第二章 3.

 またそうでなくても、ティセから見れば、トウヤは実に興味深い人間だった。

 トウヤが戦う姿をティセが目撃したのは一度きりだ。魔物相手に彼は、互角以上に戦っていた。それも、ティセでは到底再現できないような規模の魔法を使って。さらには、まるで王室近衛騎士団にすら匹敵するのではないかと思える剣技を披露し、魔物をずたずたに切り裂いて見せた。彼は、剣士なのだろうか?

「……ん、よし」

 ティセは手を拭いて、それっきりやることを失ってしまった。屋敷にいたときはまるで感じなかった、『退屈』という感情を、彼女はこの数日間で充分に満喫しつつあった。

 ティセは外套を羽織り、蔦を編んだ鳥かごの中にいる小鳥に手を差し出す。鳥のトウヤは、慣れた様子で飼い主の手に飛び乗った。ティセはそのまま、軽い足取りで扉を開け、小屋を出た。途端、ピリピリとした冷たい空気が、彼女の頬に触れてきた。寒い。が、どこか心が躍る寒さだ。弾むように踏み出した足が、真新しい雪をしゃくりと踏み固める。ティセの心の躍動に合わせるように、彼女の周囲を飛び交っていた精霊がふわふわと楽しげに漂い始めた。

 空は晴れている。雪を被った重たげな木々の合間を縫い、白い陽光が雪の上へ降り注ぐ。キラキラ輝く銀色に、ティセと精霊たちは同じ感動を分かち合っていた。

「~♪」

 思わず鼻歌が零れる。昨日までは雪が降り続けていたため、外に出ることができなかったのだ。その間は室内で歌を歌ったり、あるいは詩を書いたりして暇を潰していたが、やはり太陽の光は気持ちがいい。小鳥のトウヤも、嬉しそうに羽をばたつかせ始めた。

 雪を手ですくって、その香りを吸い込む。手が冷たいが、それ以上に体を清めてくれるような、涼しい香りがした。――この雪の中にも、精霊がいるのだ。

 そっと、目を閉じる。精霊に言葉はいらない。言葉では通じ合うことができない。言葉というものは、情報共有に特化した概念でしかない。情報ではない要素である精霊に、言葉が通じるわけがない。

 心。感情。精神。そういう、不確かだがきっとあるモノのみが、精霊に触れることを許される。

 精霊に呼びかける。否、呼びかけるのではない。精霊と同調する感覚。ティセという、人間としての人格を越え、一つの魂として、自然と融和することを目指す。あとはもう、分からない。気が付けば、ティセは雪の中に宿っていた精霊と、『友達』になっていた。

「ふふ、よろしくね」

 精霊は応えるように、ティセの肩に跳び乗ってきた。その隣に、新しい友人を迎えるように、小鳥のトウヤが止まる。新たな友達となった精霊とトウヤが、ぱたぱたと肩の上でじゃれ合うのを、ティセは微笑ましく思いながら雪の上を歩いた。雪が降っている時よりもずっと歩きやすいそこを、リズミカルなステップで踏み固めていく。口からは、自然と歌が零れだしていた。リシュウト国に伝わる、雪と鳥の歌だ。寒々しいメロディなのに、歌っていると心が温まってくる、そんな歌だった。

「いい歌だね」

 突然声をかけられて、歌声はぱったりと止む。びっくりしたティセは振り返り、そこに(人間の)トウヤが立っていることに気が付いた。

「お帰りなさい。ちょっと、散歩していたんです」

「久し振りの晴れ間だからね。外に出たくなるのは分かるよ」

 トウヤは、細くしなやかな木の枝を編んだ、篭を持ち上げる。その中には彼が釣ってきた魚が数尾、入っているようだ。

「野菜の手入れも終わったよ。この時期だと雪で冷やせばいいから、管理も楽だ」

「なるほど、それで冬なのに、生の野菜が食べられるんですね」

 二人はそんなことを語らいながら、小屋へ戻る。もうすぐ、昼食時だった。

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