新たな物語を求めて

蒼宙

新たな物語を求めて

 カバンの中のタブレットが震える。

『今ちょっと時間ありますか?』

 そこから聞こえてきたのは女性の声だ。

「うん。大丈夫だよ、バーグさん。ちょうど仕事が終わって帰ってきたところだし。でもそれだと聞いてる意味無くない……?」

『そうですかね?今そっちに行きますね』

「え?仕事は?ちょっと、バーグさん──」


 ***


 数分後

「カタリ、お待たせしました!仕事のほうはちゃんと春休みを頂いてきましたよ。ほら」

 そう言って、バーグさんが見せてきた画面を見ると──


 拝啓はいけい 作者様方


 わたくし、リンドバーグはAIではありますが、新元号の導入につき小規模のメンテナンスとアップデートを兼ねた春季休暇を頂きます。利用者の方々にはご迷惑をおかけしますがご了承ください。


 時刻(予定)3月31日 正午~ 4月7日 正午

 アップデート内容 ──


「えっとつまり?」

 僕は活字が苦手だからバーグさんに要約してもらう。

「色々と理由をつけて春休みを貰ったってことですね。まぁ、トリさんに休めって言われたんですけど。それにせっかくの春休みなんですし、作者様たちも休めたほうがいいと思いますけど。……まあ理由はもう一個ありますが……」

 何かボソッとつぶやいたように聞こえたけど……?まあいいや

「それでいいんだ……。今が追い込み時だと思うんだけども」

「一応サボり防止用タイマーを一人ひとりに作っておきましたから。ところでカタリはこの後時間ありますか?」

「それって一応ってレベル超えてない?まあ、トリさん次第かな。次の仕事がなければ空いてるけど。聞いてみるよ」

 トリさんに音声メールで聞いてみると

「ちょうど君にも休暇をあげようと思ってたんだよカタリ。ゆっくり休んでくるといい、というか最近疲れ気味だと思うから一週間くらい休んで来なさい。仕事は私がやっておくから」

と、こんな返事をもらった。このことをバーグさんに伝えると、

「よかった、それじゃあアレを探すために冒険に行きませんか?」

「アレ?」

「『至高の一編』のことですよ。自分で言っていたじゃないですか。まあ、手がかりがあるわけではないので、手がかりのためにあちこちに見聞を広げに行くって言う感じですけど」

そんな提案をバーグさんにされた。

「あ、そういうことか。でも、どうやってバーグさんが着いてくるんですか?」

「擬似的なVR空間であれば私も実体を持てるのでそこに行きます。向こうはいわゆるファンタジーの異世界みたいな感じになるようにしてもらったので一緒に行けますよ」

「なるほど、でもなんでファンタジーなんですか?別に、近未来でも現代日本とかでもよかったのに」

そう聞くと、急に歯切れが悪くなったバーグさんが、

「……それはですね、作者さんにファンタジー用語の対応がよくないとか言われたので、その練習も兼ねてです」

アップデートってそれも兼ねてなのかな……

「……大変だね」


***


『準備できましたか?カタリ』

そう尋ねると

「うん。もう大丈夫だよ。それにしてもこんなものでVRなんてできるんだね。SA●って意外と現実に近いのかな」

『それは、カタリの想像に合わせた形をしているだけなので現実とは限りませんよ』

ここまでは順調に進んでいます。実は私はカタリの誕生日に合わせた小説コンテストから彼を遠ざける役目を負っているのです。期間は1週間しかありませんが、その間に参加者がカタリと接触してしまうとサプライズにならないので、このような形になってしまいましたが仕方がありません。あと1週間。がんばりましょう。

『それでは始めますよ!』

「うん、よろしく!」


***


From:リンドバーグ

To:トリ

タイトル:

本文:

準備できました。


「はぁー、ばれてたりしないよね?まさか」

「トリさん。発表しますね、例のコンテスト」

「うん、頼むよ。さて、彼の代わりに仕事をしないと」


***


──あれから5日経って今日で4月5日になりました。今まで大変でした。初めて体験する疲れや筋肉痛、そしてカタリに振り回されて──やめましょう。それもこれも今日で終わりです。今日は夜中に起きる不思議な現象を調べるために徹夜して観察するのでは明日の早朝になりますからそこでログアウトになります。そこまで何とかがんばります。

「ふあぁ、おはようバーグさん。もうこんにちはの時間だけどね」

やっと起きてきたカタリがあくびをしながら話しかけてきました

「おはようございます。カタリ。よく眠れましたか?」

実はそういう私も少し寝不足だったりしますが。

「うん、まあまあかな。そういえば休暇っていつまでだっけ?」

「私は明後日の昼まで、カタリは明後日いっぱいだと思いますよ」

「そしたら今日がここにいる最後の日か、うーん早いなぁ」

「まあ、最後の日ですけど深夜までいますから。それまで目いっぱい楽しみましょう!」

「うん!」


***


宿を引き払って夜に備えて買い物をする。

「荷物を少なくしておいて正解だったね」

身軽でいいしね。

「ええ。ですが、防寒具を新たに買う必要が出てきましたね」

「うん。でもそのくらいは、ね?」

「早く準備して夜のために腹ごしらえと行きましょう!」

「うん!あ、バーグさん。これとかどうかな」

「これは──」


***


「──カタリ、もう時間ですよ。」

「うん。よかったね、とっても綺麗だった」

「ええ。あれを見ることができてとてもよかったです!いい経験になりました」

時刻は2時を回ったところです。

「あ、そういえばすっかり忘れていました。カタリ、誕生日おめでとうございます!」

「え?あ、今日なのかもう。てっきりまだかと思ってたや。ありがとうバーグさん」

「いえいえ、この前ちゃんと私の誕生日を祝ってくれたじゃないですか。当然ですよ」

「あはは、そうだったね。……そろそろ帰ろうか」

「はい。準備はいいですか?」

「うん!よろしく」


***


「ふう、んー疲れたぁ」

伸びをしながらそう言うとバーグさんの声が。

『体はどうですか?』

肩を回したり屈伸をしてみたりする。

「うん、大丈夫。なんともないよ」

そう答えると

『なら良かった。今日はもう遅いししっかりと寝てくださいね!それと、明日はサプライズがあるので楽しみにしていてください!』

「え、すごく気になる」

『明日の朝まで我慢してください。起きたら教えてあげますから』

「む、そういうことなら寝ようかな。おやすみ、バーグさん」

『はい、おやすみなさいカタリ』


──


「はぁー、書き終わった。もう寝よう」

『え、公開しないんですか?もうすぐ期限ですよ?』

そうバーグさんに指摘されて気づく

「うおっ、本当だ。あぶねぇあぶねぇ。えーっとカタリ誕生日コンテストにチェックが入ってるだろ?それから──」

チェックをする合間にもいつもの毒舌を吐くバーグさん。

『はあ、寝る時間を削っているのに投稿し忘れるとか大丈夫なんですか?まったく』

「──よし今度こそ公開したし寝るか」

『ちゃんとできるじゃないですか。今度は私のコンテストでもしっかり投稿してくださいね?』

「わかってるって。悪かった、今年こそはしっかり書くから」

『期待してますよ?作者様。それではおやすみなさい』

「ああ、おやすみ」

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