第5話 転校生の井坂幸は何も知らない(5)

 村上はパン派。

 それしかあり得ない。

 朝からご飯を食べるなんてデブのやること。

 そう言った村上に、首を傾げたモブ子あいつらの喧嘩の原因。

 そう告げた時の転校生の顔は面白いぐらいに硬直していた。

「え?」

「村上は朝パン派で、モブ子はごはん派だから、朝パンだとお腹減りませんか? って質問しただけで、あのブチギレ具合だよ」

「……そんなことで?」

「ああ、そんなことであいつは本気でキレている」

 唖然としている。

 でもさ、そんなもんなんだよなあ。

 人が本気でキレる理由なんてそんなもんなんだ。

 まあ、あいつの場合はちゃんと背景があるけどな。

「あいつはさ、高校デビューなんだよ」

 村上夏樹。

 あいつとはそれなりの付き合いだ。

 まさか、同じ高校に入学するとは思わなかった。

「もしかして、中学の時から?」

「ああ、同中だよ」

 あの頃とはまるで違う。

 中学の時は、温厚でもっと接しやすい奴だったんだけどな。

「元々あいつは、教室の隅にいるような連中だったよ」

 今とはまるで真逆だ。

 クラスカーストの頂点に立つあいつはただの高校デビューだ。

 そんなの、同じ中学の奴なら誰だって知っている。

 だが、告げ口はしないだろう。

 そんな度胸のある奴はいない。

 そんなことを言ったら、村上に何をされるか分からないからな。

 あいつは、今の立場に執着している。

 それも異常なまでに。

 それは、傍から見るだけでも伝わってくるからなあ。

「群れの頂点を極める奴っていうのは、大体粗野な言動で頭が悪い奴が多い。だけどここの学校は進学校。中学の時にスクールカースト上位にいた連中は軒並み学力の低い高校に進学するか、就職した。つまり、王座は空席となった」

 不思議だよなあ。

 環境が変わるだけで、今までスクールカースト下位だった奴が、上位に一気に躍り出たわけだから。

 そして、村上は変わってしまった。

 中学で息巻いていた連中は、未だに好きになれない。

 だが、あいつらは、あいつらでストッパーがあった。

 でも、村上にはそれがない。

「空席に座ったのがあいつだ。だからこそ必死なんだよ。高校生活は椅子取りゲームだ。いつ自分の席が奪われるか分からない。その不安からか、あいつには余裕が一切ない。だから自分を否定する奴に容赦がない」

 村上は生まれてからずっと頂点に立ったわけじゃない。

 だから、振舞い方が分からない。

 どっしり構えて入ればいいのに、いつ誰かにその地位を脅かされるか分からないから、とにかく周りに牽制を入れる。

 敵じゃない奴を敵視する。

 勝手に仮想敵を作り上げてしまう。

 結局、あいつは昔自分がされたことをそのまま再現しようとしているだけだ。

 自分が虐げられて嫌だったはずのことを、他人にしているだけだ。

 だけど、それはあくまで劣化コピー。

 どこまでいっても振舞い方に違和感しかない。

 俺からすればな。

「最初からスクールカーストの頂点に立っている奴は、寛容な奴が多いんだけどな。あの手のタイプがスクールカーストの頂点に立つと面倒なんだよなあ」

「それで、それで、みんな納得しているんですか?」

「元は部外者のお前からしたら異常だろうけどさ。ここまでくるのに色々とあったわけよ。それで、みんな納得したんだ」

「あんなに乱暴なのにですか?」

「乱暴だからだよ。誰だって自分は傷つきたくない。だから他人を傷つける覚悟を持つ奴が頂点に立つ。当たり前のことだ」

 転校生だからな。

 切り取られた場面だけ見れば、そりゃあ、そういう反応になる。

 理解できないだろう。

 場所が違えば村上こそいじめられるような対象になりかねないが、ここでは村上の絶対王政がまかり通っている。

 だけど、どれだけ横暴でも、どれだけ自己中でも。

 自分が傷つきたくない。

 そう思ったら最後、例え教師であっても村上には逆らえない。

「あいつはボス猿なんだよ」

「ボス猿?」

「ああ。他のどこからの集団じゃ全く通じない。だけど、この学校、この学年限定なら、あいつは確かに頂点にいる。だから、あいつはボス猿だよ」

 肉食動物。

 そんなものに例えるほど強大な力は持っていない。

 でも、だからこそ厄介。

 ボス猿の支配されたクラスでどう生き残るか。

 それをしっかり教えてやろう。

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