第3話 転校生の井坂幸は何も知らない(3)

「すいません、あのー」

 授業の合間に挟まる休み時間。

 普段だったら疲れをとるために、机に突っ伏して寝る。

 予習復習、宿題をやっていたりとか。

 それか、トイレか、水分補給か。

 とにかく意味のあることをする。

 無意味なことはしない主義だ。

 無駄な時間を浪費するのは趣味ではない。

 Youtubeとかテレビとか。

 そんな無意味な話し合いをする奴らとは違う。

 毎日毎日同じような話題ばかりで、飽きないのかなあのクラスメイト達は。

「あの、聞えてます?」

 どこに行こうかなんて指針はない。

 とりあえず、席を立った。

 廊下を出て、階段を下がっていく。

 このまま行けば、どこに行くのだろうか。

 保健室とかはあるけれど、そんなところに行くつもりはない。

 本当だったら教室にいたかったけれど、そうもいかなかった。

 話しかけてくる奴がいたのだ。

 周りで見ている連中がたくさんいるっていうのに。

「あのー!!」

「うおっ!!」

 耳音で大声を出されて、リアクションをしてしまった。

 どこまでついてくる気だ、こいつ。

「うっさいなあ、なんだあんた!!」

「だ、だって、さっきから隣にいたのに、聞こえないのかなって」

「無視してんだよ!! 無視をよ!! なんで気が付かないかなあ!!」

 井坂とかいったか。

 この転校生に何やら付きまとわれている。

 やれやれ。

 ちょっとした仏心で助けてやったのが仇となったのか。

 俺のことを少しでも知っていれば、話しかけるなんてしないのに。

 面倒なことになったなあ。

「あの、なんで私のこと無視するんですか?」

「俺みたいなぼっちに話しかけてきたら、あんたもぼっちになるだろ!! ちょっとは頭つかえよ? あんた、馬鹿なのか!?」

「ああ、ありがとうございます。私のことをそこまで考えてくれているんですね」

「ポジティブか!!」

 全然こちらの意図が伝わっていない。

 逆に感心するんだが。

「あのねー。最初が肝心なんだよ、最初が。人間っていうのはさ、基本的に楽したい生き物なんだよ」

「楽って?」

 ポカン、としてやがる。

 ああ、はいはい。

 こいつは何も考えられないアホってことが分かった。

 もうちっと色々アンテナ張って物事を深く考えろ!!

「いいか。この世で最も難しいことは、勉強や仕事なんかじゃない。人間関係だ。そうだよなあ。家族だったらあれちょうだい、って言っただけで、醤油を取ってくれる。なのに、こんな豚箱みたいな糞空間の教室に他人をぶち込まれる。コミュニケーションなんて面倒なことやってられるかって感じだよなあ!! だから、どいつもこいつも楽をして群がるんだ」

「楽をしてって、どういうことですか?」

「見知った人間なら苦労しなくていい。高校一年の時は、中学一緒の奴とまず絡む。高校二年の時は、一年の奴と絡む。その輪に新参者が入れるかどうか。これは陰キャにとって非常に困難な行為だ……」

 新しく友達を作るために困難なこと。

 それは、既に人間関係が出来上がっていることだ。

 最初から仲がいい人達に、自分を混ぜてもらう。

 そのハードルを越えるためには、とてつもない勇気と根性が必要となる。

 あらゆるものを振り絞って声をかけたら、えっ、なに? 今楽しくおしゃべりしているんだけどって顔になる。

 仮に一人の時を狙って話しかけても、うわっ、なに、怖い怖いみたいに、引かれてしまう。

 そのファーストコンタクトで失敗すると全てが終わる。

「最初につまづいたら、あることないこと、SNSで情報共有される。だから、あんたは今、ぼっちの俺と一緒にいることを誰かに見られたら、すぐに拡散されるぞ」

 ちょいと昔ならば挽回できたかもしれない。

 だが、今はレッテルが高速で萬栄する。

 疑惑の種は、花が咲いていなくとも咲いたことになる。

 そういう時代なのだ。

 たまたま芸能人が一緒にいただけで浮気扱い。

 後々疑惑が晴れても、浮気タレントのレッテルは消えない。

 いつまでも印象に残り続ける。

 最初の印象が消えるってことは、ほとんどない。

 悪い印象であればあるほど。

 まあ、有名税というか、やっかみが入っているんだろうけれど。

 それでも、俺達一般人にだってそれは適用される。

 とにかく、24時間ずっと気を付けなければならない。

 失点があってはならないのだ。

「いやー、でも、話しかけられる人があなたしかいなくて……」

 おっとりとしながら話すそれは、まるで小動物。

 温いな。

 学生時代っていうのは食うか食われるか。

 食物連鎖の世界。

 誰かを食う勇気がなければ、食われないために必死になって努力しなければならないっていうのに。

 蹄でも爪でも牙でも。

 とにかく武器が必要なのだ。

 それなのに、こいつは敵前逃亡もいいところだ。

 こんなクラスカースト最底辺の俺に話しかけるところを考えるとな。

「悪いけど、俺はあんたに友達を紹介なんてできないよ。だって俺はぼっちだからな」

「あっ、ぼっちなんですか」

「なんだ、その言い方は」

 まるで俺がぼっちであることを、同情しているような言い方だったぞ、今。

「俺はぼっちを選んでやっているの!! そりゃあ、俺だってぼっちじゃない方がいいかもしれないって思ってたころもあったけどさ……」

 言い淀んだ俺に、何かを感じたのか恐る恐るといった感じで訊いてくる。

「あったけど?」

「向いてないの、俺には」

 そう。

 向いていない。

 この表現が一番しっくりくる。

「サッカーみんな得意かな? 国語は? 家事は? 人によって得意不得意っていうやつがあるのに、コミュニケーションはとれないだけで批判されるのっておかしくない? 俺には他人と話すのが得意じゃなかった。ただそれだけのことなんだ」

 どれだけ努力したって、必ず人それぞれ優劣がついてしまう。

 それが個性っていうやつだ。

 勉強やスポーツ、家事とか、そういったものができなくとも、ある程度の理解はされるような世の中になってきている気がする。

 根性さえあればなんとでもなる。

 そんな熱血ドラマなんて今どき流行らない。

 再放送で観るぐらいなもの。

 なのに。

 人とまともに話せない。

 それに関しての理解度っていうのは、未だにない気がするんだよなあ。

 ちょっとでも、どもったら、からかわれたり、馬鹿にされたり。

 まともに話せないって、そんなにダメなことなのかな。

「まあ、分かんないよな。これだけ否定されるってことは、みんな得意ってことなんだから」

「分かる、気がします」

「え?」

「私、親の仕事で転校が多くて、その、あまり人と仲良くするのが苦手で……」

「……ただの言い訳だな」

「うぐっ」

 でも、そっか。

 やり方は間違っているけど、こいつはこいつなりに真剣なんだな。

 誰かと仲良くなりたいって本気なんだな。

「しょうがないな、教えてやるよ」

「え?」

 どれだけ引き離しても、ストーカー並みについてきそうだし。

 乗り掛かった舟ってことで、少しは助けてやるか。

「ぼっちの俺が、あんたに『友達の作り方』をだよ」

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