第4話 転校生の井坂幸は何も知らない(4)

 転校生に友達を作らせてやる。

 そうすれば、金魚の糞みたいにくっついてくるこいつは、友達に依存してくれるだろう。

 俺は呪縛から解放されたい。

 そのために、俺達は教室近くまで戻ってきた。

 さっきまでいた場所で、身振り手振りで教えてやってもいい。

 だが、それだと効率が悪い。

 実際に見たほうが分かりやすいだろう。

 例も出しやすいしな。

「そもそも、『友達』の定義を知っているか?」

 突然の俺の質問に、井坂は宙に視線を漂わせる。

「え? それは、一緒に遊んだりする人のことですよね?」

「そうだな。一緒にいる。ただそれだけが友達の条件。あれを見てみろ」

 指をさしたその先には、女子グループ。

 それも最も華やかなグループだ。

 四人、五人ぐらいの人数。

 一人二人が別のグループを行き来したりはするが、三人ぐらいは固定メンバー。

 そのリーダー格の名前は、

「村上夏樹。あいつらのことを見てどう思う?」

 薄っすら化粧をしていて、手首にはシュシュを付けている。

 垢ぬけた表情をしていて、手ぶりが大きく声がはっきりしている。

 このクラスでの頂上の景色を知らなければ、あそこまでは自己主張できない。

 随分と変わったな。

 昔に比べて。

 化粧だって随分上手くなった。

 高校生で背伸びして化粧する人というのは、ファンデが濃すぎる奴が多い。

 大体の奴が、せっかくの地肌の良さを殺すような化粧をする、慣れてない感が見える。

 村上もそうだったのだが、上達しているな。

「……見ましたけど」

「何か感じることはあるか?」

「いえ、特に。普通ですけど……」

「会話をよく聴いてみろ」

 少し近づく。

 廊下から、より教室の窓にへと。

 そして、他の人間には気づかれないようこっそりと。

「そしたらこの前さー、清水の奴がコケてんの! しかもスタートダッシュで。面白くない?」

「う、うん。そうだね」

「でしょ! そう思うよね?」

 という、女子たちの会話。

 それを聴いても、ピンとこないようだ。

「普通の会話だと思いますけど?」

「ああ、普通だな。ありふりた会話だ。どこにでもある絶対服従を感じさせる『友情』とやらが伴った会話だな」

「ええ? どこが!?」

 うーむ。

 大分分かりやすい会話だったんだけど、分からないもんだな。

 んじゃあ、順を追って説明していくか。

「さっきからモブ子は自分の話をしていないだろ」

「モブ子!?」

「ひたすら村上の話を聞いているだけの奴のことだよ。否定せず、ひたすら機嫌を損ねないようにウンウン頷いているだけ。自分の意見は何も言わない。モブ子だろ?」

「は、はあ?」

 もしもこの世界が物語ならば、エンドロールでモブ子ぐらいしか名前を呼ばれないぐらいに影薄いからいいんだよ、このぐらいの呼び名で。

 ああ、でも勘違いはしないで欲しい。


「あれがお前のお手本。友達を作りたかったらモブ子になれ」

 

 モブ子は尊い。

 あれこそが理想の人間像といっていい。

「―――――え?」

 驚いているが、間違いない。

 何の意見も出さずに、ただ流されるだけ。

 それが友達のあるべき姿だ。

「あのー。対等に話し合うのが『お友達』というやつじゃないんですか?」

「この世に対等でいられる人間は、究極的には存在しないね。特に学校なんてところは優劣をつけたがるからな。お前だって、コミュ障って見下されてるから、誰からも話しかけられないんじゃないのか」

 社会人は大人だから、本音を隠すだろう。

 だが、高校生っていうのはガキそのもの。

 言いたいことを言えてしまう。

 そこに遠慮なんてない。

 監視役であるはずの教師は、モンスターペアレントを恐れて体罰どころか注意すらしっかりできるか怪しいものだ。

 今時の親は子どもに嫌われたくないからと、子どもの友達に成り下がっている。

 昭和にいそうな近所の頑固おやじなんて、今時挨拶しただけで警察を呼ばれるこの令和に生き残りなんているはずもない。

 この時代、子どものストッパーの役割になるやつなんていない。

 俺達高校生だってそれが分かっている。

 どんなことをしたって、どいついもこいつも俺達を恐れている。

 何もできない無能。

 それが大人だ。

 だから増長する。

 いくらでも他人を見下し、悪口をいいまくることができる。

 だから子どもの世界は、厳しい。

 子どもの自殺率が年々上がっているといわれるのも納得だ。

 この弱肉強食の世界。

 生き残るためには、頂点に立つ肉食毒物になるか、肉食動物にいつ食われるか分からないが、機嫌を損ねないようにひたすら危機回避能力に長けた草食動物になるか。

 その二択しかない。

 そして、よっぽどのことがない限りこの関係性は覆らない。

 他人を平気で傷つけるのも才能だからな。

 誰もがなろうと思って肉食動物になれるわけじゃない。

「あのモブ子のようにお前はただ黙って強者の言うことだけを聴いていればいい。この教室というサバンナを生き残るために、したたかさを持って草食動物になれ。それがお前に唯一できることだ」

「何の話しているんですか!?」

 うん。

 心の中で思っていたことをそのまま言ってしまった。

 ひとりぼっちだと思慮深くなれるが、ついつい過程をすっ飛ばして結果だけを言ってしまうな。

 反省するつもりはさらさらないけど、理解はした。

「――とにかく、友達が欲しければモブ子になれってことだ。頂点の人間に媚びへつらってある程度の地位に付けば、みんなお前と友達になってくれるんだよ」

「あの、それって、友達ですか?」

「は?」

 何言っているのこの人? みたいな顔をされるけど、こっちが言いたいぐらいなんだが。

 こいつ、今何を質問してきた?

 当たり前のことを質問してきたよな。

 馬鹿か?

「ほら、そうだ! 言い返したらどうなります? そうすれば、お互い対等じゃないですか? 言いたいことを言い合えるのを『友達』っていうんじゃないんですか? 私も対等でありたいっていうか、その食うか食われる? みたいな関係性は嫌なん――」

「今だ!! よく耳を澄ませ!!」

「え?」

 グッドタイミング。

 やっぱり普段からいいことしかしていない俺には、幸運が似合うな。

 さっきから、村上はモブ子と話をしていた。

 その全てを、俺は転校生と話しながら聴いていた。

 男はマルチタスクが苦手という説はあるが、陰口を言われ慣れている俺としては、他人の話に聞き耳を立てるのは簡単。むしろ、日常。空気を吸うのと同じぐらい楽勝なことなのだ。

「はあ?」

 村上がキレている。

 モブ子がえ? そうなのかな? と村上の発言に首を傾げたというとても些細なことで。

 何も悪いことをしていないのに、失言したように謝罪するモブ子。

「あっ、なんでもない、なんでもない!! 村上さんの言うとおりだよね」

「そうだよねえ! 当たり前だよねえ!!」

 高圧的な物言い。

 誰も逆らってはいけない。

 そう思わせる会話の流れだったな。

「いいタイミングで言い返したな」

「あの、何ですか? 何の話をしていたんですか?」

 聞き逃していた転校生に教えてやる。

 あいつらが一触即発の状況になっている、その原因を。

「村上は、朝パン派らしい」

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