第6話 転校生の井坂幸は何も知らない(6)

 ボス猿に支配された教室。

 そこでぼっちにならないように生きる術。

 それを、転校生は知らないらしい。

「そ、それじゃあ、どうすればいいんですか?」

「簡単だよ。ボス猿の相手をするのは正直厄介ではあるけど、肉食動物よりかボス猿の方が手懐けるのは簡単だからな」

 生まれながらの支配者は、ごますりが効かないことが多い。

 ごますりされることに慣れているから、こちらの演技がバレる可能性がある。

 だけど、ボス猿の場合はそうではない。

「ボス猿は、自分の地位を守るので必至だ。下手したてに出さえすれば、それがどれだけ下手な演技だったとしても友好的な関係を築きやすい」

 誰かと友達になる時に必要なこと。

 それは、どんどん頭を下げること。

 プライドを失くすことだ。

「とにかく自分からどんどん『あなたに従います』アピールをしていけ」

「分かりましたけど、なるべく健全的なものはないんですか?」

「健全か……そうだな……」

「友達を作る時に誰でもできる超重要なことを一つ教えてやる。これだけで友達ができる確率は50%以上跳ね上がる」

「それって……?」

 誰にでも。

 すぐにできること。

 それは――


「名前だよ」


 仲良くなりたい人間の名前を呼ぶ。

 それだけのことだ。

「な、まえですか?」

「そう。人間っていう生き物は名前で呼ばれると、その人間のことを親しい人間だと錯覚することがある」

「錯覚って……。そんなものですか?」

「そんなもんだ。名前をさりげなく言うことによって、相手は反応する。これは絶対だ」

 特に三人以上で話す時。

 友好関係が浅い時ほど有効だが、話を振る時に使った方がいい。

 例えば、自分がA子とずっと話している時。

 隣にいるB子に目線をやって欲しい。

 絶対つまらなそうにしている。

 そんな時に、B子の名前を最初に言ってから、名前を呼ぶ。

 すると、B子の反応は劇的に変わる。

 私のことを相手してくれている! 嬉しい! と友好的になるのだ。

 この人は私の名前を呼んでくれて、しかも話を振ってくれるんだと。

 このテクニックはかなり使える。

 視点が広い人間にしか使えない技だ。

 この技が使えるのは、よほど他人に気遣える人間か、それとも常に一歩線を引いている人間。

 つまり、ぼっちの人間だ。

 ぼっちの人間だからこそ、この技は使える。

「他人と知り合いの区別は自分の名前を知っているか、知らないかだ。相手の名前を知っている。イコール興味を持っている。イコール私のことを分かってくれる。イコール友達だ。名前を呼ばずに会話するのと、名前を読んでから会話を始めるのとじゃ、相手の反応は別物になる」

 特に社会人とか目上の人間には使えるんだよな。

 媚び媚びの女子生徒が男の先生と話す時、耳を澄ませて欲しい。

 必ず名前を呼ぶから。

 そして名前を呼ぶ時、猫なで声になる。

 その時、男の先生はしょうがねぇな、俺は先生だぞ。もっと敬意を持った話し方をやれとか言いつつもその女性生徒に甘くなるだろう。

 そう。

 これが世渡りで必要なテクニックだ。

「知り合ってすぐ。しかも短期間しか劇的な効果はみられないけどな。それでも、話しかける時、特に複数人と話す時は絶大な効果を得られることができる」

「でも、それだけで?」

「……友達ができない人間の特徴は、すべからく『他人の名前を憶えていない』。これに尽きる」

「確かに、人の名前を憶えるのは苦手かもしれないですね……。転校してばかりで憶える暇がなかったのも原因かも知れないですけど」

「それは言い訳だな。本当に友達を作りたかったら、相手の名前をメモするぐらいじゃなきゃダメだ」

「メモって、そんなの相手に見られたら……」

「もちろん、話が終わってからだ。話が終わってからメモを取って、この人はこういう髪型で、こういう趣味を持って、ってプロフィールを作りさえすれば、その人間のことは憶えるはずだ。そうやってメモを取ることで、次会話するときに話題提供もできる」

 俺も人の名前を覚えるのが苦手だ。

 そもそも他人に興味がないからな。

 みんな無意味な会話を繰り広げるけど、よくそれで人生を謳歌できているものだと感心さえしている。

 全く記憶できないから、メモって俺にとっては必須だった。

 今の俺はメモをする必要性もないと思っているけどな。

「そ、そこまでするんですか?」

「そこまでする。友達ができない? そんなの言い訳だ。努力もしていない内に友達ができないなんて弱音を吐くやつは大嫌いだ!!」

 ちなみに話が終わっても名前を憶えられない!! っていう人間には、スマホをお勧めする。

 会話の途中でスマホをいじってメモを取ればいい。

 長時間いじっていると、流石に自分が相手にいじられることにはなる。

 が、誰かから通知が来た、とか小声で呟いたりして、スッとすぐにメモを取ってポケットに直せば問題ない。

 相手の名前を忘れたら、何気ない顔でまたスマホを取り出して、自分のメモした情報をもとに、また会話を繰り返す。

 そうすれば、何の問題もなく会話できる。

 仮に話題提供がなくて困っている、っていう人間がいれば、これを応用すればいい。

「あとは、前日にカンペを作っておくのも手だな」

「カンペ、ですか?」

「話題が尽きた時ように、話題を事前に作っておくんだよ」

「そ、そんなことまでするんですか……」

「友達を作るのって簡単なことじゃないからな」

 箇条書きにしておけば、話題提供を振れるからオススメだ。

 ただ、スマホを見ながら会話すると、不審がられるから、必ず話題を振る時には相手の目を見て話そう。

「いいか。名前すら憶えていなかったら、どんな話も頭に入ってこない。相手もお前に心を許してくれない。名前は絶対に最初に憶えるべきことだ。ただし、注意点がある」

「注意点、ですか?」

「今、お前は村上っていう名前は知っているな」

「はい」

「最初は村上のことを名前で呼ぶな。相手が自己紹介するまで名前は知らないふりをしろ」

「なんでですか?」

「不審がるだろ。なんで知り合いもいないお前が自分の名前を知っているのかって。そして、唯一話している俺から聞いたんだってすぐに察しがつく。それだけは避けなくちゃいかない。俺と同類と見られたら、お前だって村八分されるんだからな」

 こいつは、本当に危機感ないな。

 本来ならば、今この状況が非常にまずいのを分かっていない。

「そもそも男子とだけ話しているこの状況は非常に不味い。できればすぐに辞めたほうがいいぐらいだ」

「どうしてですか?」

「女子が嫉妬するからだ」

「え?」

 分かりやすく距離を取って来る。

 そういうことじゃない!!

「引くな!! 俺だって自分がイケメンだと思い込んでいるわけじゃない!! 相手の男がどれだけブサイクだったとしても、女は嫉妬するんだよ」

 別に、他の女子に嫉妬されるぐらい、俺はイケメンなんだぜ。

 と、ナルシスストにいきなりなったわけじゃない。

 ちゃんとした根拠だってある。

「オタサーの姫だって、たいして可愛くない。オタク達も気持ち悪いのに、オタサーの姫って、女子にめちゃくちゃ叩かれるだろ? それと同じだ」

「大学生じゃないから、その例え方いまいち分からないんですけど……」

「俺だって大学生じゃないけど! 分かるだろ! 大体!」

「ま、まあ?」

 なんなんだこの反応は。

 反応が薄すぎる。

 こんなんだから、こいつぼっちになっているんじゃないか。

 もっと陽キャを見習え。

 あいつら演技かってぐらい大袈裟なリアクションをするだろ?

 あれを見本にしてリアクション芸を極めろ。

「ともかく男と絡むのは極力避けた方がいい。特に、教室で俺と絡むのは止めろ」

 俺達のことを目撃していた女子が、転校生のところまで駆けつけてからかわる。

 そんな絵がすぐに想像できる。

 女子達はこう言うだろう。

『ええ、井坂さんってああいう男の人がタイプなのー。意外ー』

『ねー、ちょっと趣味悪いっていうかー、なんであんなボッチの人と話しているのー』

 とか、散々な事を言うだろう。

 そして、考え方はこうだ。

『精一杯の嫌味を言うことで、自分は余裕がある』

『男と話せないけど、それは自分がモテないからじゃない』

『私は、男運がないだけ』

『ていうか、そもそもなんであんなしょぼい男と話す転校生が、趣味悪いよね』

 と、吹き出す嫉妬心を何とか誤魔化すためにやることだ。

 まあ、嫉妬心というか、ただただ自分が異性と日常的に話すことすらできない可哀想な人間であることを認めたくないだけかな。

 常に男子と話している女子は、わざわざちょっかいかけないから、間違いない!!

「『女子は自分から男子に話してはいけない』。そんな暗黙の了解ぐらい察することができないのか? いいか。ほんのちょっとしたことでも話しかけてみろ。それだけで呼び出されて『なに話してたの? どうせくらだないことだよね?』と、牽制を入れられる。本音は『男に色目使ってんじゃねえよ、ブス』だけどな」

「そ、そんなに殺伐としてるんですか? 女子って?」

「お前が知らないだけで、女子の世界は厳しいんだよ。男子なんかと違って」

「あなた、男ですよね!?」

 女子は男って馬鹿だよねー、すごい楽そうー、男子ってぇ、そういう悩みなくて、掃除時間なんて箒振り回して遊んでるよねー、私達はあ、こういう酷い世界に生きているのお、辛いのお、大人なの。あなたたち男子は餓鬼なのと、謎マウントと不幸自慢してくるからなー。

 男子は男子で気が付いていない振りしているんだけどな。

 こっちだってモテる男子、女子と関わりがある男子に普通に嫉妬している。

 でも必死で抑えている。

 何も気が付いてない振りをして、自分の人生が楽しくなるように生きているだけなんだけどなあ。

 それすらも分からずに男子批判する女子の方がよっぽど子どもっぽいんだけど、言い返したら、発狂するか、泣いたふりして、女子連合がヤンキーみたく囲んでくるから、男は何も言いません。

 はいはい、馬鹿です、男子が悪かったです。

 と、とりあえず謝っておく。

 これが世の理だ。

 つまり、男は辛いよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る