第二章 8.

「君が扱う魔法は独特な呪文があったみたいだけど、何に対しての呼びかけなの?」

「あ、あれは精霊と、それから、自分自身です。精霊と私の心を一つにするための言葉と言うか」

「なるほど、精霊との意思疎通というわけか。ふふ、なるほどなんて言ってるけど、僕はそもそも、精霊というモノを知らないんだけどね」

「精霊は、この自然界に存在する、色んなものの魂みたいなものだって言われてます。あくまで人間が観察した上では、そういう存在みたいだっていうだけで、精霊たちは言葉を持たないから、本当のところは分かりませんけど」

「へぇ、言葉を持たない、か。いいね、ロマンティックだ。でもそれじゃあ、呪文を唱える必要は、ないんじゃないの?」

 トウヤに言われて、ティセは首を振った。

「そんなことはありません。精霊は、人の精神力や感情に触れて、それに同調してくれるんです。だから、例えばを火を熾したい、という想いを強く強く心に描かなければ、魔法はうまくいきません。そのためにはやはり、言葉というか呪文で、自分の気持ちを高める必要があるんです」

 トウヤも、詠唱の必要性が分かってきた。彼の魔法に詠唱は必要ないが、精神集中が必要だということは変わりない。それに言ってみれば、剣を握って振るう際の掛け声なども、同じような目的があるのだ。ティセの唱えていた呪文が、どこか歌に聞こえたのも、音楽の心への干渉しやすさを模倣した結果かも知れない。

「納得いったよ。けど、精霊と契約して魔法を使うんだったら、何か彼らに見返りが必要なんだよね? まさかパンと寝床を与えるわけじゃないだろう?」

「それは、さっき言ったのと同じですよ。精霊は、人の心地いい感情に触れると、それに同調して、心地よくなってくれます。生き物ではないので食べ物はいりませんけど、精神に近い存在である以上、安定した感情に触れていないと、長く存在を保てないんです」

「じゃあ、人の感情というものが、彼らにとってのパンと寝床なわけか」

「そうです。精霊と人は、持ちつ持たれつの関係なんです。だから私は、『契約』なんていう固い言葉じゃなくて、もっと身近に、友達になるようなものだと思っています」

 言ってから、ティセは急に暗い顔になってしまう。というもの、魔物と戦った時に喪った十数体の精霊たちを思ってのことだ。彼らには、悪いことをしたと思う。

 彼女の顔色の変化を感じたのか、トウヤはやたらと感慨深げに嘆息してみせた。

「なるほどなるほど、実に興味深い話だ。……でも、僕には精霊というものが見えないし、感じることもできない。これって、やっぱり生まれつきの素質なんかがあるの?」

「ぁ……そう、でもないです。魔法を使うには、それなりの勉強と訓練が必要ですけど、精霊と知り合うことは、決して難しいわけじゃないですよ」

 ティセの説明によると、精霊というものの存在を認め、そして語りかけるということが大事らしかった。自分なりの精霊の姿を思い浮かべ、そこに自然界の精霊がいると信じ、言葉を心の色で表現する。

 言っていることはなかなかに難しく感じられたトウヤだが、あると信じることは比較的容易な気がした。なにしろ、ティセが精霊と語らい、遊んでいるところを実際目にしているのだ。その楽しそうな、無邪気な表情。そういう感情を思い出せば、自ずと精霊が見えてくるような、そんな気がした。

「精霊魔法……ふむ、いいね。個人的にはとても好きだよ。なにしろ、この世界と共存する術だ。この世界にいるもの同士で、一時的に世界を書き換えていく。それは生きることと同じような、絆と過去が重要になるものだ。だけど、僕の魔法はそうじゃない」

 トウヤが自嘲するような、あるいは後悔するような口調で言った。その苦虫を噛んだような物言いに、ティセは眉を顰める。

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