第2話はるかなる高みを目指して


「おめでとうございます!千鶴子さま。あなたの作品が奇跡的な確率で編集部の目にとまり、出版が確定いたしました」


奇跡的にって、バーグさんってば相変わらず手厳しいなぁ。少女のようにニコニコ笑うバーグさんに、私は苦笑いだ。今は午前二時、コーヒー片手にパソコンに向かう私は、ちょっとした作家気分を味わっていた。そろそろ寝ようかと、壁にかかっている電波時計に目を向けてから大きく息を吐く。カクヨムで小説を書き始めてから早二年、紆余曲折はあったけれど何とか作品作りを続けてきた。レビューやコメントも増えたし仲良くなった作家さんもいる。


早い段階で出版が決まっていく仲間を横目に、私はこれからどうなるかわからない作品作りを続けて来た。いつでも辞められるけど、書かないでいると書きたくなるからビョーキみたい。気づいたらいつも小説のネタを探してる。私たち、小説を書くユーザーをサポートするリンドバーグさんとも、ずいぶん打ち解けて話せるようになった。


「出版が決まるって嬉しいものだね」


にへへと笑うと、バーグさんが嬉しそうに手を叩いた。


「私も大変うれしいです。ここまでサポートしてきた甲斐がありました」


「うん。ありがとう」


それもこれもバーグさんのおかげ。もうできないと泣く私を叱咤激励し、3ヵ月後に応募すれば良いコンテストなのに、1ヵ月後が締め切りだと嘘をつき、何とか仕上がった作品を今度は2ヵ月かけて推敲したのだ。AIがウソをついて良いのかと怒ったら、良い作品作りのためには手間をかけなければいけませんと諭される始末。


その結果が出版。


「友達や家族だったらとてもつき合ってはくれないよ」


「はい。私は千鶴子さまが世界で一人ぼっちになっても、最後までそばでお助けします」


それはイヤだな。頬をかきかきひとときの達成感を味わう。私の書いた作品が誰かに喜びを与えている。どんなに嬉しいだろう。出版されたら本屋さんに見に行こう。そうしよう。


「それでは千鶴子さま。次を考えませんと」


「次?」


「はい」


次というと新しい作品作りのことだろうか。今回の私の作品は中短編小説を一冊にまとめるから、加筆修正の他に描きおろしを加えての出版になる。書下ろしはすでに完成しているし、そろそろ第二弾を考えろということなのか。


「相変わらずバーグさんは気が早いな」


「いえいえ。早いなんてとんでもない。芥川賞とるなら、早くはじめませんと」


机に肘をつき、ゆるっとした表情でパソコンの画面を見ていた私の表情が凍りつく。部屋の中には図書室で借りてきた本が山積みになっている。オレンジ色のカーテンの隙間から、真夜中でも明るく照らす蛍光灯の明かりが差し込む。カーテンレールにはほこりがたまっているから、そろそろ掃除をしなければいけないと思っていた。


「あ、芥川賞?」


驚きのあまり私の声がひっくり返る。心臓の動きが早まり、汗が吹き出しそうだった。


「はい。中短編小説ですし、千鶴子さまの作風ですと直木賞よりは、芥川賞かと」


「えと……なんで芥川賞?」


「直木賞が良いですか?」


「いやいやいやいや。そういう意味じゃなくて」


「もちろん改善点は山のようにありますが、ほぼ毎年誰かが受賞するんです。それが千鶴子さまだって良いではありませんか」


何てこと言う子だろう。打ちひしがれて思わずパソコンのスイッチを切ろうとする私の前でバーグさんがにこっと笑う。


「では、千鶴子さまの意志が確認できたところで、これから私リンドバーグは、芥川賞受賞するまで徹底的にサポートさせていただきますね」


徹底的にという言葉を強調するリンドバーグさんの顔が画面から消えて、私の視界は文字通り真っ暗になった。


椅子から立ち上がり、ふらふらと歩いてベッドに突っ伏す。ベッドの上に広げていた画集が腕にあたった。うつろな目で画集をぺらぺらとめくる。大好きなイラストレーターの画集で、自分の作品にイラストを描いてくれたら、どんなに良いだろうと夢見ていた。


「芥川賞か直木賞、なんでその二択……」


いや、バーグさんの言いたいことはわからないでもない。結局書き続けなければならないのだ。書かなくなった時点で終わる。それなら何かの賞を目指したっていいんじゃない?


自分の作品が賞をとったり、好きなイラストレーターや憧れの画家さんが挿絵をつけてくれるのを想像する。ヤバい嬉しい。にへへとすぐに頬が緩む自分に舌打ちしたくなった。嫌だな。すっかりのせられてる。


「まずは一つ一つだよね」


バーグさんの発言に目眩を起こしたけれど、やることは変わらない。お話を一つ一つ積み重ねていくだけ。そうやることは変わらない。ここで私は大きなため息をついた。


「私、一生、書き続けるのかなぁ」


誰も答えてくれない。ベッドから立ち上がって電気を消してから、改めてベッドに突っ伏して目を閉じた。思い浮かぶのは自分の本が本屋さんにならぶ姿。これは本当になることだ。想像でも夢でもない。口元に笑みが浮かび、そのまま眠りの世界へと引き込まれていく。


夢の中で私はバーグさんに叱られながら、ああでもないこうでもないと小説を書いていた。


……多分、すぐにでも訪れる未来の私の姿。

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