第6話書くためには体力は必須です!

「は、はっくしゅん!」


「大丈夫ですか?」


大きなくしゃみをした後、心配そうな表情が画面に浮かんだ。耳元でやわらかい声音がする。カクヨムの書き手を助けるリンドバーグさん。愛称バーグさんだ。バーグさんの書き手をサポートする手腕は頼もしいものがある。バーグさんのおかげでずいぶん楽になったものの、作家に作品を書かせようとする執念は恐ろしい。読み専ですら立派な小説家に育て上げようとするため、至る所で書くための秘訣だったり、書きたくなるような記事を読ませたりしてくる。うっかり乗せられたのは私だけではないはずだ。


「コロナウィルスが流行ってるもんね。気をつけないと」


「コロナウィルスを題材にした小説も出てきていますよ。みなさん意欲的ですね。せっかくだから千鶴子様も1本書いてみたらどうでしょうか」


相変わらずのバーグさんと話しながら、ちらりとパソコンの右下画面に表示されるデジタル時計に目をやる。時間は深夜の12時より30分も前。本当ならこれから筆が乗ってくる頃だし、小説を書かなくてもネットサーフしたりする時間だ。まだまだ活動時間帯ではあるものの、頭が重いような気がしたから早めに休むことにした。


「コロナはかからないと思うけどさ、やっぱり怖いし、体調悪めだから今日はもうやめるね」


「そうですね。小説を書くのに体は資本。大切にして下さいませ」


「うん」


AIとはいえバーグさんみたいに可愛い人にお大事にと言ってもらえるのは嬉しかった。最近では定期的に作品が投稿できているせいもあり、バーグさんに対する罪悪感も少ない。さて、カクヨムの画面を閉じて、パソコンをシャットダウンさせようかなと考えていると、バーグさんの声音が耳元でした。


「もしかして、千鶴子さまは身体が弱いのでしょうか?」


「え?」


「物書きの中にはずっと家の中にいて、パソコンに向かっている方もいます。そういった方たちは運動する機会が少なく、筋力や体力が落ちたと嘆きジムに通ったりジョギングを始めた方もいるんですよ」


一体何が言いたいんだろうと耳を澄ませていると、バーグさんがとんでもないことを口にした。


「千鶴子様も何かスポーツを始めたらよろしいのでは?」


「え?」


「今は良いかもしれませんが、年齢に伴い体力も低下します。特に足腰が弱っては元も子もありません。女性ですと便秘や失禁の原因にもなるんですよ。何より、風邪をしょっちゅう引いて体調崩しては、小説が書けませんし、千鶴子様も困るでしょう?」


「あの」


「1日の大半をパソコンに向かって暮らしていた小説家も年齢を重ねることで、体力がもたないと焦りジムへ通いジョギングを始め、今では東京マラソン42.195kmを完走しホノルルマラソンにも参加すると仰っています」


ぽかんとしている私には構わずバーグさんはなおも話続ける。


「マラソンで完走を目指すのであれば、質の高い睡眠に食生活を整えることも大切です。小説の題材のためだと思って調べてまとめておきますね。小説の題材のためと思って」


ことさら小説のためと強調するバーグさんに、やっと私は声を出した。


「バーグさん、私、マラソンはちょっと苦手かな。42.195kmも走れないよ」


多分、5kmも走れない。もしかして、私ってヤバい?


私の方をちらっと見たバーグさんは、困った人だというよう頬に手をあててため息をつく。


「それもそうですね。千鶴子様は長編小説を書くのも苦手。長く続けると飽きてしまうのでしょう」


飽きるとかそういう問題じゃない。


「マラソンがお嫌でしたら、ボディビルダーどうでしょう。女性でも人気があるんですよ。コンテストに出場されても良いですね。私、調べてみます。千鶴子様が体験なさったことを小説にすれば良いですよ」


「ボディビルダーって、もっと無理だから」


何を言っても小説を書くことに戻ってくるバーグさんに思わず笑う。そうだよね。それがバーグさんのお仕事だもん。ジョギング考えてみようかな。42.195kmは走らないけど。


ニコニコ笑うバーグさんにありがとうと言って、カクヨムを閉じパソコンの電源を落とす。もう少し本を読んだりネットしたりしていたいけれど、きちんと休まないとね。小説云々の前にコロナにかかるわけにいかないし。


すでに寝間着姿の私はベッドの中に潜り込むと大きく息を吐いた。学生時代に使っていたジャージと下駄箱の中にある運動靴を思い浮かべる。


早く起きられたらジョギングでもしてみよう。早く起きられたらね。


そう思いながら瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る