いつだってお花畑。男女の関係は恋愛関係としか思えない。ちょっと匂わせれば、冷やかしのための格好の餌食になる。大衆の思考を誘導するのが、相当に上手くなったな。
「そ、そんなことありません!!」
ボッ、と顔を赤くする。そんなの逆に認めたようなものだ。教室内はさらにヒートアップする。
やっぱり、そうなんだと口々に囃し立てる。
まあ、そうなるだろうな。
どれだけ口を大にしても、逆効果。人をいじめるのが大好きだからな、みんな。バラエティ番組だって見ようによっては、いじられ役を糾弾するいじめ番組。ニュース番組だって名前や顔を勝手に公表して、本当に犯罪を犯してもない人間を憶測で公共放送にて垂れ流す。それがいじめじゃなくて何だっていうんだ。
こいつらは自分らが面白ければそれでいいのだ。
つまり、つまらなくすればいい。
椅子が後ろに倒れるぐらいの勢いで立ち上がる。
「うるせええええええええええええ!!」
教室外まで聴こえる大声で叫ぶ。
シィン、と教室が静まる。迷惑そうに耳を塞ぐ連中もいる。俺が抵抗するなんて微塵も思っていなかったのだろう。不愉快そうな顔をしている。自分たちの方がよっぽど不愉快なことを持続的にしていたということを、完全に忘れてしまっているようだ。
「有川、うるさいのはお前だ!!」
いきなりだ。
いきなり担任教師が怒り出した。
なるほね。
俺みたいな草食動物系には怒れるんだね。
「……へえ。さっきまで寄ってたかって転校生をいじめてた連中は無視して、俺には注意ですか」
「訳わからんこと言うな!! 座れ!!」
わざとズレた受け答えしているな。
これなんだよな。
教師っていうのは立場を利用して、パワープレイができるのが強いんだよな。自分の意見にそぐわない発言はシャットダウンしてくる。
そういうところ、滅茶苦茶嫌いだ。
教師という職業になる人間というのは、頭がいい。
自分の器というものを知っている。
本当に頭がいい人間は研究職に就く。頭が悪い人間や自分の感情を優先する人間は、安定しない職業に愚かにも就いてしまうだろう。だが、教師という人種は自分の頭の悪さを自覚した上で、社会に出る度胸もなく、リスクを回避した人生を送る人間。
だからこそ、厄介事には他の人種の何倍も関わろうとしないだろう。空気をひたすら読み続けなければ、教師にならない。いや、続かないだろう。癇癪を起す子ども達を相手取るためには、ヘラヘラ子どもに媚びへつらうしかない。
かつての熱血が暴力と位置付けられたこの令和に、子どもを完璧に管理するなど土台不可能なのだ。
できることといえば、日頃の鬱憤の憂さ晴らし。弱い者いじめだけ。
強者。それからそれに追従するその他大勢に逆らっても勝てない。圧し潰されるだけ。無理に圧制を敷いても、すぐに親を呼ばれて解雇になる。だからいじめても問題なさそうな気弱人間だけをターゲットにして、注意する。それだけが教師として威厳を保てるとでも思っているのだろう。
弱い者を挫き、強き者を助ける。
それが我が担任教師の教育方針。
こんな奴が聖職者気取っているのは業腹だが、俺は俺とて親にチクるほどプライドがないわけじゃない。あと、親子関係もそこまで良好ではない。このご時世、親子関係が友人関係になるほど仲がいいと言われている。親は子供に嫌われたくないから叱らないとか、そういう風潮にあるらしいからな。
「ただのトイレですよ。まさか、ここで漏らせなんて言いませんよね?」
「トイレは授業中に行っとくもんだ。今回は特別に許してやるからさっさと行け」
いつもだったらもっとネチネチ小言を言うもんだが、やっぱり後ろめたいことでもあるのかすんなり許してくれたな。
「それじゃあ、行ってきまーす」
完全に教師をなめた態度のまま、俺は教室から出た。
教室中からの背中に粘りつくような視線を浴びながら。
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