僕はこの作品が好きです。

チクチクネズミ

誰にも読まれていない星を見つけるんだ。

 星が瞬いた。カタリィ・ノヴェルことカタリは、両指をダイヤの形にして蒼い目に当て、その星の輝きを観測した。星はおよそ八〇。輝きはルビーの緋色にも劣らぬほど赤く燃えている。

 カタリの詠目よめは天体観測所『カクヨム』より劣るが、その星のおおよその輝きを見ることができる。カタリは夜空を埋め尽くすほどの星をぐるっと一周して眺めた。


「いっぱい人が感動した作品なんだろうなぁ。あの星がどんな作品か読みたいけど、文字ばっかりなのはまだ苦手なんだよな」


 カタリが星を見上げながらつぶやくと、向こう丘に立っている天体観測所『カクヨム』が紫の空色に染められているのが見える。そしてはっと、早く戻らないと無自覚の口が悪いリンドバーグにどやされると焦り、地面を蹴った。


 『カクヨム』に戻ると、カタリは泥棒が入るように忍び足で壁際に沿って歩き、画面の前に座っているリンドバーグことバーグの機嫌をうかがった。

 左右中央計九つの画面には、カタリが先ほど外で見た星が浮かんでいる。星の輝きは様々で、部屋のLED電球よりも明るいものから今にも消えそうなほどの薄暗い星と様々だ。すると右画面と中央上の星が瞬き、並列計算を始める。


「検索id97563星七つ増加。続いてこちらは星五増加。今日もいっぱい星が瞬いてますね。明日の注目作品はこっちの星七つものにしましょう。カタリ君そこにいますよね。次の作品の配送をお願いしますよ」

「あっ……わかった? やっぱり人はAIに勝てないのか~」


 カタリは観念して彼女の前に出ると、バーグが椅子をぐるりと回転させると琥珀色の瞳の奥で動いていたコンピューターが一時停止する。


「カタリ君、また作品の星を詠目で眺めていたのですか。戻ってきてからの方がそっちよりも正確なのに」

「自分の目で見たほうが作品の星の輝きが一番きれいなんだもの。画面越しだと、星がなんか……自然じゃないんだよね」

「画素の問題ですか?」

「そう言うのじゃなくて、もっとなんていうのかな。自分の目に入ってくる美しさが画面とか数字じゃ表せないんだ」


 手を大仰に広げてバーグに説明しようとするが、抽象的すぎるのか彼女は首をかしげるばかりであった。


「画素の話はもう置いときましょう。それより次のピックアップ作品の配送です。配送が遅れたら、作者が更新をなまけたのかと勘違いされますよ」

「はーい」


 わかってくれないなとカタリは肩を落としながら、パソコンに触りバーグが送ってくれた作品のファイルを開く。ファイルの中にある作品には星が添付されて、外の夜空の星と同じぐらいの色が瞬いている。

 いやほぼその通りである。

 この作品は文字通り星の輝きなのだ。この星の住民たちは、地球から送られた作品を見て感情が揺さぶられると夜空に星が顕現する。そうした胸打たれるほどの輝きを運ぶ作品を送る役目がカタリの仕事なのである。

 しかし、その当の本人は一つの作品を一瞥しただけでぐったりと椅子にもたれかけてしまった。


「ああ疲れた。バーグさん、一番おすすめしたい作品はどんなの?」

「星が多いものとしか私の場合は言えないです。むしろカタリ君が実際に読んだほうが良いのではないのですか?」

「いや、僕活字が苦手で……」

「作品の物語性を読み解くには人間であるカタリ君の方が分るのに……私は文章の上手さと文字数とかそういう見てわかるものしか判断できないのですから。そういうところが、人間がAIに勝てる部分ではないですか?」


 それはごもっともでとカタリは心の中でぼやく。カタリは再び作品に向き直るが、白い背景の中に浮かぶ黒い文字配列に目を凝らして熟読するが彼の神経がカンナで削られていくように意識が薄らいでいく。


「やっぱりしんどい。この量一つ一つ全部読むのは無理だよ」

「今はイベント期間中で作品が多い時期ですから。読者も作者も一番面白い作品を探しているのですよ。星の数や閲覧数だけにとどまらない面白い作品を欲しいと思っているのですから」


 バーグの言葉は明白である。ピックアップとは星の数ほどある作品の中から摘出する作業である。その作品に選ばれることはその作品を書いた作者にとって冥利つきることで、星の輝きが増すことになる。

 それがどれほど重要かカタリもよくわかっている。何度も何度も苦手な活字を読み込んでは休憩を繰り返していくと、頭の疲労でかある作品の画面を開いてしまった。

 しかしカタリは戻ろうともせずその作品を読んだ。じっくりと、時間をかけて。

 もちろんその異変にバーグはすぐに気づき、彼女は席を立ちカタリを呼びかけた。


「カタリ君、ずいぶんと作品を読んでいるようですが、どの作品を見ているのですか?」

「ああ、これ。イベント検索コードのKACで調べたら間違って開いちゃって。そのまま戻るのも悪いから読んでみたんだけど。これめっちゃ面白くてさ」

「ですがこれ、星は一つもないです。それどころか、閲覧数もカタリ君を除いて一人だけの作品ですよ。それに文章も下手ですし」


 バーグが髪をかき上げて、そう判断したのは彼女の右目に内蔵されている文章力解析を起動させたからだ。彼女の辛辣な言葉は高度なAIの機能による判断に基づくからであり、事実カタリが読んでいた作品はほかのものと比べてもあまりにも稚拙な文体であった。

 しかし、当の本人は少し納得がいかなかった。なぜか活字が苦手なカタリにでもこの作品は何か惹きつけられたのだ。


「ねえバーグさん。職員の僕でも星って送れるのですよね」

「そうですよ。増える星はどんなに頑張っても星三つ分までです。それ以上は増えないですよ。カタリ君、もしかしてそれをピックアップに載せる気ですか?」


 彼女の言葉にカタリは暫し無言だった。カタリ本人はこの作品は面白いと思う。しかし、文章は稚拙。見に来る人もいない。星の輝きもない。もしこれを選んだとしたらそれは自分の個人的な判断で下した不正だ。ピックアップに値するのは、もっと何人もの人が集合して輝くものを見つけるべきであること。それはカタリにもわかっている。

 だからこそである。


「……いや僕の個人的感情で選ぶと、他の人に迷惑ですから」

「迷惑ですか。でもカタリ君がそれを選んだこと自体は迷惑でしょうか?」

「どういうことですか?」

「いえ。それよりも早くピックアップ作品を選ばないとカタリ君のメールボックスがクレームのお手紙でパンクしますよ」


 バーグはそう言うとすぐに席に戻った。その時見えたバーグの小さい微笑みがカタリの蒼い目の網膜にしっかりと刻まれていた。




 ようやくピックアップに値できそうな作品を選び終えると、カタリは再び『カクヨム』から出発して配達に出ていった。

 天体観測所の人工的な明かりがだいぶ遠のき、星の明かりが一本の小道を乳白色に照らしていく。パッと空が後ろで光ると、カタリは上を見上げ詠目で観測し始めた。

 また星が大きく輝いた。今度は二百ほどの大きさの星だ。色もサファイヤの色より透き通るほどの青さだ。

 きっとあの作品はもっともっと大きくなるだろう。星が大きければ、明るければ、簡単に人に見つけられやすいのだから。ふと、自分が見たであろう作品を目を凝らしてみると十分以上もかかってようやく見つかった。だが、その星は先ほど見た星と比べるまでもなく、消えそうなろうそくほどの明るさであった。


「あの星が僕を震わせた作品なのかな。ほとんど見えないや」


 あの作品の星がとても矮小に儚げであるとこうも突きつけられると、胸の奥が締め付けられる感じがした。自分が書いた作品でないのに、自分が震えた作品であるだけなのにどうしてなのだろうとカタリは考えた。


「いつかあの星が、みんなにも見てもらえればいいのにな」


 そうしてカタリは前を向き直り、道を駆け抜ける。

 そしてまた星が瞬いた。

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