書き続けましょう!命ある限り!
天鳥そら
第1話果てのない旅路
「作者様!初めまして!お手伝いAIのリンドバーグです!」
ネット内にある小説投稿サイトの一つ。カクヨムに登録した後のことだった。元気な声が室内に響き渡る。
「わっわっ!音声が出てる」
深夜だというのに、早朝の清々しい目覚めを促すような声が家族に聞こえてしまう。隣で寝ている妹が起きだしてくるんじゃないかと、焦りながら音声を消すアイコンを探す。
「音、消さないで下さい」
少女の声に私は慌てた。せめて音を小さくしないと。
「静かに!お願い。今は夜なの」
みょんっと画面に少女の顔が映し出される。肩より短い髪、頭の上には水色の帽子。オレンジ色のような、はちみつ色の瞳がキレイ。
「それでは、ヘッドホンの着用をお願い致します」
「あ、はい」
何で気がつかなかったんだろう。音楽を聴いたり、動画を見たりするときに使うヘッドホンをつけると、目の前の少女がにこっと笑った。かわいい。
「よくもまあ、小説を書こうなんて思いましたね。冒険心にあふれたあなたを、私、リンドバーグが誠心誠意お手伝致します」
「あ、はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
彼女の名前はリンドバーグ、この小説投稿サイトカクヨムで、小説を書く人たちを助けてくれるAI。確かそんな設定だった。
「では、作者様のお名前を教えて下さい」
「亀井千鶴子です」
「亀井千鶴子さん、素敵なお名前ですね」
「え、そんな」
「とっても、おめでたいです!」
悪気はないんだろうけど、彼女の言葉になぜかぐっさりと小さなハートがえぐられる。これがたまらないという利用者もいるみたいだけど、私は自分のガラスハートが粉々に砕け散らないか、登録三分で不安がよぎった。
「では、亀井様は一体どんな小説を書きたいんですか?」
「あ、それが、今は読み専でいいかなって」
「逃避の常套句ですね!みなさん、よく仰います」
とろけるような笑顔のリンドバーグさん。
「あの、何かすみません」
「いいんですよ!人の作品を読むのも勉強になりますし、刺激を受けて書きたくなることもありますからね。では、どういった傾向の作品がお好みですか?」
おおっ。リンドバーグさんは書き手のサポートだけではなく、読み専のサポートもしてくれるらしい。かわいくて便利で、なんて働き者なんだろう。彼女の勧める作品を、次から次へと読んでいった。読者が集まり、人気のある作品から手堅くファンを集め、地味ながらも一定の読者をもつ作家。おそるおそる応援をぽちっと押したり、コメントやレビューを書いたりした。
「亀井様はどうして、この作品が良いと思いましたか?」
「文章がすんなり頭に入ってくるの。それに、主人公の男の子が魅力的」
「亀井様は、ショタコンなんですね!では、そういう作品を考えてみるのも良いですね」
ショタコンってわけじゃないんだけど、ううん、でも少年少女ががんばってる作品は応援したくなるし、自分の子供の頃を思い出してワクワクするな。さりげなく作品を書くよう勧めてくるリンドバーグさんの言葉から逃げるように、超大作の連載小説を読み始めた。
カクヨムに登録して一週間ほどしたころ、スマホから小説を読もうとするとエラーが起きた。
「あれ?どうしたんだろう?」
普段はノートパソコンを使うけど、起動するのが面倒だったのでベッドに寝ころびながらスマホの画面を見る。今読んでいる長期連載の内容は、異世界転生ものだった。ヒロインは山登りしてる時に後輩をかばって崖から落ち、そのまま水晶を媒体にして魔法を使う精霊に転生していた。
精霊のヒロインは、転生先の世界の人間から常に狙われている。彼女の瞳を持つとまわりの人間の本音を知ることができ、生き血をすすると寿命がのびた。喜びあふれる涙はあらゆる怪我や病を癒し、悲しみに満ちた涙は人を呪う。怒りと憎しみに満ちた涙は神々を呼び出し意のままに操ることができた。
ヒロインは人に捕まらぬよう森の奥にいながらも、転生前の記憶があるため人の世界に焦がれてる。森に迷いこんできた人間は、自分のいた世界で好きだった男にそっくりだった。人の世界は混沌に満ち、滅亡の一途を辿っている。どうにかこの世界を救いたいと願う純真な青年だった。ヒロインはまわりの反対を押し切り、青年と一緒に世界を救う旅にでる。
「世界に散らばる石碑に隠された謎が、やっとあと一つで解けるのにな」
そろそろラストに近かった。途中で青年はヒロインを裏切りそうになったけど、それは精霊を狙う悪い人間の罠だった。ほのぼのとした二人の関係が、ラストに近づくにつれて大人の関係に変わっていく。
「おかしいな。カクヨムのページは開けるのに」
焦って操作をしていると、トリのアイコンが現れた。ちかちか点滅するので、押してみるとマイページへと移行する。さらに小説を書くページへとトリがお尻を振りながら誘導していった。
「あ、あれ?これって」
「読むのはやめて、そろそろ書いてみませんか?」
リ、リンドバーグさん!元気な声と愛くるしい笑顔。なのにこめかみに怒りマークがあるような気がしたのは私の目の錯覚かもしれない。
「あれ?もしかして、これって」
「はい!亀井様がいつまでたっても小説を書きださないので、強制的に執筆ページへ誘導しました。ちなみにこの画面から他の画面に移行することはできません」
「え、え~。それは困るよ」
「なぜですか?」
「調べ物をしたい時とか……」
「心配いりません!私が亀井様の望む資料をすべて調べて持ってきますので」
晴れやかな笑顔を見て、私の背筋に冷や汗が流れる。リンドバーグさん本気だ。この日から私はカクヨムにアクセスするたびに、トリがぱたぱた走りながらマイページへ誘導するようになった。執筆ページを開けば元気な声でリンドバーグさんがお出迎え。
「さあ、亀井様!今日も張り切っていきましょう!私リンドバーグが亀井様を誠心誠意お手伝いさせていただきます!」
長編小説の続きが読みたいよう。涙目になってキーボードを叩く。誤字脱字があると文字が赤マークで表示され、書いていてわからない単語や表現に出くわすと、リンドバーグさんがお任せくださいと言って、辞書を引っ張ってきてくれる。知識が足りない部分も可能な限り、無料でアクセスできる情報サイトへ誘導してくれた。
それから何か月が経ったのか、ああでもないこうでもないと言いながら書き上げた小説は、中短編小説ほどの分量となった。
「亀井様!よく完結まで行きつきましたね」
「はい」
「どんなに下手でも、一つの小説を完結させることが大事なんです!」
やっぱり私の小説は下手かしら。私が書いた小説は精霊と少年の恋物語だった。満月の夜にしか咲かない花が、少年に恋をする。地面から芽吹き葉っぱを広げ、成長していく内に、少年と心を通わせるようになる。少年は花が好きでも、植物を育てるのが好きなわけでもない。旅行に行っている間に預かった、祖父の鉢植えの世話をしているだけだった。祖父は旅行先で帰らぬ人となり、少年は祖父を想いながら鉢植えの世話をする。
少年がでてくる物語が好きなので、児童文学を意識した書いた。花が開く時、満月の力を借りて人の姿を取った精霊が、少年を自分たちの世界へと誘う。妖精の世界へと渡ってしまった少年は成長するにつれて自分の決断を悔やみ、再び元のの世界へ戻っていった。決してショタコンってわけじゃない。
「下手かもしれないけれど、こうして完結させることができて嬉しいよ。読者さんからも反応があったし」
「私も、亀井様が無事に小説を、完結させることができて嬉しく思います」
「大変だったけど書いて良かった。リンドバーグさんのおかげだよ。ありがとう」
ヘッドホンを装着した私は、深々と頭を下げる。そう、小説を完結させることができて嬉しい。本当に嬉しい。やっと続きが読める!ラストの直前でお預けをくらった、精霊と青年の冒険の旅路が気になっていた。それもあって、こうして大人しく書き続けたのだ。
「喜んでいる亀井様に、嬉しいお知らせがあります」
「何ですか?」
「カクヨムユーザーおよび、非ユーザーの声をお聞きした結果、亀井様に続編を書いてほしいという要望があることがわかりました」
「ありがたいことですね」
「そうですね。では、書きましょう!」
ここで私は凍りつく。リンドバーグさん、今、何と仰いました?
「書くんです!読者様の小さな声を大切していくことで、亀井様の評価がぐんっとアップします!」
さーっと顔色が変わる。確かに、私の小説を褒めてくれた方はいたけど、でも、私の中ではこの小説は終わったも同然。
「亀井様の執筆ペースですと、1か月後にはラストまで持ち込めるのではないかと、私、リンドバーグは分析します」
いやいやいやいや。私、ずっと書くわけじゃないよ。他の方の小説を読んだりもしたいんだよ。慌てる私の耳元に、元気な声が響く。
「さあ、書き続けましょう!命ある限り!」
え、え~!?とんでもないと思いながらも、私はストーリーの続きを考えていた。きっとこれからも、リンドバーグさんの声を聞きながら書き続けるんだろう。
「命ある限りって、オーバーだよ」
やれやれと思いながら、ニコニコ笑うリンドバーグさんに微笑んで、キーボードに指を乗せた。
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