あなたの恨み、晴らします
伊崎夢玖
第1話
『恨み買い取り屋』
この店は強い恨みを持つ人の前に現れるという都市伝説級の店。
恨みを晴らすのを手伝う代わりにそれ相応の代償は支払う。
代償はその人の恨みの強さによって異なる。
恨みが強ければ強い程、代償は多く支払わなければならない。
『人を呪わば穴二つ』ということだ。
十一月某日。
「その目、なんだよ」
「舐めてんじゃねぇよ」
「生意気なんだよ」
俺のクラスの不良グループに体育館裏に呼び出され、いつものように恐喝された。
しかし、これが毎日続いて、さすがにもう奴らの言いなりになることに疲れた。
断ってその場を離れようと奴らに背を向けた時、頭を鈍器のような物で殴られ、倒れた所を集団で暴行してきた。
腹を蹴られ、顔を殴られ…。
どれくらい時間が過ぎたのか分からない。
奴らは気が済んだのか、俺を残してどこかへ行った。
荷物は教室に置きっぱなし。
だけど、暴行を受けた体で取りに行くには辛かった。
今日持って帰らないとならない荷物はないからそのままにして、痛む体を引きずって校門を出る。
いつも通る道を歩いて家に向かっていた――はずだった。
知らない間に薄暗い路地裏を歩いていた。
突き当たりに一軒の店がある。
表に置いてある看板には見たこともない文字が書かれている。
店の中を扉の横の窓から覗いていると、急に店の扉が開いた。
「こんな所ではなんですし、中へどうぞ」
可愛らしい女の子が店内へ促してきた。
彼女に先導されて店の奥へ向かうと、男の子か女の子か性別が分からない子がカウンターで座っていた。
「ボクはカタリィ・ノヴェル。カタリと呼んでください。君を入口まで迎えに行ったのはリンドバーグ。バーグさんと呼んでください。決してバーグと呼び捨ててはいけません。バーグさんときちんと呼んであげてください。っと、自己紹介はこの辺にしておいて、まずは君のことを知りたいので、ボクの手に君の手を重ねてください」
催眠術にかかったかのようにカタリと名乗る子の手に俺の手を重ねた。
その瞬間、俺の記憶がどこかへ行く感覚を感じた。
「おや、かなりお困りのようですね。そんなあなたにはこれを差し上げましょう」
カタリはカウンターの下から小瓶五本が入った袋を取り出した。
「中身は至って普通の水です。試飲してみますか?」
コクリと頷くと、カタリはカウンターの下から新たに一本小瓶を取り出して俺に差し出した。
「どうぞ」
強制されているわけではないのに、何故か飲まなければならない気がして一気に飲み干す。
カタリの言う通り、中身はただの水だった。
「普通の水とご理解いただいた所ですが、これはただの水ではありません。あなたが望んだことが実際に起こります。死ねと望めば、これを飲んだ相手は死にます」
「自殺することも可能ですか?」
「もちろんです。あなたがそう望めば」
「…すごく欲しいですが、今手持ちがありません」
「お代は結構です。どうぞ、お受け取りください」
小瓶五本が入った袋を受け取った。
「あなたに幸福が訪れますように」
カタリはニコリと笑って手を振る。
袋を下げ、来た時同様、バーグさんの先導で店の出口へ向かう。
「バーグさん、カタリとバーグさんは何者なんですか?」
「カタリはとある使命で左目に
「またこの店に来れますか?」
「あなたが望めばいつでも。それでは、またのご来店をお待ち申し上げております」
腰を九十度曲げて頭を下げるバーグさんに見送られ、俺は店を出た。
バタン。
店の扉が閉まる。
店の奥のカウンターに真顔で座るカタリにバーグさんは気になっていることを尋ねた。
「カタリ、先程の少年は再びこの店に訪れるでしょうか?」
「訪れることはありません。それが幸福なのか不幸なのかは彼次第ですが…」
バーグさんは彼が去った入口を悲しい面持ちで見つめた。
扉が閉まったと思って振り返る。
しかし、そこにはあるはずの扉はなく、突き当たりでもなかった。
出口から出た時は薄暗いと思っていた路地裏だったはずなのに、今いるのは街灯の下だった。
(さっきのは夢か?)
そう思ったが、手にはカタリから受け取った袋に入った小瓶が五つ。
夢ではない。
現実だ。
カタリは言った。
『あなたが望んだことが実際に起こります』
嘘だと思いたかったが、なぜか嘘だとは思えなかった。
(明日試してみるか)
そして、カタリから受け取った袋をしっかりと握りしめた。
翌日、いつもの拷問のような一日が始まった。
クラスで俺の居場所はない。
担任もクラスメイトも俺を空気のように扱う。
不良グループから暴行されていると担任に抗議したが、何かしてくれる、助けてくれるということはなかった。
クラスメイトたちも、俺が不良グループから暴行されているのを知っていて、誰も助けてくれない。
不良グループの暴行の次のターゲットになるのが嫌なのだ。
(もう誰も信じない)
俺はずっと孤独だった。
だけど、一度だけ嬉しいことがあった。
クラス委員長の藤堂さん、彼女が一度だけ助けてくれた。
これがきっかけで彼女に好意を抱くようになった。
本当に嬉しかった。
この出来事だけでここまでやってこれた。
だけど、それも今日で終わり。
給食の時間になった。
今日の配膳係は俺、ただ一人。
誰も手伝ってくれない。
配膳する料理を調理場から運ぶ。
誰も見ていない今が好機だった。
今日のメニューのポトフにカタリから受け取った小瓶を四本入れる。
(クラス全員死んでしまえっ!!)
お玉で混ぜながら強く願った。
教室に料理を運び、配膳を終え、皆が各々食べ始めた。
(ポトフ好きだけど、今日は食べるのやめておくか)
給食の時間はあっという間に終わり、片付けをする。
俺のクラスは担任の意向で苦手な物でも全部食べなければならない。
最後までポトフを食べずにいると、さっさと食べ終えて片付けが終わったクラスメイトがバタバタと倒れ始めた。
皆口から泡を吹いて、白目を剥いて、全身痙攣を起こしている。
(カタリからもらった小瓶は本物だったんだ)
俺以外の全員が給食を食べ終えている。
クラス中のあちこちから苦しみの声が聞こえた。
その中には藤堂さんもいた。
(俺を助けてくれたのに、ごめん)
昼休みが終わる頃、皆死んだ。
異常を察知した校長、教頭、学年主任がやってきた。
「これはどういうことだ?」
「何があった?」
「状況を説明しなさい」
各々口々にしゃべる。
俺は聖徳太子じゃないんだ。
一気にしゃべらないでもらいたい。
「給食を配膳して、食べ終わった生徒から突然バタバタと倒れ始めました。私のクラスは担任の意向で残すことはできません。何を食べてこうなったのか分かりません」
全部噓八百だ。
すぐに警察がやってきた。
現場検証とかいろいろしていた。
唯一の生き残りである俺は重要参考人であり、犯人として考えられているはずだ。
夜までずっと拘束され、同じようなことを何度も聞かれた。
そして、やっと家に帰れたのは夜十時。
(いい加減疲れた…)
自室の机の引き出しに隠していた最後の一本を取り出した。
助けてくれた藤堂さんを手にかけた。
彼女のいない世界なんて生きていく価値がない。
「もう生きていたくない。死にたい…」
蓋を開け、一気に飲み干す。
途端に目から、鼻から、口から、耳から、穴という穴から血が噴き出した。
そこで俺の意識は途絶えた。
『――続いてのニュースです。昨日市内の中学校の一クラスで起きた集団毒殺事件で唯一生き残った生徒も昨夜自宅で亡くなっているのが発見されました――』
カタリとバーグさんは店でニュースを見ていた。
「あの少年、亡くなったんですね」
「そうみたいですね。やはりこの店に来ることはなかったでしょう?」
「カタリの言う通りでしたね」
「恨みが晴らせて幸福だったのか、不幸だったのか…それを知るのは彼のみぞ知ると言った所でしょうか」
パタンとカタリは手にしていた本を閉じた。
その瞬間、カタリとバーグさんのすぐ側で止まり木に止まった梟がホゥと鳴いた。
その泣き声が店に悲しく響いた。
あなたの恨み、晴らします 伊崎夢玖 @mkmk_69
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