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第9話 転校生の井坂幸は何も知らない(9)

「あの。なんでこんなところに?」

 そう、転校生に訊かれるのも分かる。

 俺達は、家庭科室に来ていた。

 授業で来たのではない。

 昼休みに、自主的に来たのだ。

 ご飯を持ってくるように伝えて。

 いきなり指示して来たものだから、キョロキョロしている。

「だって、電子レンジがあるから」

 家を出る前はホカホカで美味しい弁当も、昼休みになってしまうと冷めてしまっている。

 冷えたごはんなんて、普段喰わないからかそれなりに美味しく感じてしまう。

 だが、やはりそれは妥協だと思う。

 真に美味しい弁当とは、温かい弁当のことを言うのだ。

 電子レンジさえあれば、いつだってホカホカの弁当を味わうことができる。

「電子レンジ使って、弁当温めようか」

「あの、素朴な疑問なんですけど……使っていいんですか? これ」

「いいんだよ。ちゃんと家庭科の先生の許可はもらっているから」

「は、はあ……」

「『あなた友達いないの? あっ、ごめんなさい。つ、使っていいから。汚したらちゃんと片付けてね』って、快くな」

「それ、同情されてません!?」

「いいんだよ。許可もらえたんだから。まあ、たまーに。家庭科部? だったけ? 調理部だったけ? の連中が入って来る時があるけど、気にすんな」

「気にしますけど!! むしろ、もっと気にしてもらえません!?」

 大丈夫だってのに。

 変なところで気にするんだから。

 部活動の連中も、あっ、やべ、みたいな顔するだけで、淡々と作業しているし。

 廊下にいる時は家庭科室に響くぐらい喋っていたはずなのに、家庭科室では借りてきた猫のように静かになられると、流石に俺も気にするけど。

 ただまあ、温かいご飯を食べられることに変わりはないのだ。

 その為だったら、どれもころも些細な事だ。

「あっ、やばっ。電子レンジ対応の弁当箱じゃないとだめだ!! 転校生、弁当箱って、電子レンジ使っても大丈夫?」

 前日にでも言っていれば、持ってきたかもしれないけど、何も言ってなかった。

 ちょっと前に、思いついただけだからな。

「いえ、今日は、パンなので」

 ポン、と置かれたのはサンドイッチのみ。

「え? これだけ?」

 小食にもほどがある。

 女子って細いのに、ダイエットとか言って食べない人多いよな。

「親が寝坊しちゃって。いつもだったらもっと食べるんですけど」

「ああ、なんだ。なら、売店で何か買えば良かったのに」

 売店ならパンどころか、おにぎりみたいな簡単につまめるものなら売っている。

 あそこ行くと人でごった返すから、俺は好きじゃないけどな。

 もしかして、転校生だから場所分からなかったのかな?

 仕方ないから案内してやろうかな。

「いえ。実は財布忘れてしまって……」

「ああ……」

 抜けてんなー、こいつ。

 財布忘れるとか、あり得ないだろ。

 俺は、財布に最低限度の金以上のものを入れとく主義だ。

 何かあった時、困るからな。

 もちろん、財布忘れるなんてこと、絶対にない。

「しょうがねーな。弁当にウインナーとか卵入っているから、食べるか?」

「……いいんですか?」

「いいよ、別にそれぐらいなら。ちょっと待ってな」

 転校生にやるためにも、電子レンジを使って温めてやる。

 おかずが減るのは惜しいが、ちょっとぐらいなら別にいいか。

 なんたって、そんな時のために俺は非常食を用意しているから。

「なんですか、それ?」

 ゴソゴソと、弁当バックを漁っていた俺に話しかけてくる。

「味噌汁」

 味噌汁といっても、そのまま味噌汁を持ってきたわけじゃない。

 フリーズドライ。

 固形物になったやつで、お湯をかけると元通りになるやつだ。

 カップラーメンみたいなもんだ。

 カップ型で、器も要らない。

 器入りよりかは割高ではあるけど、たまにはいいよな。

 もちろん、弁当を忘れてきたように、カップラーメンもロッカーに常備しているのだが、今日はしっかり弁当があるので、これだけでいいだろう。

「でも、それってお湯がいるんじゃ。ここでお湯を?」

「いいや、流石にガス使うのは許可もらえなかったからな」

 先生がいない時にガスとか、包丁を使ったら問題になるからな。

 主に、先生に責任がいくだろうけど。

 だから、ガスは使えない。

「ちゃんとお湯は持ってきてるから大丈夫」

 カップに水筒のお湯を注ぐ。

 うーん。

 いい匂い。

 味噌汁って上手いよな。

 なんでこんなに白米と合うのか。

「飲み物ってお湯なんですか?」

「まさか。ちゃーんと、お茶持ってきてるよ」

 お茶と、かき混ぜるためのスプーンならちゃんと持ってきている。

 他にも、紅茶とか、ココアとか、色々ストックはあるけど、やっぱりお茶が一番落ち着くかな。

「割り箸あるから、使う?」

「あ、はい」

 箸を忘れた時ように、割り箸も準備している。

 親がたまに箸を忘れることがあるんだよな。

 100均で山のように割り箸があるから、それを持ってきている。

「すごく準備がいいですね」

「まあ、このぐらいは当然だけどな」

 話している間に、弁当が温め終わったようだ。

 チン、と電子レンジが鳴る。

 ちょっと錆びていて見た目悪いけど、まだまだ現役だ。

 しっかりと温めてくれている。

 弁当箱の蓋をひっくり返して、そこにおかずを乗せてやる。

 まだ口を付けていない箸で運んだから、気にならないはずだ。

「はい、遠慮なくどうぞ」

「ありがとうございます」

「いいよ。その代わり明日、なんか肉とか分けてくれるだけでいいから」

「明日……」

「ん? 何?」

「いえ、なんでもないです」

 なんだ。

 どこに引っかかる要素があったか分からないが、俺は譲らないぞ。

 肉はもらう。

 カツ系でもいい。

 できればトンカツがいいな。

 ソーセージと卵は未来への投資だ。

 もっといいものをもらおう、と。

「パンも温めれば? 袋開けて」

「そ、そうですね」

 コンビニとかでもそうするよな。

 前にそのまま自宅で温めて、パアン、って破裂音と共に、パンが急激に萎んだことがあったから、やっぱり開けてから温めたほうがいいだろうな。

 でも、コンビニの電子レンジって便利だよな。

 W数が高いから、温める時間が短くていい。

 それに、コンビニの商品って、どれだけ温めるのか目安がしっかりと書いてある。

 だから、失敗も少ないんだから。

「それじゃあ、いただきまーす」

「ええ!?」

「何?」

 しっかりと両手合わせて、いただきますをしたんだけど。

 何かマナーに問題でもあったか?

「いや、いいですけど……」

「ああ」

 まだパンが温め終わっていないから、自分が食えない。

 一緒のタイミングでご飯食べたかったとか、そういうことか。

 あー。

 失念していたな。

 まっ、いいか。

 もう食べ始めちゃったし。

 手遅れだ。

 俺は転校生を無視して、ガツガツと食べ始めた。

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