第3話休養も大切です
カクヨム登録をしてから一冊の本を出版するという好機に恵まれたものの、それからはどうにも書くことに身が入らなかった。
カクヨムにアクセスすればいつものようにあれこれと世話を焼くAIリンドバーグ、愛称バーグさんの声を聞くのも嫌になる始末。興味はなかったけれど、友達の誘いに乗って映画を観に行ったり、テーマパークで遊んだりと書くことから遠ざかっていった。
カクヨムから離れて3ヶ月ほど経ったことろ。メールフォームにたまに送られてくるカクヨムのお知らせを、いつものように流し読みしていた私は、操作ミスでうっかりログインしていた。
カクヨムにアクセスするのは久しぶり。自分の小説を書くどころか、他の作家さんの小説を読むこともなくなっていた。知らない間に、更新が増え活躍の場が広がっている方もいる。羨ましいような、懐かしいような複雑な思いで眺めていると、バーグさんのにっこり笑う顔が表示された。
外出先のスマホから見ているため、音声のやり取りはできない。その代わり、バーグさんの顔の横に吹き出し口が現れて、お帰りなさいという言葉が表示された。
「しばらくお見かけしませんでしたが、お元気ですか?また千鶴子さまと一緒に物語を書く旅に出発したいです」
相変わらずのバーグさんに、私は苦笑しながら文字を入力する。耳が不自由な方や、今の私のように音声でのやり取りができない場合はチャットがある。私は何て入力しようか迷いながら、文字を打ち込んでいった。
「お久しぶりです。しばらくの間、小説を書くのをやめて友達と遊んだり好きなことをしていました」
「お友達との交流は楽しまれましたか?」
すぐさま返ってくる言葉に、考えながら打ち込んでいく。
「楽しいけど、物足りない気がしました」
「それはなぜですか?」
なぜですか、か。遊びながら、友達と会話しながらいつの間にか小説のことを考えていたからだ。友達には私が出版したことも知らせていたし、読んでくれた子は感想をくれたりもした。次は書かないのかと聞かれて、言葉につまり今は休息中だと誤魔化した。誤魔化している間、鉛のようなものが身体にたまって重くなり、どうにも居心地が悪かった。迷った末に出た言葉に落ち込みそうになった。
「書いてないから、かな」
そう書かないとどうも胸がすーすーして寂しい。はっきり言って、私ぐらいの作家なら書いても書かなくても同じなのだ。私が書かなくても誰かが書くし、素晴らしい作品は世の中に生み出される。なぜ私は書くんだろう。
「カクヨムにログインされたということは、千鶴子さまが書きたいと思われたのだと推察いたします」
ぴこんっとバーグさんから返事が返ってくる。書きたいような書きたくないような、胸の中をぐるぐるまわる気持ちは友達にはわからない。家族に言っても理解してもらえないだろう。
「家に帰ってからもう一度ログインします」
「また千鶴子さまにお目にかかるのを楽しみにお待ちしています」
スマホから目を話して、空を見上げた。夕暮れ時にはまだ早く、明るい青空が広がっている。家に帰るにもまだ早かった。本当ならこの後は、友達と飲みに行く約束をしていた。
「書いても書かなくてもかまわない。けれど、私は書きたい……かもしれない」
急いで友達に連絡を取り、今日の飲み会はキャンセルすると告げた。ドタキャンに文句を言いながらも、笑って許してくれたのでほっとする。久しぶりにバーグさんと話したことで、熱い闘志のようなものが心の奥底から湧き上がってきたような気がする。
早い時間帯に帰宅したことに母親は驚いていたものの、私は急いで自分の部屋に入りノートパソコンを立ち上げる。今度は音声でやり取りできるように、ヘッドフォンを装着してカクヨムへアクセスした。
「お帰りなさいませ。ずいぶん長い休暇を取られていたようですが、もう大丈夫ですか?」
「はい。なんだか、小説を書くのが嫌になって」
「スランプですか?」
「そうかもしれません」
自分の心境をバーグさん相手に話しているとだんだん落ち着いてきた。書いていないと寂しいけれど、どうしても書くのが嫌だった。バーグさんの声を聞くのも辛かったとありのまま話すと、バーグさんはうなづいて、画面上にある資料を映し出した。
「これは何ですか?」
「カクヨムで人気を得て、実際にプロとして活躍されるようになった方の記事です」
読みやすいように拡大をして読んでいく内に、私の顔が引きつった。
「書くのが好きで好きでたまらず、カクヨムでも24時間ほぼログインしているような方でした。人気がありましたし、その方が開催されるイベントや小説は大いに盛り上がり、リアルでも個人的にイベントを年に数度行っていたようです」
「それだけ聞くと羨ましいですね」
何を書くか、どう書いたら良いか筆が進まず悩んでいる人からみたら、まるで神の子だ。
「ご自身も自分は書くために生まれてきたんだと言い、めきめきと上達して賞を獲得するようになりました。短編を書くかたわらで、長編も年に数作発表していました」
「すごいですね」
「本人は書くのが楽しく、完徹も苦じゃないと申され、あらゆる出版社の依頼を引き受けました。まさに三面六臂の活躍ですね。どの作品も高評価を得て、映画化やドラマ化もしました。今でもリメイクされ、たまにドラマやアニメでも放映されています。カクヨムユーザーからそれだけの大物が育ったことを、皆で喜んでいました」
「でも、あの、この人」
記事を読んでいくと大病をして、全ての仕事をストップした書いてある。
「医者が止めるのも聞かずに、書き続けたとか?」
ワーカーホリックにもいる。自分は大丈夫だとか言って、大きな事故や怪我をする人。
「いえ、本人はいたって健康そのもの。毎日元気でした」
「はあ」
「仕事してるとこの人は元気なんだと、ご家族も呆れながら見守っていたようです。顔色も良く食欲もあったので、あまり心配はしていなかったようです。それがある日、突然倒れました」
ぶるぶるっと身体が震える。うん。こういうの聞いたことある。昨日まで元気だったのに急にってやつだ。
「お医者さんからはすぐに仕事をやめるよう言われ、ご家族や編集部は大慌て。亡くなったとか、殺されたとか妙な噂がネット上を駆け巡りました」
バーグさんは当時の残っているコメントを表示して、いかに混乱を極めたかを語る。ファンの間では仮想のお葬式が行われ、悲しみにくれるコメントが後を絶たなかったようだ。人気になるのは良いけど、カルトの教祖みたいでちょっとコワいな。
「これはまずいと思った奥様が、彼のアイデアがつまったノートや資料、パソコンをすべて廃棄しようとしました」
「うわ~」
口元に手をあててかわいそうにと言いそうになるのを、なんとかこらえる。作家にとって命より大事かもしれないけど、まわりの人間から見ればゴミにしか思えないことがある。うっ。何だか悲しくなってきた。
「本人もいたく反省しまして、しばらく仕事をしないと宣言されました。長くお休みされていますが、永遠の休暇になるよりはいいですものね」
さらっと怖いことを言って、バーグさんが淡々と言葉をつむぐ。
「私が何を言いたいかと申しますと、適度な休息や睡眠は人である以上、必要だということです。一時は無茶が通っても無茶し続けることはできません。」
「あ、はい」
「適度に休養と睡眠をとって、また一緒に書き続けましょう!」
適度にという言葉が、私とバーグさんではずいぶんかけ離れてるような気がする。
話しているうちに、いつの間にかカクヨムから逃げ、書くことから逃げていた罪悪感が軽くなっていた。
「せっかくですから、次の小説のことを考えませんか?」
わくわくとした瞳が私を見つめている。天井を仰ぎ見てから、映画館を舞台にした小説はどうだろうかと考え始めた。映画館でトラブルがあった時、カッコいいスタッフさんがあれこれ助けてくれた。うん。友達と遊んだ時のことも無駄じゃない。
「映画館のスタッフさんに、恋する女子学生の話はどうかな?」
「青春ですね。ラブコメにしますか?それとも、純文学や文芸の雰囲気、現代ファンタジーという手法もありますね」
「うん、私はね……」
ご飯を食べるのもの忘れて、小説の構成をバーグさん相手に話し始める。カクヨムから離れても、こうしてまた戻ってきてしまうんだろうな。
だって、バーグさんとこうして小説のこと話している時間が、とても楽しいんだから。
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