第11話 転校生の井坂幸は何も知らない(11)

 前回までの反省点。

 ボス猿にいきなり特攻をしかけたこと。

 転校生の適正についてちゃんと考えなかったこと。

 この二つの反省点も大きいのだが、もう一つ大きな問題点がある。

 それは、アドバイスできないこと。

 転校生をできる限りサポートしてやりたい。

 友達を作ってやって、幸せしてやりたい。

 そして、俺のことなんか忘れて欲しい。

 だからこそ、全力でバックアップしてやりたいのだ。

 だが、そうなると、口パクや、手ぶりで、どうにかできるのにも限界がある。

 しかし、今なら直接話すことができる。

「いいか。打合せ通り、積極的に何をすればいいか聞いていけ。まず、集団になって大切なことは、自分が今、この集団においてどのポジションにいるかってことだ。理解したなら、自分の役割を全うするだけでいい。まずは、集団の中での信頼を勝ち取るんだ」

「わ、分かりました」

 こうして、密着して転校生とリアルタイムで話せる。

 しっかりとアドバイスできる。

 完璧だ。

 ここは、家庭科室。

 昼休みではない。

 授業中だ。

 家庭科の授業では、男女が揃う。

 そして重要なのは、食材を運んだり、レシピが書かれているホワイトボードを確認するために、自由に場所を移動できたりする点だ。

 これならすれ違う時に、コソコソと話すことができる。

 目立つが、視線を合わせなければバレないだろう。

 最初の頃に比べて転校生の興味はみんな薄れている頃だろうし、俺に至っては空気だ。

 誰かがちゃんと観察しない限り、俺達が結託して友達作りをしているのがバレる心配はないだろう。

 班に分かれて、料理を作っている。

 俺はみんなと話し合いながら、誰か何の担当になって、作業をするという行為がとても苦手なので、スッと抜ける。

 いつもはずっと何もせずに立っていることが多いので、あからさまにみんなホッとしたような顔をしてきた。

 まあ、どう接すればいいかわからない奴がいたら困るだろうしな。

 それか、まともに話し合いもできない無能な人間が視界に入るだけでイライラしていたかもしれない。

 まあ、俺のことなんてどうでもいい。

 大事なのは、転校生の様子だ。

 どれどれ。

「えっ、と、あっ、と」

「キャベツ切っておいて」

「うん。何センチだっけ?」

「適当でいいよ」

「適当って?」

「あー、もういい。私がやっておくね」

 ぶ、不器用すぎるだろ。

 しかも、モブ子と話せていないし。

 転校生、おろおろしているだけで、調理に参加すらまともにできていない。

 今回、チャンスなんだよなあ。

 モブ子とボス猿はいっつも一緒にいるから、一対一で話す機会などほとんどない。

 人間とは、安定を求める生き物。

 徒党を組んで同じ行動をして、下の人間が上の人間の意見の思考に染まるのも、ひとえに変化したくないから。

 何も考えたくないから。

 グループは、思考停止になるために必要なことなんだ。

 みんなそれが気持ちいいから。

 誰からも否定されないのは、さぞかし楽しいだろうからな。

 だから、途中参加の異分子っていうのは誰もが認めたがらない。

 相当人の心に滑り込むのに長けた人間じゃなきゃ、既に構築されている人間関係の相関図を変えることなどできない。

 だが、グループはともかく、個人ならば話は別なんだ。

 群れからはぐれた一体なら、こちらの話に耳を傾けてくれるはず。

 独りを懐柔できれば、あとは雪雪崩式に仲良くなれるはずなんだ。

 とにかく、俺が助けてやらなきゃ――


「ちょっと、さっきからアンタ何してんの?」


 流石に、動揺した。

 勢いよく振り返る。

 後ろにいたのは、ボス猿。

 腕組みしながら俺のことを睨んできている。

 どうやら、聴き間違いじゃないらしい。

 まさか。

 こいつが俺にはなしかけてくるとは思わなかった。

 数年ぶりか?

「なんだ、ボス猿?」

「はあ? 誰ぇ、それぇ!? もしかして、私のこと言っているの!?」

「あっ、やべっ。心の中での呼び方そのまま言っちゃった」

「ふざけんな!!」

 大声出すもんだから、なんだなんだ、と周りも騒ぎ出した。

 まずいな。

 注目が集まりすぎている。

 このままじゃ、ステルス助言作戦がおじゃんだ。

「悪かったな。目障りだろ。さっさと消えるよ」

「ちょっと……待ちなさいよ」

 肩を掴まれる。

 強すぎて、痛いんだけど。

 なんだ、こいつ。

 相変わらず、自分が納得いくまで他人の都合も考えずに付き合わせる悪癖は変わっていないみたいだな。

「質問に答えなさい。アンタ、あの転校生を使って何しようとしているのよ」

「何のことだ?」

 転校生と俺との繋がり。

 それを決定づけられたら、今までの積み上げが破綻する。

 ここは完全否定しなければならない。

「まさか。この私と仲良くなりたいなんて大それたこと思っているんじゃないでしょうね」

「…………はあ? なんでそんなことになるんだよ」

 あんなことがあったのに、今更仲良しこよしできるわけがないだろ。

 頭おかしいんじゃないのか。

 いつだって自分が世界の中心にいて、世界を回していると思い込んでやがる。

 正直、ボス猿のことなんて、ただの猿としか思っていないんだよなあ。

 自意識過剰にも程があるっつーの。

「周りから懐柔していくつもりなんでしょ!? 何も知らない転校生を使って!!」

 発想が俺と同じなんですけど。

 外堀埋めよとする感じが、完全に一致しているんですけど。

 え?

 何、俺?

 こいつと同レベルの思考パターンなの?

 大分、ショックなんですけれど。

「そんなわけないだろ!! お前なんてなあ――」

 大声を出して、そして途中で気が付いた。


 周りが一切喋らずに、こちらを見ていることを。


 ああ……。

 気持ちが悪い。

 他人の視線がこうまで集まっていると、本当に気分が悪くなってくる。

 手が震えてくる。

 この教室にいる全員が固唾をのんで、俺たちの一挙手一投足を見過ごさないように注視してくる。

 ボス猿がどんな行動を取るかで、今後の自分達はどう行動するかを決めなくてはいけない。

 ボス猿の意志と違う行動を取れば、自分がハブられる。

 だから、観ているのだ。

 自分の意志なんてない瞳で。

 恐らく、俺がボス猿に叱責する姿を期待すらしているだろう。

 だって、標的が一人でもいれば、いじめの対象がいれば、自分だけはいじめられなくてすむのだから。

 どん底のさらなる底に堕ちるように、みんなが願っているとさえ思える。

 そんな冷たい視線。

 何十人もの人間が、何もせずにただ見つめてくるその恐怖感。

 誰にもわからないだろうな。

 たった一人で、こいつらに立ち向かう困難さを。

 思い出す。

 何も考えないモブ達が、自分がいじめられたくがないためならば、どんなことだってやってのけるってことを。

 もう、嫌だ。

「ちっ――」

 ボス猿の手を振りほどく。

 目立ち過ぎた。

 失敗だったか?

 もっと慎重になるべきだったか?

 どうしてこうなった。

 俺がもっとしっかりしていれば、目立たないようにしていれば、こんなことにはならなかったのに。

 これ以上話していたら、俺はみんなの敵になる。

 空気でいたかったのに。

 このままありもしない嘘が伝播し、俺は悪に仕立て上げられる。

 非常時には、どんな嘘だって真実になる。

 在庫はたくさんあるはずなのに、供給ラインが滞るというたった一つのデマで、トイレットペーパーが売り切れになったように。

 いつだって、誰もが何もしっかりと確認しないまま自分の都合のいいように真実を捻じ曲げてしまう。

 ボス猿の反感を買っただけで、俺は悪者に仕立て上げられるに違いない。

 傷が浅いうちに逃げるに限る。

「ちょっと、まだ話は――」

 こいつ、まだ俺を傷つき足りないのか。

 力あるものはその責任があると昔から言うけれど。

 お前の軽率な行動一つで、みんな真似するんだぞ。

 それを分かってんのか。

「し、静かに!! 静かにしなさい!! 早く調理を再開しなさい。時間内に終わらない場合は、放課後まで残って調理してもらいますよ!!」

 今更になって家庭科の先生が止めに入る。

 もっと早くやれたくせに。

 ボス猿に圧倒されてたな。

 家庭科の先生って気が弱いんだよな。

 争いごとが嫌いというか、まとめられないというか。

 巻き込まれたくない。

 子どもの教育なんてやっていられない。

 私の迷惑だけはかけないで。

 そんな言葉が聞こえてくるようだ。

 ほんと、大人って使えないよな。

 特に先生とかいう人種は、大嫌いだ。

 何もできないくせして、偉そうに。

 社会に出たら何の地位もない。

 社会のどの業種にも就こうとせずに、学校に舞い戻る。

 引きこもりと同じだろ。

 同じ環境にい続けることを選びやがって。

 それだけならいい。

 そこでまともに働けるならいい。

 だけど、先生はみんな子どもを恐れている。

 ボス猿にちゃんと意見を出すことすらできない。

 生徒に逆らったら親が飛んでくるからな。

 クレーム、クレーム。

 それだけで、先生はただの木偶になるんだからすごいよなあ。

 ご立派だな、先生は。

「はいはい」

 そう言って、ボス猿は退いた。

 流石に先生に表向き逆らうことはしない。

 胸中じゃ馬鹿にしているだけろうけどな。

 しかし、これで、これで全ては崩壊した。

 もう、転校生は仲良くはなれない。

 ボス猿とも。

 モブ子とも。

 ということは、つまり、クラス全員と。

 会話の断片を、みんな聴いてしまっている。

 これから起こりうることは容易に想像できる。

 蹂躙だ。

 俺は、きっとさらに立場を失うだろう。

 今は見た目は平穏そのものだ。

 だが、この料理実習が終われば、きっとお付きの者はボス猿にお伺いをかけるに違いない。

 今後の指針を聴いて、俺を排除する動きをし始めるだろう。

 圧倒的数の暴力で、たった一人を総叩きする。

 それがモブのいつものやり方なのだから。

 そのぐらい、俺だって熟知している。

 だが、それだけならいい。

 その程度の地獄、耐えられるに決まっている。

 孤独なら、どんな辛いことだって引きずって生きていけるんだ。

 だけど、今度は俺だけじゃない。

 首を動かすと、そこには転校生がいた。

 心配そうな顔をしてやがる。

 アホだな、あいつは。

 俺の心配をしている。

 本当に心配すべきは自分だっていうのに。

 何も分かっちゃいない、ただのアホだ。

 完全に失敗したんだ。

 何もかも、全部俺のせいで。

 だけど、お前だけは地獄の釜から押し上げてやる。

 お前だけはぼっち脱却してやる。

 だから、安心しろよ。

 俺がどんなことになろうとも、お前には友達を作ってやるからな。

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