16 楠木樹 君と夏と恋の終わり
楠木樹
君と夏と恋の終わり
「樹くん。あなたの本当に好きな人のところに行ってあげて」
二宮琴音に(琴音は泣きながら笑っていた)そう言われて、樹はあざりの元に急いで駆け戻った。
東雲神社に向かっている最中、樹は自分がいつの間にか、東雲あざりに『本当の恋』をしているのだと気がついた。
その思いを樹はちゃんとあざりに伝えることができた。
そしてその結果、(おそらく、そうなのだと思う)あざりは、樹の前から消えて、いなくなってしまった。
そのことを樹は後悔してはいなかった。(その日は一晩中泣いたけど……)
だって、あざりはきっと成仏できたのだと思ったから。
あのとき、僕の前から消えていったあざりは、泣いていたけど、確かに嬉しそうに、にっこりと笑っていたのだから。
最後にあざりは樹に「……ばいばい。いつき」と笑顔で言った。
でも樹は、あざりに「ばいばい。あざり」と笑顔で言うことができなかった。
そのことだけを樹は少しだけ後悔していた。
「にゃー」
樹の腕の中で黒猫が嬉しそうに鳴いた。
緑色の瞳をした迷子の黒猫。
東雲神社に迷い込んだこの猫を樹は自分の家で飼うことにした。(両親を説得するのに苦労をした)
樹は今もときどき、一人で東雲神社に出かけることがある。
そこに東雲あざりと言う一人の女の子はもういない。
この場所にいた彼女のことを知っているは、きっと世界で樹一人だけなのだと思う。(黒猫を除けば)
「あざり。僕たちはいつか、どこかでまた再会できるかな?」
そんなことを樹はつぶやく。
「僕は君のことを、いつか忘れてしまうのかな? それとも、ずっと君のことを覚えていることができるのかな?」
八月の夏の青空を見上げながら、楠木樹は一人言葉を紡ぐ。
その言葉に返事をしてくれる人は、……もう誰もいない。
こうして、樹の不思議な夏の恋は終わった。
一人の幽霊の女の子が消えて、あとに残ったのは、その女の子が樹の記憶の中に残していった、眩しい太陽のような笑顔だけだった。
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