それぞれのプラン
「ってわけなんだよ」
ちょっと前まで、どうせ抱けないんだからエログラビアだけ残して女はみんな絶滅しても構わない、と破れかぶれに言っていた男は、3杯目のジョッキを空ける。
「ほんと、カティ最高。まじで女神」
男言葉で口汚く、酒に酔えば交際してもいない男と寝るあばずれが女神か…
いろいろと突っ込みどころがありすぎて困る。
しかし、今までの萎たれっぷりからすればとりあえず一人とでもできれば御の字だ。
この数日でこの友人は暗くしょぼくれていた顔つきまで明るく変わったし、まあ良い方向へ進んでいるのだろう、とサイラスは思った。
「よかったな」
子どもの頃からの友人の言葉に、トレバーは脳が何かに侵されている受け答えをした。
「うん、すっごくよかった」
――僕を笑う女も、僕を哀れむ女も大嫌いだ。
特に、偽善っぽくいやらしげに笑いながら、打ちひしがれている男を性的に救済する自分という妄想に酔った女なんか吐き気を覚える。
あの消し去ってしまいたい記憶と重なって、死ねばいいとすら思う。
なのにカティなら、笑っても哀れんでもいい。
それを想像するだけでもあっさり興奮する。
性的に救済?
はい、喜んで!
「でさあ、僕カティに結婚申し込んじゃおうかなって」
「は?」
サイラスは素っ頓狂な声を上げた。
「結婚って?! お前、結婚って?!」
トレバーはナチュラルに頷く。
「だってさぁ、結婚って法的にそのパートナーに貞操を求める権利があるっていう保証契約だし、これでよその男とつきあうなって堂々と言えるし」
「お前それ、何かずれてるぞ」
「どこが?」
真顔で尋ねられるとサイラスは答えに詰まる。
彼は空のジョッキの中で、ビールの泡がガラスの壁を伝ってそこへゆっくりと流れ落ちていくのに目を遣った。
「……俺が言いたいのはな、お前はちょっと舞い上がりすぎてないかってことだ。カティとそういう仲になってまだちょっとかしか経ってないだろう?」
「うん」
「結婚とかそういう重大なことはもっとお互いよく知りあってからにしたほうがいいんじゃないか?」
「そんなのわかってるよ」
下半身だけで結婚相手を選ぶと痛い目に遭うのは常識だ。それくらいはわかる。
さらにサイラスが言い難そうに言う。
「カティはああいうやつだし……ちょっと交友関係もなぁ……」
サイラスがかなり婉曲に言っていることも重々承知している。もともとトレバーが彼女とこういう仲になったのも、彼女のユルさに起因しているのだから。
それでも、カティが男関係に放縦なのではないかということを考えるとつらい。他の男にまともに勝てる気がしない。
トレバーはちくっと眉根を寄せ、口を尖らせた。
「……サイラスには僕の気持ちはわからないよ」
「…ただ俺はお前を心配して、」
「君はいいよね、誰にだって節操なく勃つし」
俺は普通だと言いかけて、サイラスは何とかその台詞を寸止めした。
「僕には、選ぶも何もカティしかいないんだよ?もし彼女が他に好きな男を見つけて、僕とはもう寝ないって言いだしたらどうすればいいんだ」
そのころ。
「ちょっとあんた、こぼさないでよ。これから客が来るんだからね」
壁紙、ファブリックとも全て紫と黒で統一され、ラインストーンやビーズで飾った雑貨に溢れた、パウダリーな香りが漂う部屋。
その中にどう繕っても鼻につく淫靡な匂い。
どう見ても「お商売」系ゴシック趣味の部屋で、カティは友人のライラに近況をぼやいていた。
ライラが出してきた色とりどりのミックスフレーバー・ポップコーンをカティは大雑把に掴み、ざらざらと口に入れる。
「こんなちっちぇえもん、一つ一つ食ってられっかよ」
薄いキャンディの層でコーティングされた白くかさかさしたものをぼりぼりと噛み砕きながらカティが言う。
濃い菫色のランジェリーに、肌をより白く艶やかに透かしながらライラは話を本題に戻した。
「で、あんた、そいつのセフレやってんだ。うっちゃっときゃいいのにさ」
「だってトラウマインポ野郎を食っちまったのは私だし……泣いて責任取れって言われてよぉ。うちに押しかけてくるわ、職場で手ぇ振ってくるわ、メールボム食らわされるわ……」
言いながら、カティは腰を擦った。
「……あいつ何もかもがでかくて、力加減がなってねえ。私、腰傷めて湿布貼ってんだぞ?」
「ババくさっ」
憮然とするカティに、ライラは開けっぴろげに訊く。
「……で、イイの?」
「それがなぁ、とにかくがっついててイマイチなんだよ」
「そういうオスそのものって感じのって、嫌いじゃないなぁ」
「実際やってみろ、余裕がなくてうんざりするから」
「そんな男もたくさん相手にしてきたけど? そういうの、可愛いじゃん」
ライラは趣味と実益を兼ねて、明るく楽しく男達の天国で天使を演じている。その翳りのない潔さ、男あしらいの巧さをカティは高く評価していた。
とりあえず、用件を切り出さねば。
「ライラ、頼みがあるんだけどさ」
「何?」
友人に「ビジネス」の話をするのに気後れを感じているのか、少々カティの歯切れが悪くなる。
「あいつ、他の女ともやれて自信がつきゃ練習台の私から離れるんじゃねえかと思うんだ。だからちょっと協力してほしいんだ……金なら私がちゃんと出すから」
なし崩しに面倒を見る羽目になっているが、何かが違うという思いがずっとぐるぐると渦巻いている。
トレバーが嫌いなわけではない。でかい図体で見下ろしているくせにうるうるとした眼差しでせがまれると、つい仏心が出てしまう。
近所の不幸な子どもにお菓子を与えるおばあちゃんのような気持ちだ。
その博愛精神に対してあまり多くを求められても困るし、こんなに一気に懐かれ付き纏われると気味が悪くて逃げたくなる。
「思ったんだけどさ、責任取るっていうのは、最終的にはあいつが『やりてえときにやりてえ相手とやれるようになる』ように面倒見るってことだろ」
「……めんどくさいこと考えるもんだね。もうさ、あんたがしたいときだけやらせて、あとはほっとけばいいじゃん」
「ほっときてえよ! でもあいつ部屋の前で何時間でも待ってるんだぞ?!仕事してたらいつの間にか後ろにぼーっと立ってたりすんだぞ?!」
予約客が来るまであと一時間を切った。
部屋の隅からバニティボックスを出し、パウダーを柔らかいブラシで鼻筋にはたきつけながら、ライラは言った。
「あんたさあ、自分の汁が付いた男を私に押し付けんだからちょっと色つけなよね。出張料金とかあるし」
「じゃあ、1割増しで」
「もう一声」
「2割……?」
ライラはコケティッシュな流し目で、カティを見た。
「まあ友人割引ってことにして2割増しでいいよ」
「それ、全っ然割り引いてねえよ」
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