第10話 転校生の井坂幸は何も知らない(10)
飯を食べながら、今後のことについて考える。
どうにかして、転校生には友達を作ってもらわないといけない。
「さて、と。これからどうするか……」
「すいません。上手くいかなかったの私のせいですよね」
「あ、ああ。別にいいよ、気にしていなかったから」
「え、ええ……」
あー、やばいやばい。
なんか、独り言無意識の内に呟いてた。
独り言って、どうしても出るんだよな。
人と喋っていていないと、勝手に出るもんなんだろうか。
独り言呟くと、え、どうしたの? とか質問されるから、面倒なんだよな。
別に話しかけたい時は、独り言なんて言わずに、こっちから話題振るっていうのに、なんで質問してくるんだろう。
話したくないから独り言呟いてんのになあ、こっちは。
できることなら、飯の時間は飯に集中したいっていうのに。
まあ、たまには喋ってやるか。
「まあ、友達二軍のモブ子と話せてよかったな」
「え? 友達二軍って?」
「そのままの意味だよ」
箸を一本、二本と上に上げて、分かりやすく説明してやる。
「友達には一軍、二軍がある。ずっと一緒に仲良しなのが一軍。だけど、気が合う人間なんて限られるだろ? そんなの二、三人しかいないはずなんだ。どれだけ友達が多くてもな」
友達十人以上いるとか、ほざく奴はただの人格破綻者だからな。
絶対に無理。
中学の友達で五人、高校の友達で五人ならまだ分かる。
だが、たくさん友達いるとか嘯くなら、話が変わってくる。
そいつら全員と、毎日連絡を10分以上取り合っているのか?
週一で、遊びに行っているのか?
ずっと一緒にいるのなんて不可能なんだよ。
友達は少ないから友達なんだ。
それが絶対の定義なんだよ。
「だけど、風邪をひいて誰かが欠席して人数が足りない時。もしくは五、六人の班行動の時に人数が必要になる。その時に、大して話したことのないモブと話すのは楽しくない。だから、そういう緊急時のために、友達じゃない友達を作るんだよ。それが『友達二軍』だ」
「なんで、そういう発想になるんですか。もしかしたら、本当に友達かもしれないじゃないですか」
「お前は本当にお気楽だな」
「どういうことですか!?」
幸せそうで羨ましいよ。
まあ、そんな能天気だから友達二軍にすら入れず、友達三軍なんだろうけどな。
でも、こいつなりに頑張っているんだよな。
モブ子とたどたどしくも、話せたのは偉い。
たった一言、二言だったとしても、だ。
中々勇気がいることだからな。
これで突破口も見えた。
「……外堀から埋めていくか」
色々と戦略は練った。
だけど、それは俺基準だったな。
俺だったらどうするか。
俺だったら何ができるか。
そればかりを考えていた。
だけど、ここからは違う。
転校生基準で友達作りを手伝ってやりたい。
そのためには、もっとこいつという人間を知らないとな。
「生物室で席に着いた時、隣の人間と話したか?」
「いいえ」
「いいか。無理をしろとは言わない。だけど、本当に友達が欲しいなら、チャンスは逃すな。一気に距離を詰めようとするな。一言でいい。たった一言でいいから、隣の奴に話しかけろ。それは誰でもいいんだ。教科書今、何ぺージとか、え、今、先生何言ったの? とか、そんな自然な一言だけでいい。それだけでお前に友達ができるきっかけができるんだよ」
「わ、分かりました!」
姿勢を正す。
こっちの本気が伝わったようだ。
「生物室から入る時に、いろんな人間に見られていたはずだ。そして、みんなこう思ったはず」
一拍置くと、
「『あの転校生は、あのグループと一緒にいれるぐらいのレベルにいる』と」
事実を伝える。
真実じゃなくてもいい。
大切なのは、周りにそう思わせることだ。
「クラスカースト上位と話せるぐらいの地位にいると分かれば、他の人間だって、お前の存在を無視できないはずだ」
これでガンガン話していってもいいはず。
すぐにこの魔法という名の誤解は解けるだろうが、少なくとも数日は持つはずだ。
多少変なことを口走っても、どうにかなるだろう。
ボッチになるやつは大概、変な行動を起こしやすいしな。
こうして、男と一緒に二人きりで飯食っても、何とも思っていないみたいだし。
あり得ないよな。
高校生で男女二人きりの空間で、飯を食って、それで平然としているなんて。
普通、他の人間に見られたらどうしようとか思うはずだ。
そんなことにも気が付ないこいつには、転ばぬ先の杖が必要だ。
そして、杖は手に入れた。
だが、それだけじゃ手持ちの武器が心許ない。
他にないのか?
「共通の趣味とか、話題があればなー。何かあるか?」
「いいえ。そんな特に……」
「家に帰ったら何してるんだ?」
「えー、と。テレビ観たり、スマホで動画観たり、あとは、風呂入って、寝るだけですかね」
「普通だな」
「別に、普通でいいですよね! そんな露骨に『私がつまんない人間』みたいな言い方しなくていいじゃないですか」
「いや、別にそんなこと思っていないんだけどな……」
だめだ、こいつ。
個性というものがまるでない。
短所でもいい。
何か突出したものがあれば、そこから作戦が思いつくことだってあるはずなのに。
これじゃあ、正攻法しか使えないな。
「じゃあ、次の授業の話とか、宿題やったとか、昨日のドラマの話とか、化粧の話とかかな。化粧はするよな?」
「ま、まあ。人並みには。でも、やっぱり高い化粧品買えないから、もっとちゃんとしたいんですよね」
「ああ、そっ」
「話振ったんですから、もうちょっとまともな反応してくれませんか?」
心底どうでもいい。
逆に男子が化粧のこと知っていたら、ドン引きするだろ。
まあ、男で化粧する人とか、男性用下着の需要は昔に比べたら格段に上がっているらしい。
けど、俺は興味ないからな。
女子みたいに化粧に興味は持てない。
他の女子が興味ある話題といえば、まあ、ありきたりだけど、あれだな。
「他人の悪口が一番いいんだけどなあ」
「悪口?」
「罪悪感があればあるほど、秘密の共有があればあるほど、人と人との結びつきは強くなる。まあ、それを友情と思い込む性質があるからな。でも、まあ、やりたくないんだな? それは」
話している途中だというのに、随分と嫌そうな顔をされた。
分かりやすいな、こいつは。
「だって、他人の悪口を言って仲良くするんですよね。そういうのは、ちょっと……」
「だろうな」
糞真面目というか、何というか。
こういういい子ちゃんタイプは、女子に嫌われやすいんだよな。
偽善者っていうか。
他人の、特に男子の悪口を大声で言うような女子は、女子から好かれやすいんだよな。
好感度が下がらないための、防波堤として使えるからな。
そういう悪口言える女子は。
自分は男から非難されないよう、黙って後ろにいて、コソコソと指示を出す。
そして自分は他人から必要とされていると思って、どんどん自分の好感度を下げながら男の悪口をいう粗暴な女子。
お互いに利害関係があるからな。
他人の悪口を言いづける人間っていうのは、世間的には悪かもしれない。
だが、一定の需要はあるのだ。
他人をほめるよりも、悪口を言う方が簡単だから、できればやって欲しい。
だけど、まあ、そうだな。
転校生にその適正はないかもな。
性格的にもだが、そもそも、転校生は転校生だ。
転校生だから、誰がいいとか、悪いとか分からないからな。
悪口は悪口で言うのには、才能がいる。
相手が何を気にしているのか。
何を言われたら一番嫌なのか。
そして悪口を言いまわる友達が、どんなネタの時に一番嗤っているのか。
その辺を見極めるだけの才覚は、持ち合わせていないだろう。
だったら今は、できることをやっていくしかないな。
「『将を射んとする者はまず馬を射よ』って言うからな。とりあえず、モブ子を射るぞ」
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