第二章 2.
ティセはベッドから起き上がった。その気配に気付いて、トウヤが振り返る。
「おはよう。やっと雪が止んだみたいだよ。新しい雪が積もっていて寒いから、ちょっと暖炉の火を強めてる。暑かったら言ってね」
それだけ言うと、トウヤは調理に戻った。ティセは夢を見て泣いていたことを悟られまいと、さっさと立ち上がって小屋から出た。小屋の脇には、トウヤが掘ったのであろう井戸があり、冬でも凍らないくらいの水を汲み上げることができる。それでも人肌からしてみれば凍りそうな冷たい水だったが、それで顔を洗ううちに、ティセは瞼の腫れと眠気を洗い落とすことができた。
小屋に入ると、ほっとする暖かさに包まれる。以前は隙間風だらけだったが、ティセが居候するようになってからは、彼女の『友達』である精霊たちが気を利かせて、交代で隙間風を防いでくれているのだ。
「着替えますね」
「うん、了解」
ティセはトウヤに背中を向けて、寝間着を脱いだ。顔の肌と同じ、透き通ったような白い肌。この地方の人間なら誰しもそうだが、それでも貴族の娘となるとその瑞々しさが段違いだ。庶民よりも上等な生活が生み出す美なのだろうが、ティセはどうにも、自分の体にまで顕れる《特権階級》というものが、どうしても好きになれなかった。
前日洗っておいた服に着替え終わり、トウヤに声をかける。ちょうど朝食ができあがったところらしく、彼はテーブルにスープとパン、そしてコーヒーだ。コーヒーは、もう一部の国で作られるのみとなった高級品のはずだが、トウヤはティセから見れば無尽蔵ともいえるほどの量を、手元に置いていた。
トウヤは料理が得意なのだろうか、質素ながら体に良さそうな食事を作る。初めは、庶民の料理と侮っていたティセだが、今やトウヤの焼くパンの虜と言ってもいいほどだった。どういうわけか、街で売られる麦パンよりも、ずっと美味しく感じられるのだ。
ティセは、スープに入っている野菜の味を噛み締めるように、ゆっくりと食事をする。対してトウヤは、完全に栄養補給でしかないと割り切っているかのように、流し込むように食事を終えると、すぐに席を立ってしまう。
「もっと落ち着いて食べた方がいいんじゃないですか?」
ティセは、ついつい指摘してしまった。ともに食事を摂るようになって三日ほどだが、さすがに気になってそう言ってしまったのだ。
トウヤは、虚を突かれたような顔になってから、そしてイタズラを見付かった子どものように笑いながら答えた。
「親にもそう言われてたよ。……分かった、今後、気を付ける」
今後気を付ける、と言われてもどこか信用できないな、と思ったティセだが、それは言わずにおいた。なにせ居候させてもらっている身分なのだ、下手に彼の気分を害して、出て行けなんて言われても困る。
トウヤは、食料を集めるために小屋を出た。この時期は狩りをしようにも、筋張って肉の固いリューヌくらいしかいないためか、彼は柳の枝で作った釣り竿を持ち出した。ティセはその背中を見送りながら、ゆっくりに、上品に食事を終えた。
「ごちそうさまでした」
精霊のおかげで暖まった水を使い、食器を洗う。無造作に使っているが、食器はどれも機能的で軽く、ティセが屋敷で使っていたものと比べても品がいいものだと感じてしまうものだ。トウヤがこういう生活雑貨をどこから調達しているのか、彼女はまだ聞いていなかった。異国人なので、彼の独自のルートで他の国で手に入れたものなのかも知れない。
(旅人、じゃないのよね……)
この森にやってきたのは、ほんの数ヶ月前だと言っていた。が、それまでどうしていたのかは聞いたことがない。出会ったあの日、不躾な『傷付いたのか?』という問いに、あからさまに気分を害したトウヤだったから、それ以来、なんとなく話題を選んでしまっていたのだと思う。
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