寄り添いの探偵と禁断の呪文

うたう

寄り添いの探偵と禁断の呪文

 君はスランプのように感じているかもしれないがね、それは誤りだよ。短い物語とはいえ、二十日あまりで十篇書くというのは大変なことだ。インクのようなものが枯れただけなのだよ。しばらく休めば、想像力というインクは満たされる。それでまたスラスラと書けるようになる。

 それでも君はカタリィ・ノヴェルとやらに会いたいというのかね? 私は優秀な探偵だ。カタリィ・ノヴェルを探し出せと言われれば、造作なく見つけ出すだろう。しかしね、君は信じるのか? カタリィ・ノヴェルは人々の心の中に封印されている物語を一篇の小説にするなどという馬鹿げた噂を。おそらくコールドリーディングやホットリーディングを用いたイカサマの類だよ。同様のことなら、私にだってできる。


 遠くに響いた銃声で目が覚めた。

 一緒に昼寝をしていたはずの、息子たちの姿が見当たらなくて、カーリーは動転した。

 もう一度、銃声が響いて、カーリーは慌てて、ヤップストンの町境へと駆け出した。

 程なくして、走り寄ってくる息子たちの姿が見え、カーリーは安堵した。が、それも束の間、小銃を構えている男の姿が目に入って、背筋が凍った。

 カーリーの姿にほっとしたのか、息子が足を止めようとした。

「アル! 止まっちゃダメ!」

 カーリーは叫んで、息子の背後に回った。息子たちの背を守りながら、走る。

「とにかく走って!」

 甘えん坊のアルは、何度も振り返って、カーリーの姿を確かめようとした。その度にカーリーはアルを叱った。

 アルの双子の兄、キャスは、事態を理解しているのか、一目散に先頭を走っている。しかしこの事態を招いたのは、おそらくキャスだろう。キャスは腕白で好奇心旺盛だ。


 これは君の心の中に封印されていた物語の一部だ。そう言ったって君は信じないだろう? だが、同じ物語をカタリィ・ノヴェルがそらんじたら、君は信じるかもしれない。なぜだかわかるかね? 下地があるからだ。カタリィ・ノヴェルは人の心の中に眠っている物語を取り出すことができるという噂が広まっているためだ。古典的な手口だよ。

 それでも君はカタリィ・ノヴェルに会いたいと言うのかね? ふむ、とにかく締め切りまでに掌篇をひとつ書き上げねばならない、か。だが、そうやって他人の力で書き上げるのは、悪魔に魂を売るのと同じだとは思わないかね?

 それでもと君は言うのか。よろしい。ならば、カタリィ・ノヴェルに頼るまでもない。私が禁断の呪文を教えよう。唱えれば、たちどころに掌篇がひとつ完成する。ただし、唱えてよいのは一度だけだ。何度も唱えたなら、文字数稼ぎをしたとして応募条件を満たしていないと言われても反論はできぬから気をつけろ。

 さあ、いくぞ。復唱したまえ。


 オモイツキデカイテキタハナシニオツキアイクダサリアリガトウゴザイマシタカンシャ! ゴヒャクエントショカードネクストガホシイキンジョノホンヤツブレタケドソレデモホシイ!


 これで千二百字。

 気にするな、独り言だ。

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寄り添いの探偵と禁断の呪文 うたう @kamatakamatari

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