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第13話 転校生の井坂幸は何も知らない(13)

 土曜日。

 休日だ。

 天気がいい。

 晴れ晴れとした気分。

 正直、家にいるのは気まずい。

 家族が色々とうるさいのだ。

 家族なんだから自分の姉とは仲良くしろだろなんだろと。

 そんなことできるはずないのにな。

 俺は思春期で、それに多感な時期なのだ。

 反抗期だって普通にある。

 むしろ、反抗期がない子どもの方が、将来ダメになると噂だ。

 親に反抗したことがないから、大きな壁にぶつかった時にへたれるとか、小さな衝突をしていないから、大きくなった時により大きな衝突をしてしまうとか。

 色々言われている。

 だから、家族と多少仲悪かったとしても、それはそれでいいはずなのに干渉してくる。

 どうして親というのは必要以上に干渉してくるんだろう。

 独り暮らしがしたい。

 それにはお金と、それに親の判子がいる。

 保証人っていう制度がほんとに邪魔だ。

 意味が分からない。

 保証人という制度は本当に必要なのだろうか。

 昔ならば、夜逃げした人間を追跡するのが大変だから、必要だった制度かもしれない。

 けど、今はそんなことできないだろう。

 警察の捜査力は飛躍的にアップしたはずだ。

 早々、犯罪者を逃がすようなことはしないはず。

 だから夜逃げ防止の保証人制度なんていらないと思うのに。

 親が物分かりのいい善人であること前提の制度だよな。

 自宅に縛り付けるのが好きな親ならば、判子を押してくれない可能性だってあるのに。

 なんというガバガバ制度なんだろう。

 親がいない子だってこの世にはいるだろうに。

 俺は仕方なしに家にいなければならない。

 だが、それだけ息が詰まる。

 勉強しろ、掃除しろ、たまには家事を手伝え、家でゴロゴロするな。

 とか、とにかく何か隙を見つけて子どもを怒って日々のストレスを解消する親に付き合うほど、俺はお人よしではない。

 休日は、一人でいたい。

 そして自由を謳歌したいのだが、そうもいかない。

 なので、こうして街に繰り出したのだが、俺の人生の不純物がそこにはいた。

「うわあ……」

 転校生だった。

 なんでこんなバッタリ合うのか。

 知り合いに会いたくなかったから、昼時より少しばかり時間をズラしたというのに。

 思ったよりもカジュアルな格好をしていた。

 制服姿ではないのは当たり前だけど、私服を見ると結構印象変わるよな。

 俺は特にこだわりもないし、ファッションの知識もない。

 いたって普通の格好をしているが、それでもわかる。

 まあまあ転校生はオシャレだった。

 オシャレもいきすぎるとダサイになるから、ちょうどいいオシャレさだった。

 そして、ぼっちだった。

 俺もだけど。

 休日なんだから誰かと一緒に買い物でもすればいいのに。

 せめて母親とかと一緒ならな。

 見る限り一人みたいだけど。

 まあ、俺には関係ない。

「あれ?」

 雑踏の中で聞こえる嫌な声。

 誰かを見つけてしまったようだった。

 誰だろうなー。

 足早に立ち去ろうとするが、

「やっぱり! どうしたんですか? こんなところで会うなんて奇遇ですね!」

 回り込まれた。

 どこぞの国民的RPGの敵みたいな素早さだった。

 あいつら、こっちが死にかけている時に限って、高確率で逃げ場を塞ぐよな。

「人違いです」

「またまたー。そんな仏頂面な人、見間違う訳ないじゃないですかー」

 親戚のおばちゃんみたいに、手を振って肩に置きそうだったので、サッと避ける。

 ものすごい笑顔を向けてきていたのもあって、怖かったからな。

「なんで避けるんですか!」

「避けるだろ。しかも、それ何だ?」

 逆側の手に持っていたのは、カップ。

 飲み物が入っているようだ。

 歩きながら飲んでいたのか?

 行儀悪いな。

 どこかのテラスとかでも飲めばいいのに。

「タピオカです」

「タピオカァ!? 古くないか?」

「うーん。まだ飲んだことなかったので。無性に飲みたくなったんですよね。それに、流行っている時に、なんだか飲みたくなくて」

「分かる。超わかる」

「め、珍しく、私の意見に同意してくれましたね」

「そうか?」

 わざと否定しているわけじゃないんだけどな。

 意見が合わないだけどなんだけど。

「流行に乗るのは確かに楽しい。安心感がある。だけど、正常な評価ができないのが悔しんだよな」

「そういうものですか? ただなんとなく嫌なだけですけど」

「理由なんてどうでもいい。お前にはぼっちの才能がある」

「いりませんけど!? そんな才能」

 流行に乗るとなんでもイエスマンになる。

 同調圧力に負けた気がする。

 例え、流行時に自分がタピオカを飲んで美味しい! と思っても、それは世間が美味しいと言っているだからなのでは!? 本当は美味しいとは思っていないけど、世間に流されているだけで、今、俺は自分の意志を持っていないのでは!?

 とか、考えてしまう。

 逆も然りだけどな。

 流行に乗りたくないから、まずいと言ってしまう。

 本当は美味しいはずなのに、同調圧力に屈したくないからまずいと脳が思い込んでしまう。

 そんなことになりそうだから、俺は流行りに乗りたくない。

 だから、一旦時間を置くのだ。

 結局、みんな飽きやすいからな。

 世間が静まるのなんて、すぐすぐ。

 タピオカ屋が、マスク屋に早変わりなんてネットニュースで目にしたけど、まあ、そんなもんだよな。

 あっという間にブームは去った。

 夏だから冷たい飲み物が流行ったっていうのもあるだろうけど、当時の熱狂具合は怖いぐらいだったよな。

 誰もかれもがタピオカ持ちながら、そこら中を歩いていた。

 世間の噂や流行りに乗っかりたいミーハーがこんなにいるとは思わなかったな。

 あの時は。

「それで、美味しいのか?」

「個人的には普通のミルクティーの方が美味しいです」

「あっ、そう」

 正常な評価できているな。

 ちなみに、俺はまだ飲んでいない。

 うーむ。

 単純ではあるが、飲みたくなってきたな。

 帰りに買って帰ろうかな。

 自分のタイミングで飲みたくなった時が飲み頃だ。

「それって、どこで売ってたんだ?」

「近くの喫茶店に売ってましたよ。ほら、チェーン店の。見えますか?」

「ああ、あそこか」

 指差された店は、視認できるほど近かった。

 へー。

 まだ普通に売っているんだな。

 近くのスーパーだとタピオカミルクティーがワゴンセールされていたから、この世から絶滅したかと思っていた。

 ピーク時に比べたら値段も安くなっているだろうし、ショートサイズぐらいだったら買って飲もうかな。

「良かったら、一緒に行きますか?」

「良くないから、一緒に行かない」

 いきなり誘われたからびっくりした。

 間髪入れずに否定できてよかった。

 こういう時、少しでも迷ったら付け込まれるからな。

 今日はぼっちになりたい感がマックスなのだ。

 こんな人生の不純物に構っている余裕はない。

「その積極性は他で生かせ。じゃあな」

 ひらひらと手を振って逃げる。

 今日は予定があるのだ。

 時計を見る。

 少しばかりタイムロスしたが、まあ許容範囲だろう。

 家に出る前に、簡易のタイムスケジュールを脳内で組んできたのだ。

 乱されたくない。

 メモ取ってれば良かったかもな。

 こんなイレギュラーなこと早々ない。

 クラスメイトに外で会っても、話しかけられないから油断していた。

 今度からはもっと裏道を通るか。

 狭いと、他人との接触が増えるから嫌なんだよな。

「えー、どこ行くんですか?」

 何で、こいつはついてくるんだろう。

 暇なのかな?

「なんてことはない。ちょっと運動するだけだよ」

「へえ。いいですね! 私も運動不足だったんですよ!」

「ああ、そうか。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。何するかだけ教えてもらっていいですか?」

「本当にそれだけだな」

「はい!」

 いい返事なのが逆に怖いんだけど。

 まあ、何するか言えばどっかに行ってくれるというならば、是非もない。

「ボルダリング」

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