かたりばーぐ

英知ケイ

かたりばーぐ

「その作品は『1話を5分以内で読める短い物語』で紹介する!」



 カタリィ・ノヴェルは主張する。


 彼の役割は、世界中の物語を救うこと。

 世界中の封印された物語を見通して、物語を必要としている人に届けること。

 いわゆる物語の運び屋だ。


 仕事の一端として、カクヨムワールドにおいては、語り部から投稿された作品を見通し、心温まる物語、刺激的な物語といった隠れた名作を『1話を5分以内で読める短い物語』として、多くの心が乾いた人々に届けている。


 全ては人々の心を癒やし、救うため。




「ぜーったいダメ、これは紹介しちゃダメッ!」



 リンドバーグは、カタリィが紹介するというその作品を両手で抱え、まるで抱きしめるかのような格好でガードしている。

 

 彼女はカクヨムワールドの女性型AI。

 本来は、カクヨムワールドの物語の語り部のサポート支援、特にやる気を出す方向での励まし的なところを役割とするはずなのではあるが、AIとして何を学習したのかしていないのか、的確に作品を評価しすぎるきらいがあった。


 ある意味高性能なのだろう。


 作品のテーマ不足、構成の欠点、キャラ設定の無理さ等を的確に笑顔で伝えるところは、ドS女子好きな一部のドM男性に対し絶大なる人気はあったが、逆にそれ以外の語り部には、作品評価機能をOFFにされることが多かった……作品を正確に評価してしまうがゆえに。


 このままでは自分は単なる姿を愛でられるだけの存在になってしまう。

 思い悩んだ彼女に、カクヨムワールドのうんえい様は、別の役割を与えた。


 『注目作品のレビュー』


 レビューとは、語り部の物語に対し、聞き手の気持ちをまとめたもの。

 とくに熱い心情の現れたレビューが寄せられた作品には、AIの彼女には分からない『心』があるのだとうんえい様は語った。

 それが学習できるまで、レビューの文章に込められた『熱』をベースに拾いあげて紹介しなさいと。


 皆に愛されることを願う彼女は、以来ずっと学習している。

 テーマ、構成、キャラ設定、世界観を超える『心』、人の想いそのものを求めて……




「どうしてダメなんだよ。この物語には感動が込められてる。ボクはそれを多くの人に味わって欲しいんだ」


「カタリ君……確かに、そうなんだけど、だからこそ、これは多分ダメなの。わかって」


「わからない。わかることはできない。それはボク自身がボクの使命を否定することになる」


「あなたは、物語そのものしか見ていないから、わからないのよ」



 この言葉は、カタリィを不愉快にさせた。



 確かに、自分の使命はあくまで物語を伝えること、運ぶこと。

 立場的に重要なのは物語に込められた語り部の思いであり、聞き手の思いであるレビューについては、そこまで重要とは見なせない。

 素晴らしい物語のレビューは全部素晴らしくあって当然だからだ。


 だが、その一方で聞き手の思いを自分が軽視しているようにも思える。

 彼は思い悩んでいた。



 この不愉快は、彼の心のモヤモヤが形をとったもの。

 だから言ってしまう。



「何だって! そっちだってレビューしか見てないくせに」


「うん、うんえい様に、レビューしか見ちゃいけないって言われてるからね……」



 リンドバーグはどこか寂しそうな顔。

 それは、カタリィに自分の台詞を後悔させる効果があったようだ。


 少し考え込んだ後、おもむろにカタリィは彼女に尋ねる。



「そこまで言うってことは……この作品のレビューに何かあるんだね?」


「うん、そうだと思う、そうだと思うんだけど、思い違いかもしれないし、物語がわからないと、やっぱりダメかも……」


「じゃあ、二人で両方見てみるかい?」


「えっ!?」


「立場的にボクは物語、君はレビューしか見ることは許されていない。でも、二人一緒なら! 『読めばわかるさ!』」


「カタリ君……そうだね、二人なら……」


「じゃあ君が抱えてるそれをこっちによこして。紹介するかは結果次第、無理にすることはないから信じてほしい」


 彼女は、彼に物語を手渡す。


 そして、カタリィはリンドバーグの目の前で、物語の封印を解いた――





『君とボクの千夜一夜  作者 めてを☆すとらいく』



 そこには、クラスメートの女子に対する思いが赤裸々に綴られていた。

 いわゆる恋愛モノだ。



 入学式での出会い……

 そして毎日の君の笑顔……

 半分ストーカーまがいのことをしてしまった反省……

 気付かれなくて本当によかった……

 クラス替えでまた一緒だった時の感動……


 ……


 初めての彼女の家……


 なぜかリビングにしか通してもらえない悲しみ……

 どうしたらいいかわからず、そこで借りた漫画を黙々と読む自分……


 リビングの気になるフクロウ……

 折角の二人きりなんだからじっと見ないで欲しい……


 彼女にキスをせまられてもできなかった自分……

 その結果、彼女の母親に彼女の部屋に入るのを許された喜び……





 高校生男子の純粋な思いが、十分に伝わる名作短編だと、カタリィは感じていた。

 微妙なところで終わっていて、この『続き』の展開が無いのかが気になりはしたのだが。


 カタリィはリンドバークの様子を窺う。


 幸せそうな顔をしている。

 なぜなのだろうか?


 見つめるカタリィに彼女が気づく。



「ああ、ごめんね、カタリ君。想像どおりだったから、『いつも笑顔!』が発動しちゃった。レビュー見たら、きっと君もわかるよ」



 リンドバーグは、カタリィに向けてレビューを広げる。



『大好きだよ~


 ★★★ Excellent!!! らぶぴー


 もー大好き!


 さすが私の彼氏、文章上手だね。

 でも直接言って貰えたら嬉しいかなっ。


 これで隠し事無いんだよね? ね?  』



「……」


「特大の熱は感じたのよね。だから私の方にも上がってきてたんだけど、今までの学習結果から、何か違うって感じたの。上手く言えないんだけど……」

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