第二章 7.

「僕の魔法は決して、戦略的に優れた道具ではないんだ。むしろ、補助的な要素の方が強い。この間の攻撃方法だって、次に同じことをやれと言われても難しいかも知れない。だいたい、アレは僕の本来の戦い方じゃない」

「本来の、戦い方?」

 ティセにだって、漠然とではあるが、魔法使いの戦い方は分かっているつもりだ。接近戦を好まず、中距離から遠距離に陣取って、相手を近付けることなく攻撃を加え続ける。それが、魔法使いの戦い方というものだ。それが、トウヤには当てはまらない……?

 そう考えて、ティセは思い出した。彼女自身の剣を借り、魔物と斬り合いを演じた、トウヤの姿を。

 どちらかと言うと細身で、剣を振るったことなどなさそうな体型のトウヤが、本来であれば護身用程度にしか使われない片手剣を自由自在、まるで水中を泳ぐ魚のように鮮やかに扱ってみせた腕前。決して型にはめることはできない、しかし、滅多矢鱈に強い――そんな剣捌きだった。

「……ひょっとしてトウヤさん、剣士、なんですか?」

「残念、違うよ」あっさりと、トウヤは手の内を明かした。「記憶を召喚するんだ。僕の体に」

「……記憶?」

 ティセは、初めて聞いた言葉であるかのように、オウム返しに尋ねた。

 彼女とて、精霊と契約を交わした、魔法使いの一人である。当然、物体を手元へ召喚する、という魔法があり得たことは理解しているが、しかしそれはあくまで、『物体』に限られるものではないのだろうか。記憶、などという『概念』を、召喚することなど、精霊を何十体何百体と集めても、難しいのではないのか?

「ちなみに、この間のあのバケモノと戦った時は、サムライの記憶を召喚したんだ。名もないサムライだけど、生きていた頃には怪物相手に斬り合いを演じていたみたいで、度胸が据わっているから、よく召喚している」

「…………」

 ティセはぽかんとして聞いていることしかできない。トウヤは続ける。

「ほかにも、いろんな記憶を召喚することができる。ただ、その記憶が持っている技能を召喚するわけではなくて、あくまで記憶でしかないのだから、僕の肉体で実現不可能な行動はできない。そのために、僕は常日頃から体を鍛えて、いざという時はすぐ使えるように、僕というハードウェアの動きを滑らかに、多角的に保つ必要があるんだ」

 ティセは、トウヤの言っていることの意味がよく分からなかった。しかし、分からないなりに、彼が己に課している肉体鍛錬に無駄はないのだ、ということはぼんやりと理解することができた。

 トウヤは、難しかったかな、と枕を置いてから、

「つまり僕自身は、何もない空っぽな器に過ぎないんだよ。その器に、例えば赤い葡萄酒を注ぐか、それとも白いミルクを注ぐかで、飲む人に対しての影響が変わる。そんな風に理解してくれていいよ。それに、体を鍛えて必死に動き回っている間は、余計なことを考えずにすむ」

「……一つ、質問なんですけど、」ティセは、おずおずと言う。「お料理も、その、他の人の記憶を使って、やってるんですか?」

 今度は、トウヤがきょとんとする番だった。と思ったのも束の間、彼はくすくすと苦笑を漏らす。

「ふふ……いや、料理は自分でやってるよ。練習すれば習得できることを、わざわざ魔法に頼る必要はない」

 それもそうかと思い、バカバカしい質問をしてしまったことに、ティセは顔を赤くした。しかし、どうしても気になったのだ、聞かずにいられるはずがなかった。

 少女が顔を赤くしている様に、助け船でも出そうと思ったのか。今度はトウヤの方から、ティセに質問を投げかけた。

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