第5話 街頭演説とこの世に存在する校則
「街頭演説?」
流石に耳を疑った。意味を分かって使っているとは到底思えなかったが、自信たっぷりに話す遥にそんな言葉はかけられなかった。
「そう。チラシで勧誘するというわけだよ。なかなかに画期的な方法だと思わないかい?」
「何それ、部活勧誘みたいなこと?」
「ぶ、部活……勧誘?」
……忘れていた、こいつ学校行ってないんだった……。そういえば、妹も部活勧誘で大量のチラシ貰って帰ったら興味津々だったっけ、不登校だったから経験出来ない事。そしてチラシを見て「街頭演説あったの?」と言ってきた所も似ている。性別と性格は正反対だが。
「まあいいけど。まず何をすればいいの?」
「ああ、最終的な目標は変わったけれど作戦は変わっていないよ。つまり、君に歌ってもらう事は確定している。」
…………はい?
「だから、君には歌ってもらうと言っているんだ。人を集めないと、というか一般生徒の目をこちらに向けないと始まらないからね。」
「あれ一般生徒と仲良いんじゃなかったっけ?」
「ノーコメント。」
すっと目を逸らす。嘘をつく時の癖、そしてノーコメントと付け加える所もやはり妹そっくりだ。
それはそうと、なぜあんな情報戦なんて嘘をついたのか。確かに学校に行った時に誰も話しかけようとしなかった事に疑問を抱いたけれど、それは遥自身に問題があるのだと思っていた。実際は溝があるのか。
「一般生徒の中には教師信者がいるからねぇ〜。それ以外の人はこの作戦にすぐ乗ってくれると思うけど、そこをクリアするのはかなり大変だと思う。何か策でもあるの、リーダー?」
「それはきっと日向が……、ね。」
「丸投げ!?はぁ、そいつらに見つからないように行動するのが一番だと思うけど、ぼくは。夏樹の事があいつらにばれるのは避けたい所でしょ、みんなも?」
沈黙。
夏樹くん、もとい美菜ちゃんは午前0時に約束の場所に現れなかった事から先生達が血なまこになって探しているという風の噂を聞いた。だからこそ、私達には全力で彼女を守らなければならない。しかし教師信者に夏樹くんの事がばれれば、〈処刑〉どころでは済まない問題となる事は全員が重々承知していた。
しかし、メイクをしウィッグをつけた夏樹くんは女の私から見ても可愛い。お人形さんのようで、女の子だと言われても誰も疑わないであろう容姿だ。
「当たり前だ、俺は元々女子だからな。」
「……え!!!???」
今まで出してきた声の中で最も大きい、そしてこれから先絶対に出ないであろう大きさの声を出した。
そんな私の横で日向さんが「びっくりだよねぇ。」とにこにこしながら呟いていた。性別が変わるなんて事、あるんだ。
「女の子から男の子になるっていう申請はすぐに許可が下りるんだけど、その逆はなかなか許可が下りなくてねえ。だからこうして女の子みたいな格好をして欲を叶えてるわけ。差別だと思うんだけど、言い出せなくて。」
「そういえば、男の子になりたかった女の子が今ここで男の子として生活してるっていう話はよく聞くよ〜。でも逆は聞いた事なかったのは、そういう事だったのね。」
「まあルールはルールだからしょうがないって割り切ってたんだけどね、ぼくは。校則なら変えられるかもしれないけど、ルールってなかなかハードル高いと思うし。」
「……校則とはどういう事?この世界に存在するルールはルールという名前ひとつだけではないというのかい、君達は?」
「出た、リーダーが学校を知らないから生まれる疑問。学校に通ってなかった過去の自分を恨みなよ。」
「何を言っているんだ彩音!そもそも窮屈で意味不明なルールに縛られた空間で息をして苦しいと感じない奴らのことを僕は人間だと認めたくないね!僕の中では僕のようにルールに縛られた空間が息苦しく、そこで息をする事を辞める選択をした人物こそ人間だと信じているからね。」
言われてみれば、変な校則のもとで過ごす学校生活が息苦しくないわけがなかった。それが当たり前だった自分にとってそんな視点はなかったわけだけども。
「お姉ちゃん、何で校則って苦しいんだろうね。」
「さあ……普通じゃないから?社会に出たらそんなルール必要ないよってやつが沢山あるから、かもね。」
妹も、遥と同じ事を呟いていた。元々茶髪にも関わらず染めているだのなんだの言われ続けていた妹の苦しみから、私は目を背け続けていたのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなってきた。
「とにかく、教師信者達にばれたらチクられるどころか規制されると思うし、場所はちゃんと下調べした上で確保した方が良さそうだねぇ。」
「……教師信者達の拠点は知っている。」
「おおさっすが、こういう時は頼りになるねぇ潤!じゃあそこに声が聞こえない範囲で場所を探そうよ。この世界、かなり広いしすぐに見つかると思うけどね。」
「待って彩音。チクるって何だい?」
「えっリーダー、チクるも知らずに生きてきたの!?……告げ口するって事よ。つまり、教師達に信者達が告げ口するだろうねって事。」
学校に通っていなかった事もあり、学校で当たり前に使われる言葉すら知らないのか。でも小学生っぽいから知らなくても当たり前とも取れるが。
「普通に生活してたらチクるなんて日常会話として使ってたと思うよ〜?だってリーダー、18でしょ?」
…………ん???18???小学生じゃないの???私よりも低い身長からして小学生と思ってしまっていた自分が馬鹿だったのか?
「悪かったねえ、男子高校生ながら156cmで。大体君が大きすぎるだけだと思うがね、柚歌。君が165cmもあるせいで僕の事を小さいと見下していたんだろう?今の表情は絶対に僕を小学生だと勘違いしていたやつだ。最悪だよ、君は面白い馬鹿なんかじゃない、笑えない馬鹿だよ。」
完全にばれていた。やっぱり観察力が半端じゃない。
「こらそこ、喧嘩しない!それに大丈夫よ、柚歌。あたしも小学生と間違えたし。」
「君が一言目として発した言葉は今でも忘れていないよ!えっ、小学生??だろう僕はちゃんと覚えているんだからね、永遠と呪ってやると心の中で誓ったんだからね!」
「まあこういう所が小学生っぽいし、いいと思うんだけどねえ。」
「それに柚歌もだ! 僕の事を小学生と勘違いしていたのだとすれば、君は僕と千聖を比較し、なんて可愛げのない小学生だと心の中で嘆息していたのだろう? だとすれば君は彩音以上に罪深い人間だね、君のその嘆息も一生忘れないよ!」
「まあああいう所が小学生っぽいし、いいと思うんだけどねぇ。本人は若く見られてるっていう事を喜ぶべき事だって知らないから、あんまりいじらないでおくんだけどね。」
私にだけ聞こえるほどの小声で彩音さんが呟いた。それは若干違う気がするが、本人がそう自信たっぷりに言っているから黙っておこう。
コンコンコン。
ドアのノック音が突然聞こえた。何の用だろうか、私は扉を開けてみた。そこにいたのは、
「生徒会です。最近妙な噂を耳にしたとの情報がありましたので、覗かせていただきました。変な行動をされるようであれば容赦なく先生方に伝え、即刻〈処刑〉という対応を取らせていただきますが。」
なんか硬派な感じの人来た~。どこでも生徒会の人って硬派なのね。
「せ、生徒会長……。そんなに僕達が変な行動をしているように見えますかね?」
「複数の生徒からそのような報告を受けたのです。生徒会長の私が生徒の声を無視できるはずがありませんから見に来たのです。変な行動をするとすればあなた達くらいでしょう?」
「……お前も同じ生徒のくせによく言うよ。」
遥が生徒会長、と呼ばれた人に聞こえるよう、わざと大きな声でそう文句を言った。当たり前だが、生徒会長にとってはかなり癪に障ったようで、
「あなたのような人がいるから、ここにいる全員が変な行動をするのでしょう?今まで何度〈処刑〉を見逃してきたと思っているのですか?それとも、〈処刑〉される事を望んでいるというのですか?」
「じゃあ僕は君の言葉をそっくりそのまま返すことにしよう。君のように生徒会長と名乗る馬鹿がいるから、教師やここにいる生徒以外の生徒たちが調子に乗る。だからこうして過激派、と呼ばれるグループが誕生したわけだ。僕達の行動を咎める前にまず君の行動を改めるべきだと僕は思うけどね。まあ、何を言っても聞き耳を持ってくれない事を承知で言っているよ、その代り僕も君の言う事を全て受け入れないけれど。文句は言えないよね?」
「……その辺にしとけ、リーダー。」
潤一郎君の声で遥の熱が一旦収まる。生徒会長は顔を真っ赤にして憤慨し、どすどすとわざとらしく音を立てながらこの部屋を出ていった。生徒会長の怒りと同レベルの怒りを抱えた遥は引き続き文句を垂れ流していた。
「柚歌、君は特に思うのだろうね、生徒のトップである生徒会長にこのグループのトップである僕が歯向う理由が分からないと。規模は違うけど、同じリーダーだろうと。」
「まあ、一瞬思ったけど……。」
「僕は好きでリーダーと呼ばれているわけではない。ただ美菜が勝手に名前を考える事を面倒がった僕の事をリーダーと呼び始めたのだ。僕は拒んだよ、でも呼ぶ名前がないからってみんなが揃って僕をリーダーと呼ぶようになったんだ。そうだとすれば、僕にも生徒会長に歯向う資格があると思わないかい?」
「あ、あれは別に深い意味があってリーダーをリーダーって呼んだわけじゃ……っ!」
「分かってる、だからこの言葉は自分を正当化する為の大きな独り言だと思ってくれたらいい。リーダーという言葉の意味も、生徒会長という言葉の意味も、学校に通ったことはないが知っているよ。学校に通っていた君達にとって生徒会長という存在は、何かしらのリーダーという存在は当たり前なのだろうが、僕にとっては不思議でならない。もとは同じ生徒だろう?そして同じ人間だ、優劣をつける意味がどこにあるというんだい?」
大きな独り言をあまり理解できていない様子であった千聖ちゃんだったが、そこに込められた遥の心情とシンクロしたのか、ぽろぽろと泣き始めてしまった。「ごめんな、千聖。」そう呟いた遥の顔は、初めて会った日の何かに絶望している顔と同じ顔をしていた。
「言われっぱなしは辛いからね。僕達が存在する意味を残すためにも、今夜決行するよ。いつ〈処刑〉されてもいいように、僕達の意味をこの世界に爪痕として、深くて消えない傷として残すんだ。」
真剣な遥の眼差しに、メンバー全員の目の色が変化した。このメンバーなら、〈処刑〉なんて怖くない。そう考えている自分の変化に少し驚いてしまっている自分がいた。
午前0時、約束の場所で。 真白みかづき @sayo_maguro04
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