第2話 転校生の井坂幸は何も知らない(2)

「転校生の井坂幸だ。新しい学年でみんな新しい人がチラホラいるだろうが、井坂にとっては全員が新しい出会いだ。不安でいっぱいだろう。みんな、仲良くしてやるように」

 二年生としての新学期。

 新しい学年で新しいクラス。

 俺は頭を抱えそうになった。

「嘘だろ……」

 隣にいるのは、先日出会った転校生だった。

 もう出会うこともないだろうからと思って、ベラベラと喋ってしまった。

 飼うつもりのない犬に餌を与えてしまったような気持ちだ。

 これで懐かれたら最悪だ。

「それじゃあ、井坂。ここにきて自己紹介を……できるか?」

「は、はい!」

 檀上に上がると、みんなからため息が出る。

 ただ転入生が物珍しいからではない。

 それなりに美人だからだろう。

 育ちがよさそうで、どこか気品がある。

 家庭に恵まれているのか、顔に『お人よし』ですと書いているよう。

 みんなと違って新品の制服は汚れていなく綺麗だ。裾を折り曲げて短めにしているスカートを揺らす。

 長い髪の毛からはらり、とどこからくっつけたのかは知らないが桜の花びらが一枚舞う。それに気が付いた井坂は顔を赤らめ照れると、うわっ、可愛いと男子生徒から思わず本音の一言が漏れた。

 その一言が聴こえたのか余計に紅潮させながらも、何とか声を絞り出す。

「ど、どうも、みなさん。井坂幸です。よ、よろしくお願いします……」

 緊張のあまり声がかすれているし、自己紹介が短すぎる。

 もっと趣味とか、この学校に入って自分がしたいこととかを付け足さないとこのクラスに速く馴染めないだろうに。

 もっとうまく立ち回れないのか。

「はい、ありがとう。みんな拍手」

 絶妙のタイミングで壇上から井坂を席に返す。

 流石は大人。

 空気が読めるな。

 先生っていう生徒に上から命令して悦に入っている人種は大嫌いだが、歳を重ねているだけのことはある。あれ以上空白の時間が流れていたら、井坂ももっと気まずく思っていただろう。やるな、先生。

「あー、それと、有川。お前、井坂の隣なんだから色々と世話してやるように。この学校は不慣れだろうからな」

 はい、前言撤回します。

 空気読めよおおおおおおおおおお!!

 お前、確かにな、確かに転校生とは隣同士だよ。

 だけど、俺がそんな世話好きに見えるか?

 どこからどうみてもぼっちだろ。

 他人の世話をする余裕なんてない。

 俺は俺の世話しか見られないんだよ。

「よ、よろしくお願いします」

「……どうも」

 聴こえていない振りをしようにも、残念ながら俺と転校生は一番前の特等席。

 先生が睨みを利かせている今、聞き流すわけにもいかない。

 誰だよ。

 出席番号で席を決めようなんて考えた奴は。

 普通に、くじ引きとかでランダムでいいだろ。

 この苗字に生まれてから損しかしていない。

「うわっ、嘘でしょ。先生正気? あの有川に転校生のこと頼むなんて」

「建前でしょ。先生だって有川のこと知っているんだから。あの問題児のこと」

「知っている? 有川って入学試験で学年主席だったらしいよ」

「え? そうなの? でも一年の時、檀上であいさつしなかったじゃない」

「ああ、あれ、あまりにも有川に問題があるからって、先生たちが挨拶する生徒を変えたんだって」

「うっそ。それって、よっぽどじゃない? やっぱり、有川ってヤバい奴じゃん……」

 ザワザワと、クラスの連中が勝手なことを言って騒いでいる。

 本人聴こえる音量で寄ってたかって悪口を言う奴らの方が、ヤバい奴だと思うんだけどなー。

「あのー」

「あのさ、無理して話しかけてこなくていいから」

「は?」

 超小声で話せば先生に聴こえないか。

 何も知らない転校生に忠告しておいてやろう。

「だから、無理して話しかけていいって。それとも他の奴に話しかける度胸ないの? 友達つくりたいなら勇気を出せ。ほら、あそこにいる女子いるだろ? 気が強そうで、両髪を縛っている奴」

「あっ、はい」

「あいつがこのクラスの顔役だから。あいつに話しかけるといいよ。このクラスでうまくやっていきたたければ、あいつの言うことにウンウン頷いていればなんとかなるから。じゃっ、そういうことで。俺には一切話しかけないでくださいね」

「え? ちょっと!?」

 そう言って俺は顔を逸らす。

 転入生が何か言いたそうだが、そろそろ口を閉ざすことした方がいい。

 じゃないと、

「あー、みんな騒がしいぞー、静かに!」

 騒がしくなった教室を、先生が治めようとするからな。

 よし。

 俺はちゃんと先生が注意する前にお喋りを早々に止めたから、内申点に影響はないだろう。

 それに、先生の言うとおり、親切にもこのクラスでの処世術を授けてやった。

 これで先生のいう世話はしてやったつもりだ。

 誰と仲良くするか。

 誰に媚を売るか。

 それが学校という閉鎖された場所で年単位、楽に過ごせるかを大きく左右する。

 郷に入っては郷に従え。

 俺はこのクラスのルールを知っている。

 値千金の情報を与えてやったのだ。

 これで俺の役目は終わりだな。

 俺の充実したぼっちライフの再開だ。

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