第4話 真相というものは実は残酷で。

「今日は、あの作戦を実行しようと思う。」

ついにあれを…!と騒ぐメンバー達を横目に私はぽかんとしていた。

「あの作戦?」

「まさか、知らないというのかい?しょうがない、教えてあげよう。」

某有名ロボットアニメの主人公の父親のごとく両手を口の前で組む。全くもって似合わない。

「第1回チキチキ爆音で驚かせて先生達を暗殺しちゃうぞっ作戦、だよ。」

こんな馬鹿げた作戦名を真面目な顔で言うのだ、こっちが笑ってしまいそうになる。まあ、本人が真面目に言っている中で笑ってしまっては殺されかねないため必死に笑いを堪える。

「笑っているのを僕が見逃すとでも思ったのかい?」

うっ。

「ご、ごめんなさい。」

「わかったならいい。僕はそこまでねちっこい人間ではない。……作戦の内容だが、暗殺に関しては夏樹に一任するとして、爆音を出す方法を考えよう。」

「爆音ってどのくらい?」

「具体的な数値までは考えていないが、とりあえずあいつらをびっくりさせるくらいの音量ならどんなやり方でも音量でも構わない。目的はあくまで暗殺だからね。」

暗殺。歴史の授業かニュースでしか存在しないものだと思っていた。まさか、こんな所で本当に暗殺の作戦に立ち会う事になるとは。

「心配する必要はない。暗殺を実行するのはあくまで夏樹だけ。君は爆音を出す手伝いをするだけだよ。」

こいつにはいつ何時何でもお見通しなようだ。もしかして、私、顔に出やすいタイプなの?

「……暗殺を声が大きい夏樹がやるとすれば、誰かの大声で驚かすという作戦は却下だな。」

「お前、声が大きいってなんだよ!うるさいってことか!?」

「……その声がうるさいと言っているんだ。」

「それが却下っていう事は、何か他の意見があるわけ、潤?」

「……カラオケ大会。」

全員が固まる。

「初めて潤一郎がまともな意見出したねぇ。」

「ジュンくんなかなか意見出そうとしないもんね!奇跡だよ〜!」

「へぇ、カラオケ大会ね。具体的には?」

「……カラオケボックスのように盛り上がっていれば、教師達をおびき寄せる事は出来るのではないかと思った。ただそれだけだ。」

「何それ楽しそうじゃん、やろうよリーダー。」

「じゃあ、カラオケの機材が必要になるかな、まずは。彩音、カラオケの機材を探してくれないか?」

「あいあいさー。」

えっ、カラオケの機材ってそんなに簡単に見つかるものなの?ここって死後の世界なんだよね、一応?

わっせ、わっせ、と1人で言いながら彩音(さん)が持ってきたのは本物のカラオケの機材だった。

「こういう時に男子は手伝うもんなんだって〜全く!絶対生きてる間は恋人どころか友達いなかったタイプだよ。」

「お前力持ちだろ?何せ握力が……ぶっ!」

人が飛ぶ光景なんて、初めて見た。

「リーダー、言われた通りに持ってきたけどさ、誰が歌うの?私絶対に嫌だからね。」

「君の音痴は承知済みだから、言われなくても頼まなかったよ。」

「何それ、傷つくじゃん。」

「まあそれはいいとして、上手い人がいいな。ここにいるメンバー以外を集められるほどに上手い人。」

「なんで上手い人じゃなきゃいけないのよ。ここにいるみんなが盛り上がっていれば、任務は遂行できるんじゃないの?」

「全く察しが悪い人間だね、君という奴は。上手い人が歌えばここにいる生徒達がどんどん集まり、騒ぎになる。その騒ぎを見かねた教師達がやってくる。その瞬間に暗殺をする、それがこの作戦の目的だ。」

そんな事、言われなければ想像できるはずがない。それにあいにく、想像力は豊かな方ではない。

「……歌が上手いやつなど、ここにはいないだろう。」

「んー、意外とそうでもないと思うけど。ここに歌手並みの歌声の持ち主がいるし。」

みんなが一斉に指差した方を見る。……って、私!?

「ぽろぽろ興味本位でベースを弾いていた僕にばれないように歌ってたんだ、凄く綺麗だったよ。馬鹿だけが取り柄だと思っていたが、歌が上手いとはね。」

「リーダーが褒めるって相当なもんじゃ〜ん、じゃあ柚歌で決まりだね!」

「ちょっ、ちょっと待って!私歌が好きなわけじゃないし、上手くないし、人なんて集められないから!そんな大役務まるわけないでしょ。」

「夏樹と似て馬鹿な君だからすぐに受け入れると思ったのだけど、どうも違うみたいだねぇ。自信を持って一歩踏み出せば、きっと世界は変わると思うけど、僕は。それに友達を作るチャンスでもある。」

「友達?」

そう呟いた瞬間、遥が耳打ちをしてきた。

「いいかい、柚歌。闘いというものは情報戦だ。友人が多いに越したことはない。無理に、とは言わないがこの先このグループで生徒として闘おうと思うのなら、一般生徒との交流は持つべきだ。彼らは殺そうとはしないだろうが、教師に対する反感は持ち合わせている。君が教師だとバレれば、すぐに僕達に情報が伝わるだろう。それでもいいというのなら、僕は君に歌う事を強要しない。」

情報戦。一般生徒。反感。そうだ、私は生徒のようで生徒ではない。このグループでみんなを欺きながら共に生き抜く為には、生徒を演じるしか方法はない。……だとすれば、方法はもう1つしかない。

「歌うよ、この作戦の為に。十八番でいいんでしょ?」

笑みを浮かべる者、安堵する者、ふんっと鼻を鳴らす者。やはりこのメンバーは個性的で楽しい。

「こうして柚歌が決断してくれた事だし、決行は明日にしよう。それまでに各自課題を済ませておくように。じゃあ今日は解散にしよう。」

はーい、という天使の元気な声が部屋にこだました。千聖ちゃんだけがこの部屋を去り、他のメンバーはなぜか揃いも揃って神妙な顔をして残っていた。

「な、なんでみんなそんな顔してるの……?不安になっちゃうじゃん。」

暗い空気の流れる部屋の中で一番に口を開いたのは彩音さんだった。

「まさか、暗殺計画は妄想だけって言わないよねぇ?人を殺す事が怖くなったからって、それはないでしょ?」

人を殺す事が、怖い?

「そんなわけねぇだろ。それだったら作戦名を聞いた瞬間に反論してる。」

「だったら何でちーちゃんがいなくなった瞬間に暗い顔になったわけ?それ絶対に怖がってるだけじゃない。強がろうとしないでよ、変だから。」

「あ、あの……話の筋が見えないのですが……。」

おずおずと手を挙げ、今の正直な思いを伝えた。しかし、

「新入りには何も関係ねぇだろ、出て行ってくれよ。」

返ってきたのはそんな冷たい返事であった。おふざけのない本音と悟り、私は静かに退出した。

「なにも追い出す事はなかったんじゃないかい、夏樹?」

柚歌が静かに出て行った後、僕はそう静かに言った。怒っているわけでも失望したわけでも何でもなく、ただ彼の真意が彼の口から聞きたかったのだ。

弱音を漏らしたい時にする、誰かを追い出す夏樹の癖。今回それをしたという事はきっと聞いてほしい弱音があるのではないかと思ったのである。

「……俺、明日にはいなくなっちまうんだわ。」

静寂。

「清掃屋、なんて呼ばれ方してたんだわ、記憶の中の俺は。まあそうだろうな、じゃなきゃこの世界で暗殺なんてやってない。殺してほしいと依頼されたら、素直にその人物を殺して消す、だから清掃屋。馬鹿みたいな仕事してんなぁ、俺って恥ずかしくなってるよ。しかも俺、最期は殺されたんだとよ。いつも通り任務を遂行するつもりが揉み合いになった末にナイフを奪われてグサッと刺された。馬鹿だなぁ、ろくでなしだよな。人間のクズ、生きる事を許されてはいけない人間ってやつか?あぁ恥ずかしいなあ、次こそまともな人間にならなきゃな、俺。……はぁ。だから、俺は明日の計画に参加する事が出来ない。」

「…………なんであの場で黙ってたわけ?」

「楽しそうってみんなが喜んでる中でそんな事言い出せるかよ。」

こういう時に夏樹は行き過ぎた優しさを出すのだ、そう、出すべきではない時に限って。きっとみんなにとって妹のような存在である千聖をはじめ、全員の喜びを踏みにじるような事実を口に出来なかったのだろう。むしろ伝えてくれた方が良かったのに。

「とにかくだ、俺は最初からいなかったやつとして、リーダー中心に作戦を実行してくれよな。暗殺くらい出来るだろ、リーダー?」

「…………。」

口では言っているものの、暗殺を実行した事は一度もない。ただここで僕の不安を見せては更に空気が暗くなるだけだ。……この空気を打破するにはどうしたらいいのだろう。

夏樹の目は既に、日付が変わるその瞬間に行われる行為に目を向けて絶望していた。そう、〈処刑〉と呼ばれる未知の行為に。それに目を向け彼自身が絶望しているこの場にいるみんなが認識していた。だから、

「……何で、記憶が戻れば消えるなんてルールがあるんだろうな。」

根本的な事を、誰も口にしてこなかった事を潤一郎が呟いてくれた事にこの場にいた全員が救われたように感じたのだ。恥ずかしいから口にはしないけれど、僕が1番救われた気もしている。

「……そんな変なルールのせいで、何人奪われた?……そんな変なルールのせいで、何度泣いた?……今こうしてまた奪われようとしているこの現実を、今まで誰が受け入れた?」

「……受け入れられるわけ、ないよ。もし受け入れていたとしたら、このグループの1人になってない。」

「あたしも同感だなぁ。」

「1番泣くからな。」

「うるさい。……そんなルールさえなければ、戦おうなんて思ってないわ、こんな物騒なグループでさ。」

「……正直だな。」

「あんたもうるさい。……怖くない日なんてない。いつこの場所に足を踏み入れられて殺されるんだろうって、ず〜っと考えて怖くなって寝られなくなって。何回やめようかなって考えたかな、きっと数え切れないくらい。でも辞めなかったのは、その分だけ泣いたからかもね。」

彩音が涙を堪えながらふふっと笑う。ただ、各々の気持ちを吐き出しただけで根本的な問題の解決方法は導き出せていない。その解決方法を導くのが、リーダーである僕の役目なのだが、何で出ないのかなぁと文句を言いたくなる時も密かにある。堪えはしているが、きっと顔には出ているのだろう。

「ルールが気に入らないなら、僕らが壊せばいいんだと思うよ。」

「ルールを、壊す?」

「教師の絶対的権力の下に存在している世界、それがこの世界だ。だからあいつらは僕らをルールで縛り付け、都合の良いように動かしている。きっと夏樹の記憶が戻ったのは、反逆者となる恐れがあったからだ。」

「はは、あいつらにとっちゃ、俺は許しがたい敵だもんな。」

「そういう事だ。この中で大胆に行動を起こし続けた人物の記憶が戻り、何度も消されているのは重々承知しているだろう?つまり、反逆者となる奴らの記憶を戻し、記憶が戻ったからと言って〈処刑〉する。そして反逆者を消し、自分たちの権力の下で生徒達が過ごせる環境を整える。教師というのは、そういう人間だ。……とすれば、これからやるべき事はもう分かるだろう?」

「……教師の中のトップを殺す事、か?」

「最終的な目標はそれだろうね。でも中身スカスカのままその目標の為に走っているだけでは全滅は免れない。つまり、今僕らがやるべき事は、」

「作戦会議、でしょ?」

「まあそれは当たり前だけど、もっと大切な事がある。」

「ためるね。もったいぶらずに教えてよ。」

「…………街頭演説、だよ。」

その場にいる全員が口を開け、ぽかんとしている。まあすぐに受け入れられるとは思っていなかったさ。僕もそこまで馬鹿ではないし、伊達にリーダーなんてしていない。

「……そうすると、お前が消される対象になるんじゃないか?」

「いや、違うよ。僕にちゃんと考えがある。具体的には、記憶を探す旅に出ないか、というていで街頭演説をし、生徒達を誘い出す。しかしチラシにはルール改正の為に共に戦わないかと書いてある、というわけだ。記憶を探す旅に出るとすれば、教師は咎めない。つまり、反逆者とは思われないわけだ。そうして協力者を募る。生徒全員で立ち向かえば、教師達は手に負えず反逆者の記憶を戻す行為を諦めるだろうからね。まぁ、僕の考えが甘ければ成功しない可能性の方が高くなるけれど、僕は成功する未来が見えている。幸せを手に入れられる、未来がね。」

「………強いねぇ、リーダーは。さすがだねぇあたしじゃ無理だよ、そんな考え、できない。」

「つまり、僕に賛同できないって事?」

「違うよ、察しが悪いなあ。むしろ尊敬してるって意味!あたしはやるよ。誰かを失うのは、これで終わりにしたいからね。……本当は夏樹も、助けたい、でもさすがのリーダーでも無理でしょ?」

「彩音、それはさすがに無理だよ……。夏樹の事は、もう諦めるしかないんだよ。ね、リーダー。」

夏樹を、救う。残り数時間で、救う。頭の片隅にすらなかった提案をされ、僕は戸惑ってしまった。夏樹は大切な仲間だ、しかし記憶が戻ってしまった以上〈処刑〉という運命からは逃れられない……いや、待て。

「夏樹、約束の場所、にさえ行かなければ大丈夫なんだよね?」

「ん?あぁ、約束の場所に日付が変わった瞬間にいるようにって言われたぞ。それがどうしたんだ?」

幸い、この世界は無限に広がっているのではないかと思うほどに大きい。だとすれば、いける。

「一緒に逃亡犯に、なろう。本拠地を移して、僕達全員で教師から見つからないように逃げるんだ。生徒だけが入れる聖域に、逃げ込むんだよ。街頭演説の力でみんなを巻き込みながらね!」

と思った瞬間、ある事を思い出してしまった。

嫌な予感がする。そうだ、柚歌が入れないのだ。だとしたら……。

「……あそこは既に教師達にばれている。本拠地はここのまま、変装でもさせればいいんじゃないか?」

「変装?変装グッズなんてあったっけ?」

「……探せばきっとある。それか、彩音と日向のメイク道具を借りる。」

「はっはー、これはぼくの得意分野って事だね。メイクならお任せあれ。伊達に女の子作ってないからね。」

「悔しいけど、日向のメイクテクには勝てそうにないから、あたしはウィッグ探すね。」

「…………あれ、夏樹泣いてる?」

「なっ、泣いてねえよ!」

良かった。違うピンチは乗り越えられそうだ。あとは、メイク道具とウィッグで別人に変身してもらうだけ。そして、僕は、

「街頭演説のチラシ、作ろうか。……あ、潤一郎、千聖と柚歌を呼んできてくれないか?きちんと話しておきたいし。夏樹、ちゃんと話してくれるね?」

夏樹が泣きながら「ああ」と頷く。

こうして、ルール改正の為の戦いが幕を開けた。

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