第12話 転校生の井坂幸は何も知らない(12)

 醜態。

 その一言に尽きる。

 あれだけ自信満々に転校生に友達を作ってやると豪語していたのに、結果は散々なものだった。

 最早、正攻法も絡み手も通じない。

 あれだけ細心の注意を払っていたというのに、流石はボス猿。

 なんて嗅覚だ。

 俺の行動をつぶさに感じとっていた。

 妨害され、完膚なきまでに敗北した。

 心理的集団リンチによって。

 心がバキバキに折られた。

 それからは常に他人から監視されているような、地獄の時間だった。

 そして放課後。

 廊下を敗残兵のように二人で歩いていた。

「悪かったな」

「ええ!?」

 うっさいなあ。

 咄嗟のリアクションがでかすぎるんだが。

「……なんだよ」

「素直に謝るなんて、らしくないなって思って」

「悪いと思ったら謝るぐらいするけどな!!」

 どれだけ印象悪いんだ、俺は。

 普段、素直にならないこともあるかもしれない。

 だが、今回ばかりはしおらしくもなる。

「俺がボス猿に絡まらなければ、お前も友達ができたかもしれないのに……」

 なんたって、千載一遇のチャンスを逃したんだからな。

 あれから、モブ子どころか、クラスの誰にも声をかけられるような状態にはならなかった。

 ちょっと転校生が近づいたら、さっきまで談笑していたみんなが、シン、と黙るのだ。

 あれをやられると、喋ろうと思っても喋られない。

 嫌だねー。

「あのー」

「何だ!?」

「やっぱり、今のままでいいんじゃないんですか」

「は?」

 転校生はもじもじとしながら、慎重に言葉を選ぶ。

「その……何か大変そうですし。私には友達を作れないんじゃないかなって。それに今のままでも十分楽しいんですけど」

「馬鹿言うなよ。このぐらい大変の内に入らない。本当に大変なのは、転校生、お前の方だ。それに、友達がいないままだと暗黒の学校生活を送ることになるぞ」

「じゃ、じゃあ、友達いなくて暗黒の学校生活ですか?」

「いいや、むしろ天国」

「じゃあ、いいじゃないですか!?」

「俺は例外だから」

 ぼっちの奴があまりにも暇すぎて、教室の隅で仕方なく本を読むときがあると思う。

 だけど、本当は誰かと喋りたいはずだ。

 そういうやつは、話しかけてやると尻尾を振る犬のように喜ぶ。

 俺は違う。

 完全に拒絶する。

 何読んでるのー? と心底どうでもいい質問してくる奴、頭おかしいだろ。

 読書家でちゃんといろんなジャンルの本を読んでいて、俺と最低限話し合えるだけの考察力と、知識があればいいんだけど、大体そういうやつに限って、本一冊読み切ったことがないんだよねー、えー、すごいー、とか自分を下げて、遠回しに馬鹿にしたような声のトーンで言い出す奴ばっかりなんだよなあ。

 集団の中にいるせいで逸脱することができず、平坦な生活しか送っていないから、あまりにも暇すぎて、本当は話しかけたくはないけど、自分の生活に刺激が欲しいからって俺に話かけるの辞めて欲しいんだよなあ。

 本当に人間の屑だと思っている。

 そういう人種のこと。

 そういうやつって、大体自分の巣に帰って行って、ペチャクチャ大きな声で、俺のことを馬鹿にするんだよなあ。

 えー、何話してたのー。気持ち悪くなかったー? こういう本読んでたんだー。ラノベじゃないんだ。っていうか、むしろラノベの方がよくない? 古典文学とか、どんな趣味してんの? やっぱり一人だと変な本読みだすんだねー、とか言い出すに決まっている。

 話のタネが欲しいんだよな、あいつら。

 自分たちで面白いことできないし、思いつかない。

 だからぼっちを利用して、なんとか自分たちの知能のなさを誤魔化している。

 底辺もいいところだ。

 古典だって好きだし、ビジネス本だって好きだし、ハウツー本だって好きだ。

 だけど、みんなが知っている流行の作品をせめて読んでいないと、散々言われる。

 面白いけどなあ。

 自分にない知識を頭に入れ込むの。

 まあ、どいつもこいつも、自分の知識を深めるより、人間関係を深めることに必死過ぎるんだよな。

 まあ、知識なくて自分が薄っぺらいから、薄っぺらい人間関係しか築けていないことに一生気が付かないんだろうけどな。

「私、転校続きだったからこういうの慣れています。いいえ、正直、今、私楽しいんです」

「楽しい? 失敗続きなのに?」

「ええ。だって、私、生まれて初めてこんなに人と話している気がしますから」

 ゴホッ、と軽くせき込む。

「喋りすぎて……ちょっと喉が痛いぐらいです」

「ええ……」

 どんだけ人と話していないんだよ。

 俺より、他人と話したことないだろ。

 見た目悪くないのに、周りは何でこいつを放っておいたんだ。

「一緒にこんなにいるって、それはもう――」

「あくまで俺達は協力者だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 勘違いしそうだったから、強めに被せていった。

 俺はこいつの傍にいてやることはできない。

 変に期待をさせてやりたくない。

「そう、ですか……」

 転校生がしょんぼりしてしまった。

 歩みが止まって、言葉が出てこなくなった。

 気まずい空気が流れると、死角から声が聞こえてきた。

「先輩、今日はありがとうございました!」

「いいのよ。それじゃあ、また」

「はい、また明日!!」

 俺達の横を誰かが走り抜ける。

 さっきまで話していた二人の内の一人だろう。

 誰かは知らない。

 だが、もう一人は、声だけで誰か分かった。

「……あっ」

 そういうと、目を伏せて女の先輩は足早に俺達を通り過ぎる。

 俺が先に目を逸らしたんだけど、そういう反応されると、やっぱり少し傷つくな。

「……なんか、変じゃなかったですか? あの先輩」

「さあな」

 さて、と。

 ここで、うじうじ負け犬同志で傷をなめあっていてもしかたない。

 もう、終わったことだ。

 とりあえず、時間も時間だし帰るか。

 部活動やっているわけでもないから、やることもないし。

「あの人と知り合いなんですか?」

 ああ……。

 せっかく誤魔化そうと思ったのに、訊いてきちゃったよ。

 空気を読め、空気を。

 ただ、このまま誤魔化せるタイプじゃないからな。

 適当に答えてやろう。

「知り合いというか何というか。あいつは三年の生徒会長だよ」

「生徒会長!? はー、すごく似合っていますね」

「ああ、似合い過ぎているぐらいに、似合ってるよな」

 生徒会長はめちゃくちゃ美人だからな。

 顔の作りが綺麗すぎて、なんだか大学生でも通じそうだ。

 優しそうな雰囲気から、落ち着いた佇まいに、美しい所作。

 あらゆるところが、他の人たちと一線を画しているといっていい。

 もしもミスコンなんかあったら、ぶっちぎりで一位を取るだろう。

 男性人気も女性人気もこの学校で一番のはずだ。

 文武両道で、スポーツも勉強も学年トップクラスらしいし。

 高嶺の花っていうのは、ああいう人のことを言うのだろう。

 俺とは真逆の存在ってことだ。

 だから、話も合わない。

 悲しいことにな。

「どうしたんですか?」

「なんでもない。それより――」

 今は生徒会長のことは忘れよう。

「とりあえず、明日は土曜日だから、何もできない。来週仕掛けていくぞ」

「は、はい!!」

 もう打つ手がない。

 あと、たった一つの冴えたやり方以外はな。

 誰もが幸せになれるウルトラハッピーな日常にするために、身を粉にして働きかけてやりますかね。

 これが、最後の作戦だ。

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