第二章 6.

「いいんだよ、気にしないで。僕だって、ここに来てから食事を摂ること以外、建設的なことはなにもしちゃいないんだから」

 ティセは食卓になっているテーブルに着きながら、精霊と語らっているうちに眠り込んでしまったことを思い出していた。そして、その眠りの最中に見た夢はきっと……トウヤの、心象だ。

 トウヤの精神と同調した精霊が、そのまま彼の心の中を自分に伝えたのだろう。白と青の、霧のような渦の向こうにある――黒いカタマリ。それはきっと、トウヤの心に巣くう闇そのものなのだろう。巧みに覆い隠しているのかも知れないが、彼は思っていた以上に、深く傷付いているのかも知れない。ティセが思っている、以上に。

「はい、おまちどおさま」

 皿によそわれたシチューが、ティセの目の前に置かれた。温かい湯気とともに、お腹をくすぐる香ばしさにティセは期待してしまう。

「いただきます」

 スプーンで掬って、シチューを口に含む。塩加減と野菜の甘さが心地いい。やはりトウヤは料理がうまい、とティセは関心してしまった。

 人は、美味しいものを食べると心が躍る。そしてそれは、精霊にもいい影響を与える。精霊は、様々なものの精神に触れ、その上向きな心の動きによって存在を維持しているも同然なのだ。すなわち、精霊との契約とは、人間が一方的に奇跡の代償を得るだけではなく、精霊たちにとっても高い水準の精神に触れることを許される故に、成立しているものであるのだ。

「美味しそうに食べるね」

 トウヤが微笑みながら言う。ティセは大きく頷きながら答える。

「だって、本当に美味しいんだもの。……みんなも、すごく喜んでいますよ」

「みんな、か」

 トウヤは、ティセの肩辺りをぼうっと見る。

「……僕には見えないけれど、そこに精霊が、いるんだよね?」

「そうです。見えないのは、私も同じですけどね。感じるんですよ、なんだかこう、温かいような、ふわっとした何かを」

「ふぅん……その精霊が、君たちの魔法の源なんだね?」

「そうです。……トウヤさんの魔法とは、まるで違う原理みたいですね?」

 とは言え、ティセはトウヤの魔法を、一度だけ目にしただけだった。しかし、一度だけでもその威力を思い知るには充分だったと言える。あの目玉の魔物には効かなかったものの、水流と電撃の絡み合ったあの攻撃魔法を、ティセはとてもではないが防げないだろうなと、漠然と思った。

「でも、不思議に思ったんですけれど、」ティセは前置きしてから、「トウヤさんって、魔法使い、なんですよね? どうして、体を鍛えているんですか? それも、剣術を鍛えるだとか、武術を鍛えるだとか、そういう専門的なものじゃなく、体全体を鍛えているような……」

「ああ、それか」

 トウヤは何でもないような風で、シチューを一口飲み下してから答えた。

「僕の魔法は、召喚魔法なんだ。過去に存在したモノを、自分の望む場所に呼び出すことができるっていう魔法」

「……じゃあ、あの水と雷も?」

「どこかにあったんだろうね。というより、どちらも自然に存在するものだし、あるいは昔、魔法使いか誰かが使った攻撃方法かも知れない。僕自身は、攻撃という行動のために、手当たり次第に石をぶつける程度のことしか考えていないんだ。攻撃方法をいちいち考えている余裕があるほど、僕は戦いに向いていない」

 ティセは改めて、トウヤの魔法がとんでもないものだということを思い知らされる。戦いに向いていない、と言いながらも、その魔法が持つ攻撃力は個人が操れるレヴェルの話ではないはずだ。トウヤは続ける。

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