受付嬢のバーグさん

高月麻澄

受付嬢のバーグさん

「ここが新大陸『カクヨム』か……」


 船に乗り、広大な海インターネットを渡ってきた青年は、ようやくその地に踏み入った。

 船を降りるや否や、その活気や人々の熱量に圧倒される。

 伝え聞いた『この大陸では全て自分の思うがまま』という話は、やはり本当だったのだ。


 三年前、何もなかったはずの海域に、突如として現れた新大陸『カクヨム』。

 すぐさま有志の調査隊が派遣され、時と共に判明していく新大陸についての情報は、人々を熱狂させた。 


 ――曰く、異世界に転生してチートスキルで勇者になれる。

 ――曰く、ハーレムを築いてモテモテになれる。

 ――曰く、自分の腕試しができる場ランキングがある。

 ――曰く、いつでもどこでも誰にでも、支援☆・♡・レビューを送ることができる。

 ――曰く、自分と同じような仲間を募ること自主企画ができる。

 ――曰く、強大な難敵コンテストに挑むことができる。

 ――曰く、頑張ればお姫様と結婚すること書籍化だって。


 数多の冒険者がその情報を知って、新大陸へと渡った。

 ご多分に漏れず、青年もその中の一人だった。

 その話を聞いた青年は、いてもたってもいられず、新大へと渡る船に飛び乗ったのである。


 喧噪に背中を押されたかのように、青年は港のすぐ傍にある大きな石造りの建物へと足早に向かう。この大陸に初めて降り立った者は、その建物で冒険者会員登録を済まさなければならないらしい。


「こんにちわ! 新規登録ですね? まずはこちらの用紙へ必要事項の記入をお願いします!」


 中にもやはりというべきか、各々自分に見合う様々な武具を携えた大勢の冒険者がいた。その波を掻き分けて受付に辿り着いた青年を迎えたのは、親しみやすい笑顔を浮かべる、可愛らしい女性だった。少しスカートの丈が短い気がするが、よく似合っているので、そのスカートから伸びるタイツに包まれた脚を心の中で拝んでおく。

 促されるがまま、用紙に記入していく。必要事項はそれほど多くはない。

 やがて書き終えた青年が女性に用紙を手渡すと、笑顔から一転、真顔になった。瞬間的なその落差に青年は驚愕するが、用紙に目を通す女性の顔は真剣そのもので、そのことに言及することは憚られた。きっと真面目な性格なのだろう、と青年は一人納得する。

 やがて。 


「――はい、登録完了です! ようこそ新大陸『カクヨム』へ!」


 朗らかな笑顔で青年を歓迎した女性は「あ」と小さく呟くと、恭しく一礼した。


「ごめんなさい、自己紹介がまだでしたね。私、リンドバーグっていいます! この大陸の冒険者ギルドで冒険者さんたちのサポートをさせて頂いてます! バーグさん、って呼んでくださいね!」


 バーグさんに自己紹介をされて、その惹きこまれそうな笑顔に見惚れてしまった青年は「……ども」と、どうにか軽く礼をする。

 青年のその態度を気にすることもなく、バーグさんは笑顔を崩さず青年へと問い掛ける。


「この大陸にはどうして?」

「何でもできると聞いて」


 青年のその答えに、バーグさんの表情が曇る。

 どうしたのか、と青年が訊こうとするより早く、バーグさんが口を開く。


「……そうですね、確かにこの大陸では何でもできます――貴方がその情熱ヤル気を失わない限り」


 その言葉に、青年は息を呑んだ。


 ――情熱ヤル気


 確かにそれを持ち続けるのは難しい。

 些細なことですら、それを失わせるきっかけとなり得る。

 青年の中に今は確かにあるそれも、これから続くであろう、果てしない道のりに耐え切れずに欠けてしまう時が来るかもしれない。


 ――それでも。


「それでも、今は前へと進みたいんです」 


 青年が力強くそう告げると、バーグさんの表情が晴れ渡った。

 

「……わかりました。貴方が――きゃっ」


 言葉の途中で、バーグさんが可愛らしい悲鳴をあげる。

 見れば、どこからやってきたのだろうか、一羽のフクロウ? のような鳥が、その羽をはためかせて風を起こし、バーグさんのスカートを捲っていた。黒いタイツ越しでわかりにくかったが、おそらく白だと思う。ありがとうございます。また心の中で拝んでおく。


「こらっ、トリさん! 今お仕事中だから、邪魔しちゃめっ! ですよ!」

「トリ……」


 バーグさんに怒られたトリさんと呼ばれた鳥は、現れた時と同じように、何処かへと消えた。

 何だったんだろうか、今のは。

 呆気に取られる青年を前に、頬を紅く染め、スカートの裾を直したバーグさんは、こほん、と咳払いをすると、青年の目を真っ直ぐに見つめて、


「――貴方がその情熱ヤル気を失ってしまわないよう、私もいつも笑顔で、できる限りサポートさせて頂きますね!」


 そのバーグさんの笑顔は、青年が今まで見たどの女性のどの笑顔よりも、心に残った。


 バーグさんに礼を述べて、青年は建物から外へと出た。

 暖かな陽射しと、海から吹く頬を撫でる風の中で、青年は目を閉じて深呼吸する。

 瞼の裏に、バーグさんの花のような笑顔が浮かぶ。

 それがある限り、どこまででも行ける気がした。


 ――さぁ、くか。


 一歩踏み出した青年の前には、遥かな未来が広がっていた――。

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受付嬢のバーグさん 高月麻澄 @takatsuki-masumi

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